第15話 魔王様のお願い


「スガワラさーん? ココに居ますかー? お仕事ですよー」


 兵士達の訓練場に、イザベラさんが顔を出した。

 勇者二名を撃退したお仕事から一月ほど、俺は毎日の様にカッパラァ先輩と愉快な仲間に囲まれ、汗臭い日常を過ごしていた。

 そして本日、新しい仕事が舞い込んだらしい。


「全員! 訓練止め! スガワラが仕事に行くぞ、見送ってやれ」


 亀の甲羅を背負ったイケメン巨漢の指示の下、皆様は剣を降ろし俺とイザベラさんの間に道を作ってくれた。

 何度でも思ってしまう。

 魔王軍、統率力と仲間意識高っかい。


「お疲れ様です、イザベラさん。今度の仕事はいつ頃からですか?」


 皆の作ってくれた道を進みながら、もはや一番馴染んだとも言って良い彼女に歩み寄ってみれば。

 イザベラさんは微笑みを溢しながらタオルを差し出してくれた。

 なんかもう、凄い。

 普通だったら恋しちゃいそう。

 でも間違ってはいけない。

 彼女が俺に優しくしてくれるのは仲間だからだし、ちょっと顔を赤らめてコチラを見て来るのは吸血衝動故なのだ。

 何でも俺の血は非常に美味しかったらしく、何かある度にガブガブしに来るのだこの人。

 疲れたから、一噛み下さい……とか、人生で初めて言われたよ。

 流石ヴァンパイア、普通とは違う方向から童貞を殺しに来る。


「可能な限り早い内に、だそうです。まだ私も詳細を聞いてはいませんが、また勇者絡みだそうです」


「あらら、もしかして雨宮君達ですかね? だとすれば、確かに俺が出た方が良さそうですね」


 そんな会話を挟みつつ、訓練場を後にしようとすると。


「魔王軍幹部、スガワラに敬礼!」


「「「いってらっしゃいませ! スガワラ様!」」」


 今まで一緒に訓練していた皆から、非常に気合いの入った声を頂いてしまった。

 一瞬思わずビクッとしてしまったが、それでもココは格好良く返さなくては。

 皆、俺の勝利を信じて良い顔で送り出してくれているのだから。


「行ってきます! カッパラァ先輩、皆! すぐ帰って来るから、続きはまた後で!」


「無事を祈っているぞ、スガワラ」


 ニカッと破顔するカッパラァ先輩と、その後は全力で手を振って見送ってくれる仲間達。

 なに、もうなんなの?

 魔王軍最高かよ。


「さぁ、魔王様の元へ向かいましょう。スガワラさん」


「うっす、イザベラさん」


 皆にはグッと親指を立てて返し、その後は振り返らず歩き出した。

 普通の戦場に向かうというのなら、コレが今生の別れになる可能性だってあるのだ。

 もしかしたら、ちょっとした事故でそうなってしまうかもしれない。

 でも俺がこれから向かおうとしているのは、世界的に繰り広げられる娯楽に近い戦闘。

 なら、精一杯活躍して格好良い姿を見せて来ないとな!


「何と言うか、物凄く好かれてますね。馴染みやすいのは分かりますけど、ここまでとは予想外です」


 クスクスと笑うイザベラさんに対して、此方としては苦笑いを返す他無かった。

 だって、本当に皆良い奴なのだ。

 誰も彼も、最初は異世界人だし人族の俺を気遣って来て。

 仲良くなれば、何処までも友人として接してくれる。

 こんなの、馴染めない方がおかしいってもんだ。


「俺は、ココに召喚されて良かったです」


 コレは、心からの感想と言って良いだろう。

 だからこそ、胸を張って言葉にしてみれば。


「そう言って頂けると、此方としても肩の荷が下りるというものですね。魔王様も未だに気にしておりますし」


「死者蘇生だけでも感謝しかないのに、まだ気にしてるんですか……更に言うなら、イザベラさんみたいな美人に腕を齧られる御褒美付きなのに」


「そういう言い方をされると吸血し辛くなるので、止めて下さい」


「うっす、今のは冗談です」


 軽口を叩きながら、本日も魔王様のお部屋へと向かうのであっ――


「スガワラさん、かなり汗臭いですね。シャワー浴びて来て下さい、流石にソレで魔王様の前に立つのはちょっと……」


「……ですよね、すみません」


 まだ、向かえないのであった。


 ※※※


「来たか、スガワラ」


「ハッ! ただいま参上いたしました! シャワーも浴びて来ました!」


「……うん? うん、そうか。サッパリした様で何よりだ」


 と言う事で玉座の間に……と言う訳ではなく、本日は普通に魔王様のお部屋へとお邪魔した。

 何でも昨日は遅くまで仕事をしていたとの事で、少し前に起きたばかりらしい。

 そんでもって、玉座に座りながら仕事など出来るかというもっともなご意見の元。

 普段はこうしてお部屋でお仕事をしている魔王様。

 考えてみれば、当たり前だけど。


「それで、今回の仕事とは?」


「あぁなに、いつも通りなんだが……その前に食事にしよう。スガワラはもう済ませたか?」


「いえ、昼食はまだです!」


「あぁ、もう昼なのか……ちょっと待っていろ」


 疲れた表情の魔王様がベルを鳴らせば、メイドさんが多数部屋の中に訪れ。

 此方に向かってメニュー表を差し出した。

 メニュー表! いやココお城! 料理店じゃ無かった筈だけど!


「スガワラは既に客人ではない、そんなもの必要無いだろう……まぁ、食いたいモノがあるなら頼んでも構わんが」


 魔王様がそう声を上げれば、メイドさんは頭を下げてから俺のメニュー表を回収していった。

 今までこんな事は無かったのだが、これまでは予め周りが用意してくれていたと言う事なんだろう。

 え、何。

 俺ってもしかしてまだ滅茶苦茶気を使われてた?


「何か希望はあるか? スガワラ」


「ハッ! 出来れば、に――」


「肉か、分かった。では私もソレにしよう。二人分頼む、活力が湧きそうなヤツをな」


 既に俺の扱い方を熟知しているらしい彼が声を上げれば、皆様パタパタと下がって行かれてしまった。

 今までインパクトの強いイベントばかりだったから、あんまり意識しなかったけど。

 リアルメイドさんが居るって凄いよね。

 改めて実感しちゃった。

 皆角が生えたり尻尾が生えたりしてるけど、ちゃんとメイド服着てるんだよ。

 お店に行ったりしないでも見られるし、何かサービスを受ける度にお金取られたりしないんだよ。

 コレって凄くない?

 なんて、ここに来てちょっとした感動を覚えていれば。


「どうした?」


「いえ、メイドさん良いなぁって」


「メイドで気に入った娘でも居たのか?」


「いえ、個人に対しての特別な感情ではなく、メイドと言う存在に対しての特別な感情ですので」


「相変わらず不思議な奴だな」


「ビバ、メイド」


「そうか、存分に楽しめ」


 と言う事で、適当な会話をした後。

 魔王様から対面席を勧められ、相も変わらず分不相応な席に腰を下ろした挙句。

 すぐさま運ばれて来た料理に涎を垂らす事態になってしまった訳だが。


「さて、スガワラ。今回貴様に頼みたいのは……あぁ、すまない。食べながらにしよう」


「いただきます!」


 許可を頂き、目の前のステーキに齧り付いた。

 なんだ、何だコレ。

 ファミレスのステーキは紙切れだったのかと言う程、肉厚な暴食用ステーキが鎮座しているのだ。

 こんなの、湯気が上がっている内に齧り付かないと失礼に価する。

 ろくにカットもせず口に放り込み噛みしめた後、バクンバクンと掃除機の様な勢いでお肉様を呑み込んでいけば。


「おかわりでございます」


 もはや慣れた様子で、メイドさんがすぐさまおかわりステーキを目の前に持って来る。

 その姿は、さながらフードファイター。

 まるでわんこ蕎麦でも食べているかの様な勢いで、おかわりのお肉様が用意されるのだ。

 それはステーキと言うには、あまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、胃に重く、そして旨すぎた。

 それはまさに、肉塊だった。

 多分コイツも、ウーパールーパー……じゃ無くてドラゴン肉なのだろう。


「して、スガワラ」


「あ、はい。何でしょう魔王様」


 ちょっとばかし豪華すぎるステーキにトリップしていれば、魔王様から静かに声を掛けられてしまった。

 そして、少々渋い顔をした彼は。


「お前……“向こう側”から誘いを受けているのか?」


「向こう側、とは?」


 こちらとしては、はて? と首を返す他無く。

 ステーキを頬張りながら、首を四十五度にキープしていると。


「人族側から、という意味だ。お前がソレを望むなら……まぁ止めはしないが」


「え、俺……クビですか?」


 思わず、ポロッとステーキを皿の上に落としそうになってしまった。

 ソースが跳ねる事を恐れたのか、それとも肉が床に落ちる事を警戒したのか。

 メイドさんが慌てて空中でステーキをキャッチして、俺の口に放り込んで来た。

 お見事。


「以前勇者と遭遇したダンジョン、覚えているだろう? あそこに、再び同じ勇者が現れた。しかも二人だ。更には……」


「更には?」


 再びおかわりステーキをメイドさんから頂き、皿をテーブルに重ねながら魔王様を真っすぐ見つめてみると。

 彼は、ため息を一つ溢してから此方に水晶玉の様な代物を差し出して来た。

 恐る恐るソレを受け取ってみると……あ、ヤベッ。ステーキソース付いた。


「分かるか? 彼等は、お前の解放を望んでいる」


「あ、えっと、あー、はい。ちょっっとだけ、お待ちを……」


 やけに綺麗な水晶玉? にソースが付いてしまったので、服の袖でふきふき。

 ヤバいって、これ絶対高いヤツだって。

 しかも何か貴重そうな代物だし、今後コレを覗き込むたびにステーキの香りが漂ったら不味いって。

 そんな事を考えながら、ひたすらゴシゴシしていると。


「ん? どうした? 水晶が曇っているか?」


「い、いやぁ!? 全然大丈夫です! 大丈夫ですけど、俺が触ったら不味いかなぁって!」


「気にするな、そんなもの連絡用の魔道具に過ぎない。所詮消耗品だ」


 セェェフ!

 消耗品なら、しばらくの間ステーキ臭が漂っていても問題無い筈。

 と言う事で、改めて球体を覗き込んでみれば……そこには。


「おや、雨宮君と早乙女君だ」


 そこには、件の勇者二人が何やら看板を担ぎながら滞在している姿が写っている。

 しばらくその場に留まっているのか、彼等の後ろにはテントまで映っているではないか。

 おぉ~すげぇ、監視カメラみたいなモノなんだろうか?

 異世界も便利だなぁとか思いつつ、彼等に向かって水晶の向こうから手を振ってみたりしたわけだが。


「つまり、こういう事だ」


「どういうことだってばよ」


「……」


「……すみません、思わず。事態が呑み込めなかったモノで」


 反射的に突っ込んでしまったが……駄目だよね、今の口調は。

 非常に良くない。

 相手魔王様だもの。


「あぁ~あーそうか。お前は文字が読めないんだったか」


「ご迷惑お掛けします……」


 これまた一つ呆れ顔を溢されてしまったが、どうやら魔王様の説明曰く。

 彼等が掲げている看板には、俺を魔王軍から解放しろ的な言葉が掛かれていたらしい。

 い、いやぁ?

 あれ、おかしいな。

 早乙女君は分からないけど、雨宮君には割と俺の状況説明しなかったっけ?

 別に苦しんでいないし、強制労働もさせられていないんですけど?

 とかなんとか、これまた首を傾げてしまう事態に陥ってしまった訳だが。


「彼等は、お前が姿を見せるまであの場で待つと訴えている。どうする?」


 なにやら悲しそうな瞳を向けて来る魔王様。

 もしかして、俺が人族の方へ移ってしまうとか思っているのだろうか?

 この人何だかんだ優しいし、俺が向こうに行くって言えば普通に見送ってくれそうだけど。

 でも、まぁ……俺の答えは決まっているのだ。


「俺は、魔王様が許してくれるのなら……このままココで働きたいです」


「本当に、それで良いのか?」


「何度も言いますけど、感謝してます。死んだ俺を復活させてくれた訳だし、俺のやりたい事やらせてくれるし」


「向こうに行った方が……幸せに過ごせるかもしれないぞ? それに広い世界を知る事も出来る」


 行くな、そう言ってくれれば良いものを。

 彼はとても悲しそうな顔のまま、“正しい”であろう言葉を紡いで来た。

 全くもう、魔族の皆は分かりやすい癖に素直じゃないんだから。

 だからこそ、ニカッと笑みを溢してから立ち上がり。


「俺、ちょっと行ってきますね。変な事して戦争とかにならない様に気を付けます、無茶もしません。そんで、二人とちょっと話して来ます」


「お前が望む、最善の結果を選んでくれて良いんだぞ? この場から離れ、そのまま帰って来なかったとしても……私は、いや。誰も咎めないと誓おう……」


 違うでしょ、魔王様。

 こういう時に言って欲しい台詞は、絶対に一つだけなのだ。


「俺は、ちゃんと戻ってきますよ。だから“行ってこい”って、そう命令すれば良いんですよ。“いってらっしゃい”って言われたら、絶対“ただいま”を言いたくなるもんですから」


 失礼を承知で、彼の肩をバシッと叩いた。

 普通だったら首が飛んだりするのかな? とか、ちょっと思ったりもしたが。

 それでも彼は、今まで以上に緩い表情を作ってから。


「では、命令……いや、お願いだな。話を付けて、私の元へ戻って来い。いってらっしゃい、スガワラ」


「はい、魔王様! 行ってきます!」


 事情はよく分からないけど、とりあえずまた仕事だ。

 もう一度雨宮君達の元へ向かい、説得して帰って来る。

 ただそれだけ。

 そんでもって魔王様に“ただいま”って声を掛ければ、任務完了。

 うっしゃぁ! 今回こそは、問題なく仕事をやり遂げるぜ!

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