第16話 異世界で、特撮やろうぜ!
「待たせたな」
その声と共に、菅原さんが戦闘体勢で目の前から出現した。
間違いなく転移魔法。
魔族がダンジョンをポインターとし、各地を自由に動き回る魔法技術。
炎を纏う真っ赤な鎧姿の彼と、背後には以前も見たヴァンパイアが一人。
分かってはいた事だけど……とてもでは無いが、“こちら側”に付くという雰囲気ではない。
「菅原さん、少しくらいは考えて貰えないでしょうか」
それだけ言って、手に持った看板を地面に突き立てた。
彼は人間だ、俺達と同じ世界の出身だ。
だからこそ、此方で一緒に。
そんな事ばかりが書き示された看板だったが、ソレを見た彼はフッと軽く笑い飛ばし。
「すまないが、次からは日本語で頼む。俺はこっちの文字が読めないんだ」
「あ、え? あぁ~そうなんですね。今度から気を付けます」
ちょっと違う意味で、気が抜けてしまった。
いやいやいや、そうじゃない。
俺と早乙女さんがココに来た理由。
それは菅原さんを確保する為。
俺にとっての恩師であり、早乙女さんにとっても敵対するには思いとどまってしまう様な存在。
だからこそ、仲間になって欲しい。
単純な願いだけであれば、そんな所だったのだが。
此方も国に帰り、戦場の報告をしたり色々と問いただした結果。
あまりにも俺達が戦っている理由が下らないモノだと気が付いたのだ。
人々の娯楽の為、民の向上心の為に勇者は存在する。
そんな事に命を賭けるなんて馬鹿馬鹿しい、それこそ和平を結べば良いじゃないか。
そう声を上げても、相手からは困った様な笑みを浮かべられるだけだったのだ。
人は娯楽の為に他者を排他する。
言葉では理解していたと思っても、いざその現実を見ると拒否反応が起きた。
こっちは命を賭けているんだぞ? だというのに、その認識の軽さは何だ?
勿論他の仕事だって、命がけの様な危ない事は多いと聞く。
でも、ピエロを演じる為に命を賭けろって……どう考えても、おかしいだろ。
何て事を思ったのは、俺だけでは無かったらしく。
早乙女さんも協力してくれた上で、今回の計画に至った。
世界を変えるなんて大きな事は出来ないからこそ、まずは手の届く範囲から。
つまり……菅原さんを、此方に引き込む。
仲間を増やして、この事態を解決する策を考える。
そんな風に、思っていたのだが。
「どうした? 話し合いがしたいんだろう? さぁ、早く語り合おうじゃないか」
どう見ても彼は、“拳で”語ろうとしている。
登場時から変身しているし、明らかに敵意を向けて来ているではないか。
いやいや、どうしてこうなる?
だって俺達は異世界から来た人間で、こっちの環境とか正直関係ない訳で。
どっちが正義とか、どっちが悪とか。
少ない情報だと把握するだけでも大変な訳で――
「雨宮君!」
些か混乱し始めた俺に、菅原さんの大声が思考を遮った。
そして彼は、改めて拳を構え。
全身から炎を吹き出しながら。
「戦え、戦え……絶対的な正義なんてものは、この世界には無いんだ。だからこそ、勝ち取るしかないんだよ。俺は……“こっち側”を選んだ。だから、戦え! 戦わなければ……生き残れない!」
ブオォォォ! っと周囲に炎をまき散らし、派手な演出をかましてくれる菅原さんだったが。
「あ、あのっ! こっちもこっちで状況の変化というか、色々ありまして。まずは話し合って今後の方針を決めませんか?」
手を上げて、そう提案してみれば。
「え、何々? また何かあったの? 教えて教えて」
菅原さんは、早速炎を収めてコチラに近寄って来るのであった。
ホントこの人、演出に命掛けてるなぁ……。
※※※
なんでも人族の方々は、“聞けば”答えてくれたらしい。
まぁ要は、聞かれなかったから言わなかった。
その一点に尽きるのだろう。
非常にズルい言い訳に思えるが、仕事なんて言う物はそういうもの。
あえてデメリットだの不都合を大っぴらに話す人の方が少ないのだ。
“向こう側”に居た時は、仕事でも私生活でもソレで痛い目に会った記憶がある。
やだよねぇ、アレ。
こっちは初めての事なんだから教えてくれないと分からないのに。
実はパンフの端っこに書いてありますとか、後で言われても困るっての。
とまぁ暗い話は置いておいて、彼等も世界の大体の事情を知ったらしく。
「そんなの間違ってますよ! 過去に戦闘があったからと言って、ソレを利用してお金稼ぎの道具にしようだなんて! 魔族に対しての差別でしかないじゃないですか!」
という、まさに主人公な雨宮君の意見と。
「まぁ~何と言いますか。ヤベェなぁって思いますけど、俺達が口出した所でどうなる? って気はしますけどねぇ。それに俺はこれから生まれて来る子供優先っていうか。あ、でも菅原さんをこっちに呼ぼうってのは賛成っすよ? だからココに来た訳ですし」
という、早乙女君。
二人共間違っていない。
世界観を優先する主人公的正義感も、自らの幸せを守ろうとする夫的価値観も素晴らしいと思う。
が、しかし。
ここで俺達三人が話し合った所で、世界が変わる筈もないというのが事実。
そんでもって……やっぱ二人共若いなぁ、マジでちゃんと主人公的思考回路だもん。
もうおじさんになってしまった俺は、衣食住職が揃って楽しく働けるなら結構満足しちゃってるし。
二人が本物のヒーローというモノに憧れているとすれば、俺は仕事として、物語としてのヒーローに憧れていると言う事なのだろう。
空想に憧れるか、現実に憧れるかの違いみたいな。
こういう所でも、歳を感じるねぇ。
まぁとりあえず、一旦落ち着いてもらい現実的なお話から進めてしまおう。
「ちなみに、二人のお仕事的には……その、どんな感じ? あ、給料とか聞きたい訳じゃないから、ざっくりで良いんだけど」
こういう話って、気を使うよね。
下手に年収の話とかになると、それこそ気まずい雰囲気になっちゃうし。
給料とか、待遇とか。
マウント取ってる訳じゃないよ!? みたいな空気出すと、余計に気まずくなっちゃう訳で。
いや待て、俺の今の年収って何だ?
そこまで長く滞在している訳では無いから、未だ給料が払われている訳ではないと信じたいが。
今の所、給料って貰った事無いかも。
あえていうのなら、とっても良いお部屋と美味しいご飯。
毎日身体が動かせる環境に、たまにガブガブしてくる美人と絡んで来るギャル。
そんでもって、何を言っても許してくれそうな上司。
でも……あれ? 俺の給料って、あるの?
思わずプルプルしながら悶えていれば、後ろからイザベラさんがコソッと。
「魔王様が今検討してますから。普通に金銭で良いのか、それとも別の物が良いのか。色々と考えていらっしゃるみたいですから、今度そっちもスガワラさんから話を振ってあげて下さい」
と言う事らしく、俺の方の問題は解決した。
良かった、無給料で働き続ける訳ではないらしい。
生活できているから別にそれでも良いんだけど、やっぱり個人で使えるお金はほしいので。
うんうんと頷きながら、二人に視線を向けてみれば。
「一応……前回の事も報告してお金は頂いています。しかしながら……その」
「複数の幹部が同時に出現した、というのと人族の幹部が居た証拠の一つでも持って来てくれって言われちゃいまして……ね? ハハッ、二人も揃っていて負けた理由を追求されちゃった感じっすね」
二人はちょっとだけ気まずそうに視線を逸らし、道具袋の中から変な道具を取り出した。
何だろうこれ、変な箱の中に水晶玉が収まっているのが見える。
魔王様の部屋で見た水晶みたいなのが、蓋の無い段ボールに入っている様な見た目のソレ。
「これ、一応録画出来る魔道具みたいでして……」
「菅原さん、つまり人族の魔王幹部の映像を撮って来いって命令が……それなんで、俺と雨宮君で菅原さんをこっちに引き込めないかなぁ~って」
そう言いながら、二人は乾いた笑いを溢して居た。
つまりコレを使って、俺の姿を撮影できれば彼等の仕事は完了。
しかしながら、欲を言えば人族同士敵対する事無く同じ場所に納めたいと言う訳か。
この提案に関しては、イザベラさんが少々ピリピリした雰囲気を醸し出していたが。
少しだけ、待って欲しい。
「もう一度確認する。二人は、俺を仲間にしろと命令を受けた訳じゃないんだな?」
「そ、そうです……でも、やっぱり菅原さんと戦うのは心苦しいと言いますか……」
「てか、毎回あの戦闘をするのは無理っすね。かなりきついっす、命が幾つあっても足りないと言うか」
二人揃って、再び気まずそうな笑みを浮かべられてしまったが。
おいおいおい、コレマジか。
「コレは、この道具は……撮影機器で間違い無いんだな? つまり、後に他の人にも映像を見せられるって事なんだよな?」
手に持った魔道具を見つめながら、全身が震えた。
耳元から、誰かの声が聞こえた気がした。
『チャンスだ、やるしかないスガワラ』
そう、やるしかない。
俺の欲望を最大限に叶える為には、これ以上の道具は無い。
『スガワラ、俺達なら出来る。主人公は二人も居るんだ、やるしかない。むしろやりたい』
そうだ、役者は揃っている。
しかも幹部の皆に相談すれば、協力してくれる人だって居る筈だ。
『この機を逃せば……本当に戦う事になるぞ。それはお前の望んだ未来か? 違うだろう? お前の本当の願いは何だ? 世界を救う“ヒーロー”になりたい訳じゃない、“特撮”がやりたいんだろう?』
「あぁ、あぁ! その通りだ!」
ずぅっと耳元で囁きかけて来るイフリートの声に答え、俺は立ちあがって魔道具を掲げた。
彼等の仕事は、魔族と戦う事。
その証明があれば、給料が支払われる。
そして俺の仕事は、彼等を妨害し本拠地に近付けない事。
そんでもって俺のやりたい事は……本格的な“ヒーローごっこ”に他ならない。
ならば、やる事は一つだろう。
「皆! 協力してくれ!」
グッと拳を握り締めながら宣言してみれば、彼等は「はい?」と言わんばかりに首を傾げてしまったが。
何を呆けているのか、状況と道具が揃っているのだ。
なら、やる事は一つだろうに!
「この道具を使って、俺達の戦闘を動画にしよう! そして……放映しよう!」
「……つまり?」
「えぇと、もしかして……」
困惑しているらしい二人に対し、思い切り笑顔を向けてから。
俺は、宣言した。
「“異世界特撮ヒーロー”を撮影する! コレを戦果として二人は国に持ち帰り給料を貰う。それと同時に、この映像を多くの人に向けて配信する! 異世界に特撮を布教出来るのと同時に、今の人族の目的である“アイドル的存在”の勇者を作る事にも繋がるだろう!? これ、妙案じゃないか!?」
コレしかない。
俺がやりたかった事が全力で出来て、尚且つ向こう方の望みも叶えられる。
更に言うなら、この二人にウチの魔王城担当勇者とかになってもらって。
余計な茶々を入れられない様に、二人が目立ってくれれば最高だ。
撮影にも支障が出ないし、余分な争いが回避出来る。
すげぇ、すげぇぞコレは!
スーツアクターがやりたいと夢見た俺が、ちゃんと役者として敵役までこなせる舞台が整ってしまったのだ。
こんなの、やるしか無いでしょ。
人類にとって悪役となる魔族、その幹部として転生してしまったのだ。
だったら、それはもう! 悪役幹部になったからには、強い勇者と戦いたいじゃないか!
更に言うなら、主役級が二人も居るのだ。
もっともっと言うなら、片方は俺と同じく“変身”が出来るのだ。
最高か!? 最高だろう!
ヒーローVSアンチヒーロー。
そしてその仲間達と役者には事欠かない。
うぉぉぉぉ! 盛り上がって来たぁ!
俺はきっと、この為に異世界転生したんだ。
きっとそうだ。
異世界の人達にも、特撮の素晴らしさを知ってもらう為に……俺はこの地にやって来たのだ。
もはや涙を溢しながら、天に向かって拳を向けていれば。
「あの……スガワラさん、まず魔王様に許可取ってからにしません? こればかりは、勝手に決めて良い事じゃないですよー?」
イザベラさんから、とても現実的な御言葉を頂いてしまうのであった。
ですよね、勝手にやる訳にいかないもんね。
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