第13話 状況を作れ


「流石は勇者! やるな!」


「ハハッ! 殺し合いじゃなくて、“勝負”だからって事でもう少し緩くなると思ってたんですけどね……菅原さん、ヤバいっすね」


 彼は弓使い。

 だからこそ、今の状況としては俺に有利な状況であると言っても良い。

 すぐ目の前から戦闘を始めたし、相手は最大の特徴である光学迷彩を使用していないのだ。

 ならば、すぐに決着が付く。

 そう思っていたのだが。


「おっとぉ! あぶねぇ!」


 相手は、本当に人間かと言いたくなる程身軽に、そして軽快に俺の攻撃を避けていく。

 普通のパンチやキックでは、全く当たる気がしない。

 しかも攻撃を回避しつつ、アクロバティックに矢を放ってくるのだ。

 何だアレ、凄い。

 というか滅茶苦茶格好良い。

 早乙女君も、雨宮君とはまた違った形の異世界主人公をやっている様だ。


「凄いな早乙女君! 全く攻撃が当たる気がしない!」


「そりゃこっちもですよ! この距離で矢を射るのも珍しいのに、普通に掴み取られるとか! 菅原さん本当に人間っすか!?」


 今の所、両者共攻撃が届いていない状況。

 此方の攻撃は避けられてしまうし、向こうの攻撃は矢が放たれた瞬間に掴み取っていた。

 此方はイフリートにかなり力を貸してもらって、何とかなっている状況ではあるが。

 しかしこれだけでも対戦実績としてカウントされるのか?

 怪我をしたとか、相手の一部を証拠として持ち帰ったとかしないとお給料は発生しないのだろうか?

 そればかりは分からないが、わざと負ける様な真似はしない。

 ソレは俺のポリシーに反する。

 何より、それでは楽しくない。


「少しだけ本気を出すぞ!」


 互いに一発も当たらないのでは、消耗戦にしかならない。

 ソレも一種の戦闘と言えるのだろうが、俺が求めている戦闘は違うのだ。

 だからこそ、鎧に炎を纏い始めた。

 熱く、ぶつかり合う事。

 闘う意味は、その一点のみ。


「っ! 嘘っしょ!? 速度上がってるんだけど!?」


「ステージ2だ! そらそら行くぞ! 対応してみろ!」


 此方の速度が、イフリートの干渉により先程よりも速くなった。

 動きも、反応速度も。

 より相手を追い詰める事は出来るようになったが、それでも。

 こういう能力を使えば使う分だけ、反動があるのだ。

 鎧を解除した後に動けなくなってしまったり、下手すれば戦闘中であっても意識を失ってしまう。

 つまり今の俺は、イフリートに対して対等な存在になっていないという事に他ならない。

 ただコイツの力を借りて、イキっているだけ。

 それは分かっている。

 当人は「まだ魔力に慣れていないだけだ、気にするな」なんて言っていたが。

 だがやはり悔しいって気持ちは湧き上がってくるのだ。

 俺では、コイツの本気に耐えられない。

 ステージ2と名付けたこの戦い方も、保って十分程度。

 その更に上、ステージ3と名付けた領域まで相棒が力を行使すれば、約一分で意識を失ってしまうのだ。

 自らの手に負えない力、時間制限付きのリミッター解除。

 いつかコレにも耐えられる様になってみせると、熱い気持ちが腹の奥底から湧き上がって来る様だが……コレはコレで、良いモノだと思うんだ!

 デメリットのある装備、時間制限。

 そんな言葉を聞いたら、男ってのは無理してでも使いたくなってしまうんだよ!


「しゃぁっ! 攻め込んだ!」


「うっわマジかい! ちょっとコレはヤバイって!」


 相手の懐に飛び込み、ひたすらに拳を振るってみれば。

 彼は反撃の余裕すらないらしく、ただただ回避に専念していた。

 凄い、本当に凄いぞ勇者って奴は。

 ステージ2ですら、まだ追い付けないのか。

 だったらこの際、ステージ3に踏み込んで一気に片を付けてしまった方が良いのでは?

 そんな事を思ってしまうが……違う。

 この場には、もう一人主人公が居るのだ。

 だったら悪役としては、例え二対一になろうとも参加してもらわなければ嘘だ。

 主人公と主人公がこの場に居るのなら、共闘しなくてどうする。

 共に戦ってこそ、物語が進むと言うモノだろうが。


「雨宮君!」


「は、はいっ!」


 早乙女君との戦闘中に叫んでみれば、彼は背筋を伸ばして立ち上がった。

 よろしい、気概はある。

 だったら後は、“きっかけ”さえあれば……きっと彼は、変身出来る。

 以前同様、熱い気持ちがあれば! 多分! 分かんないけど!


「このままでは早乙女君を仕留めてしまうぞ! 君と同じ勇者が、この場で死ぬ事になるんだぞ!? なら君はどうする、君の“変身”は何の為に姿を変える!? 変身はゴールじゃない、スタートなんだ! 君は鎧を纏って、何がしたいんだ!?」


 叫びながら早乙女君に向かって踏み込んでみれば、相手の動きが先程よりも鈍くなっている。

 どうやら、向こうもスタミナ切れの様だ。

 ならば、このタイミングしか無いだろう。

 彼が再び変身し、一番恰好良く魅せられるシーンは。


「もはや回避する体力もないか……哀れだな、勇者」


「いや、マジで……菅原さん容赦なさ過ぎ……」


 ぜぇぜぇと肩で息をする彼を前に、此方は腰のベルトを叩いた。

 追加アイテムとかスイッチとかは無いけど、雰囲気を出す為に。

 すると今まで以上に炎が噴射し、俺の体は宙に浮かんでいく。


「いや、あの……もしかして」


「さぁ、勇者“達”。これを、どう防ぐ?」


 周囲に纏った炎は、俺の背後でドラゴンを模した形に成り代わった。

 そして、無重力状態の俺が空中でキックの体勢を作ってみれば。

 背後に現れたイフリートは、俺の背中に向かって炎を吐き出し。

 俺の全身を包み込むと同時に、突き出した足裏が真っ赤になる程熱を帯びていく。


「や、やばいってソレは……絶対必殺技じゃないっすか」


 早乙女君は諦めた様子で矢を手放し、周りの人達も驚愕の瞳を向けていた。

 でもその中で、一人だけ動いた人物が居たのだ。

 それ見て心から安心し、此方は容赦なく必殺技を繰り出した。


「イフリート! ファイナルアタックだ!」


『maximum final attack』


 随分と練習した英語の発音、完璧だ。

 そんな感想を覚えながら、俺は再び背面から炎を受けた。

 今度は包み込む様な炎ではなく、押し出すかの様な火球。

 その爆炎と共に押し出され、早乙女君に足裏を向けて飛び込んでいけば。

 俺達の間に、“ヒーロー”が割り込んで来たではないか。


「させません! 菅原さんにも、もちろん早乙女さんにも! だから、全部守ります! “変身”!」


 彼が叫んだ瞬間、相手は光に包まれた。

 以前にも見た光景。

 雨宮君が変身した時に見せた、強烈な光。

 それで良い、それが良い!

 君は、俺のライバルとしていつまでも立ちふさがってくれ!


「ぜいやぁぁぁ!」


「うぉぉぉぉ!」


 止まることなく繰り出されたライ〇ーキックに対して。

 何と彼が構えたのは盾。

 しかも前回とは鎧の色が違うではないか。

 今回はエメラルドの様な緑色だ。

 凄い、凄いぞ! 二つ目のフォームを手に入れたじゃないか!

 が、しかし。

 必殺技を繰り出してしまった以上、此方も止まる訳にはいかず。


「その程度かぁぁぁ! 勇者ぁぁぁ!」


「絶対、守ります!」


 まるでゲームみたいに、彼の盾に蹴りを叩き込んだ姿勢のままぶつかり合い。

 相手は未だ続く衝撃に耐えながら踏ん張っている。

 これこそ、“そういう”勝負ってモノだ。

 素晴らしい、実に素晴らしい。

 そんな事を思いながらも、もっと身体に力を入れて彼の防御を打ち破ってみようとすれば。


『限界だ、スガワラ。これ以上はお前が保たない』


「おっと、マジで?」


 相棒から、そんなお言葉を頂いてしまうのであった。

 先程も言ったが、俺の体はイフリートの全力には耐えられない。

 だからこそ、大技を繰り出せばその分戦える時間が短くなると言う訳だ。

 と言う事はつまり。


「ぐあぁぁ!?」


「え、うそっ!? 勝った!?」


 全身から派手にダメージエフェクトを噴射してから、後方へと吹っ飛んだ。

 地面に転がりながら、まさに“ダメージを受けたから”という演出をしつつ鎧を解除してみれば。


「すみません菅原さん! 大丈夫ですか!?」


 雨宮君が、こっちに走って来てしまった。

 違うんだよ雨宮君。

 そこは“終わったぜ”って雰囲気を出しながら鎧を解除する所だ。

 それこそ、特撮ってもんだろうが。

 とは思ったものの、イフリートが言っていた“限界”とはマジでギリギリだったらしく。

 最後のエフェクトで無駄に魔力を失った体は、ぐったりと地面に伏したまま動いてはくれなかった。


「見事だ、雨宮君。ナイス、変身」


「ありがとうございます! これも全部菅原さんのお陰です! だから死なないで!」


 変身したままのヒーローに担ぎ上げられる悪役幹部の俺。

 うぅむ、やはりコレはちょっと違うと思うんだ。

 そんな事を思っていれば。


「スガワラさんから、今すぐ手を放して下さい」


 イザベラさんが、何やら物凄く怒った顔で雨宮君の事を睨んでいるではないか。

 おぉっと、コレは不味い。

 俺が余計な演出を入れたせいで魔力切れになったというのに、仲間にまで勘違いさせてしまった様だ。


「嫌です。今すぐ街に戻って、教会へ連れて行きます。この人には、治療が必要です……だって、見て下さい。胸に酷い火傷がある」


 どうやら雨宮君は、ピンチの時には我が強くなるタイプだったらしく。

 先程早乙女君の一撃を防いだ火傷を見て、事態を勘違いしているらしい。

 こ、コレは良くないぞ……と言う事で。


「メ、メル……こっちに……」


「はいはーい。今行きますよー?」


 テンション高い系ギャルが、睨み合う二人の間に平気で突っ込んでいき。

 そんでもって俺の口元に耳を寄せて来てくれた。

 すっげぇ助かる。

 魔力切れって、二日酔いの倍くらい気持ち悪くなる現象なので。

 と言う事で動く事が出来ず、ギャルに対して落としどころを提案してみた訳だが。


「相手には戦った証拠を譲渡。んで、相手さん達はすぐに撤退して貰う……でよろしい? まぁ確かに、これ以上戦っても血を見るしねぇ」


 メルナリアはいつも通りの軽い調子のまま、指でわっかを作り。

 OK~とばかりに笑みを向けてくれた。

 しかしあろう事か、メデューサの象徴とも言える、首元に居た一匹の蛇の首をナイフで落としてしまったではないか。


「なにしてるのぉぉぉ!? ライト! ライトォ!?」


 雨宮君に抱き上げられている状態だったが、思わず叫んでしまった。


「いや、勝手に名前つけられても」


 えらく軽い様子で、彼女は反対側の蛇の首も落としてしまった。


「レフトォォォ! 止めて! なんで殺すの!? その蛇だって、生きているんだよ!? 鶏肉が好きな、可愛らしい爬虫類なんだよ!?」


「いやスガワラ、マジで馴染み過ぎ。コレほとんど私から生えてる触手みたいなもんだからね? 自我とか無いし、私の一部なんだってば」


 俺が餌付けしていた蛇達は首を落とされ、ギャルによって勇者へと手渡されていく。

 あぁ、何てことだ。

 もうアイツ等は戻ってこない……凄く美味しそうにお肉を頬張っていたあの蛇達は……。


「あ、すぐ生えて来るから安心して? また出て来るよ」


「はぁ?」


 よく分らないが、蛇は再生するらしい。

 そうか、ミギィもヒダリィも無事なのか。

 なんて、安堵して良いのか分からない説明を頂いていれば。

 ギャルの表情がスッと冷たくなり。


「それだけあれば、幹部と戦ったって証明になるよね? 今すぐスガワラを置いて消えてくれないかな? いつまでもココに居られると、迷惑なんだよね」


 ニィっと口元を吊り上げた彼女が相手の事を見つめていれば。

 なんと、早乙女君の弓が石に変わっていくではないか。

 なるほど、そういうことか。

 彼女の“石化”と言う能力は、現代における呪いの様な摩訶不思議なモノではなく、れっきとした攻撃魔術。

 その魔術をあまり理解していない俺が語るのはアレだが、メデューサの瞳による石化は、意図して行使できる攻撃に他ならないのか。


「これで分かったかな、次は肉体を石に変えるよ? それが嫌なら、とっとと消えて」


 彼女の一言により、雨宮君のパーティメンバーは一目散に逃げ始め。

 早乙女君に関しては。


「雨宮君! 今は一旦引くしかない! 行くぞ!」


 未だに動こうとしない雨宮君の肩を掴み、必死に声を上げているが。


「菅原さん……大丈夫ですか?」


「お、う。平気……だ。だから今は……人の国に帰って、それから……」


「絶対、戻ってきますからね」


 彼は俺を地面に下ろしてから、メルナリアをキッと睨みつけ。


「絶対、絶対治せよ!? 俺達が引いて、結局菅原さんが助からなかった何て結果になってみろ……俺は、俺だけでもアンタ達の城を潰してやる」


「肝に銘じておくよ、勇者君?」


 クスクスと笑うメルに対し、彼はもう一度悔しそうに拳を握り締めてから。


「絶対また、会いに来ますから」


 それだけ言って、早乙女君と共に森の中を走り去っていった。

 これで、今回の防衛は終了。

 ダンジョンは無事だし、勇者達も帰っていた。

 そんでもって、熱い戦いも出来た。

 俺はもう、大満足だ。

 何て事を思いながら、地面に寝そべってウンウンと頷いていれば。


「スガワラさん……何度私の指示を無視すれば気が済むのですか? 何故相手を焚きつけるような真似をしたのですか? 結局今回も、相手の勇者がちゃんと“変身”出来てしまったではないですか」


 おっと、コレは不味い。

 イザベラさんが、結構ブチギレている感じに杖を振り上げている。


「ホ、ホラ! 今回はメルが居たお陰で何事もなく済みましたし! ね!?」


「メルメルメル、随分と仲良くなりましたねぇ。私も仲良くしたいと思ってるんですよ? でも貴方がおかしな事ばかりするし、後始末は私の仕事だし。今回のメルナリアの件も、誰が魔王様に報告すると思っているんですか? そろそろ遠慮なく吸血しますよ?」


「あ、はい。生命に異常をきたす程でなければ、まぁ。あとその……魔力酔いでめっちゃ気持ち悪いんで、献血でどうにかなりますか?」


「多分、ですけど。そう言う状態で吸血すると人は眠る事が多いです。私の吸血は魔力も吸い上げますから、本当に空っぽになってしまえば問答無用で気絶する訳ですね」


「是非お願いします! 今めっちゃ気持ち悪いんで! 若者の前だから耐えてたけど、結構吐きそうなくらい気分悪いんで! もう思いっ切り吸っちゃって下さい!」


 地面に転がったまま叫んでみれば、イザベラさんは溜息を溢し。

 メルナリアはケラケラと笑いながら俺の事を眺めていた。

 とにもかくにも、今回の防衛は成功したんだから良いじゃないか。

 そんな言い訳をしながら、イザベラさんが首元に噛みついて来て意識が遠くなっていった。

 やっぱガブッってされる瞬間だけは、普通に痛いわ。

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