第12話 戦う意味


「まーまーイザベラ、落ち着いてって。スガワラのは確かに良く分かんないけど、実際そのまま勇者を連れ帰っちゃうのは不味いんじゃないの?」


「メルナリア……貴方がちゃんと考えながら喋るとは珍しいですね」


「えぇ……酷い言い様だね」


 言われなくても分かっているが、確かに彼女が言う様にこのまま勇者を連れて帰るのは少々問題がある。

 彼が、勇者自身が協力的なら戦力の強化に繋がるかもしれない。

 とはいえ、あの“変身”が使いこなせる様になるというのが大前提なのだ。

 もっと言うなら勇者を連れ去った、または寝返らせたという情報を彼女達が国に持ち帰り、数多く居る魔王の中でも我々の王が目を付けられてしまう状況は少々良くない。

 勇者を取り戻す為に国を挙げて戦争を吹っかけられたり、他の勇者達を集めて一斉攻撃なんかされてみろ。

 このアマミヤという勇者だからこそ、こんな冗談みたいな状況で済んでいるが。

 他の者までこんなにも緩いとは考えにくい。

 異世界から呼ばれた彼等にはそれぞれ特殊な能力があり、その力は幹部達にも匹敵する事が殆ど。

 今目の前に居る勇者がどの程度国から重要視されているか分からない現状では、この場で連れ去るのは非常に良くない。

 もしも彼を連れ帰るのであれば、目撃者を消す必要がある。

 しかしソレをやるとしたら、スガワラさんが反発するのは目に見えているし。

 なにより、魔王様も嫌がるんだよなぁ……。

 なのでやはり、このままお帰り頂くのが一番なのだが。


「はぁぁぁ……スガワラさん、一旦彼は人族の街にお帰り頂きましょう。今ここで話し合っても、結論は出な――」


「イザベラさん下がって下さい! 変身!」


 勇者を放り出し、急に私を押し退けた彼が。

 真っ赤な炎を纏いながら鎧姿に変身した瞬間。

 彼の胸には、随分と長い矢が突き刺さった。


「スガワラさん!?」


「問題ありません! 下がっていて下さい! 他に敵が居ます!」


 いやいやいや、問題無いわけがないでしょうが。

 胸に矢が突き刺さってますけど、未だに矢がピンと立っておられますけど。


「サンキューイフリート。貫通にはビビったが、中でも守ってくれたか」


『当然だ。が、しかし……些か急だったのでな。鎧の中で火傷をしている可能性が高い、後で治して貰え。我の力は、今のお前には少々強大過ぎる』


「ハッ! 言ってくれる。すぐに追いつくから待ってろよ?」


 そんな軽口を契約したイフリートと交わしつつ、彼は余裕そうな雰囲気で胸に刺さった矢を引っこ抜いた。

 鏃は、その……何と言うか。

 溶けているんですけど。

 今スガワラさんの鎧の中がどうなっているのか、もはや見るのが怖い。


「おい! 居るんだろ!? 姿を見せたらどうだ? 奇襲に失敗したのに、いつまでも姿を隠しているのは流石に恰好悪いぜ?」


 彼が大きな声を上げてみれば、視界の一部がボヤけ始める。

 隠蔽か視覚改変の魔術だろうか?

 思わず警戒しながら、此方も杖を構えてみたが。


「いやぁ……驚いた。コレ今まで気が付かれた事無かったんだけど。チートスキルも、万能じゃないって事っすかね?」


 えらく軽い雰囲気で、髪の長い男が此方に向かって歩いてくるではないか。


「光学迷彩か、随分良いチートを貰ったじゃないか」


「そりゃどうも。でもさ、アンタ何者? 他の所の魔王幹部じゃ、射抜かれるまで俺に気が付けなかったよ?」


 彼等の会話からして、おそらく彼も勇者。

 そして何より、既に他の地域の魔王幹部を葬り去る程の実力を持っていると見て間違いない。

 だとすれば、余計に警戒心は高まっていく訳だが。


「魔族を守った上にそれだけの実力って言うと、アンタも魔王軍幹部なんでしょ? その鎧姿と身長、それから体格もか。完全前衛タイプの魔族、竜人とかオーガだったりする?」


 相手は随分と軽い様子で、カラカラと笑いながら再びスガワラさんに弓を構える。

 対して、此方の幹部の一人はと言えば。


「さぁ、どうだろうな? お前の目には何に見える?」


 あろう事か、敵の目の前で鎧を解除したではないか。

 当然登場するのは、いつものスガワラさん。

 胸の辺りに大きな火傷を残しながらも、ニッと口元を吊り上げて見せていた。

 いったい何をしているのか。

 もしかして相手を煽るつもりで鎧を脱いだのか?

 色々と予想してみたが、答えは分からず。

 結局二人の事を眺めていれば。


「えっと、あれ? 普通に人間に見えるんだけど……というか、日本人?」


「俺は菅原勇、日本人だ」


「いや、だったら普通“こっち側”でしょ!? なんで魔族側に付いちゃってるの!?」


「俺が呼ばれたのが、魔族側だった。それだけだ」


 やけに恰好を付けた喋り方をする彼に唖然としていれば、相手の男は困惑した様子を見せ。


「待って待って、魔族ってのは人の形をしてるだけの化け物だって教えられたよ? だから俺も戦ったし、撃退もしたけどさ。普通に人間が居るし、しかも同じところの出身って。おかしいでしょどう考えても! なに、人の国がヤバイ感じだったりするの!?」


「さぁ? 俺も世界事情はよく分からないからな。しかし、俺のやりたい事は決まっている。だから、難しい事は後回しにする事にした。どうせ俺の頭では理解出来んからな。だが……お前はどうなんだ?」


 相も変わらず恰好を付けた口調で喋りつつ、彼はゆっくりとポージングを始めた。

 相手もソレに警戒したのか、弓を構えてスガワラさんの動きを見つめていれば。


「これが、俺のやりたい事だ……イフリート! 行くぞ!」


『ready』


「変身!」


 毎度変わる変身ポーズを綺麗に決めてから、スガワラさんはいつも通り炎に飲み込まれた。

 思わず身を守ろうとしてしまう程に、強烈な炎。

 だというのに、敵の勇者はその姿をジッと見つめ。


「しゃぁっ!」


『change、イフリート』


 炎を振り払いながら、再び深紅の鎧が登場した。

 全く……毎度毎度コレをやる必要性がどこにあるのか。

 未だに疑問だが、彼は試合でも絶対にココから始めようとする。

 なので、此方としてはいい加減諦め始めていたのだが。


「うぉぉぉぉ!? かっけぇ! 何それ! かっけぇ、俺もソレやりたい!」


 重病患者が、本日一名増えてしまった様だ。


 ※※※


「すげぇぇぇ! え、なに何々!? そっちのチートは雨宮君と同じく変身能力って事!?」


「違う、俺はチートなんぞ貰っていない。コレは相棒を見つけたからこそ、実現可能になった“変身”なんだ」


「つまり俺にも出来るかもしれないって事で良いの!? すげぇぇ!」


 全身全霊の変身を見せてみれば、彼は目を輝かせながら警戒もせずに俺に近付いて来た。

 更には鎧を端から端まで見てくるため、思わずポージングをとってみれば。


「平成初期の方って分かります!? 俺龍〇好きなんですよ!」


 リクエストを頂いたからには、答えなければ。

 かの仮〇ライダーを晒してみれば、彼は悶える様に喜び始め。


「俺も変身してぇっす! 雨宮君! 雨宮君!? 君はそういうスキルだったよね!? まだ変身出来ない!?」


「ぜ、前回は一度だけ出来たんだけど……やっぱり皆みたいに上手く扱えなくて……」


「一回出来てんじゃん! すげぇって! 今この場で二度目を成功させよう! そうしよう! お手本が目の前に居るんだぜ!?」


 どうやら彼は、“こっち側”の人間だったらしい。

 素晴らしい。

 理解者が増えると言うのは、実に素晴らしい。

 やはり男の子は、こうでなければな。

 どんな見た目をしていようと、ちょっと彼がチャラく見えようと。

 そんな物は些細な問題だ。

 こうして“変身”に関して語れる友が一人増えたのなら、俺は全力でこの熱い思いを語り――


「はぁぁ……嫁達にも見せてやりてぇ……。俺の世界では、こういう格好良いヒーローが居たんだぞって」


 嫁、だと?

 見る限り、彼は俺よりずっと若い。

 雨宮君よりかは、少々年上に見えるが。

 その歳で嫁……更には”達”と言ったか?


「あ、あれかい? 君は随分とモテるのかい?」


 口元をヒクヒクさせながら問いかけてみれば。

 彼はちょっとだけ恥ずかしそうに笑ってから。


「最初はその……勇者特権というか。パーティを女の子で固めて貰ったんですよ。ほら、今の雨宮君みたいに。でも皆良い子で、仲良くなっちゃって。自然と……みたいな? 最初は俺も、異世界ハーレム~みたいなの憧れちゃったりして」


 彼の言葉に、俺の全身が着火した。

 ソレはもう、周囲の全てを焼き尽くす程に。

 ゴォッ! と音を立てながら、全身から炎が噴き出す勢いで。


「ほほぉ、つまりアレか。君はパーティメンバー全員とイチャコラした後、皆を娶ったと言う訳か。何人だ?」


「さ、三人っすね」


 ズルい。

 俺は一人だって運命の人と出会えてないのに。

 更に炎は吹き出し、皆揃って俺から離れ始めた頃。


「もう一度聞こう、勇者よ。貴様のやりたい事は何だ? あまりにも下らない理想を抱いているのなら、ここで死ね。その理想と共に、大地に帰れ」


 全身から炎を吹き出しつつ、拳を構えてみれば。

 彼は、グッと身体に力を入れてから。


「わ、笑わないですか?」


「男の覚悟を笑う男は、クズだ。笑って欲しいのなら、最初にそう言ってから宣言しろ。そしたら、空気を読んで笑ってやる」


 やけに気合いの入った表情で、彼は更にグッと拳に力を入れ。

 そして。


「俺、結婚したのって初めてなんで。でもデキ婚だから、相手の親もあんまり良い顔しなくて。だから! ハーレムとか甘ったれた考えは捨てて、三人を守ろうって決めたんですよ! 俺一人でも仕事を全うして、金稼いで! 三人が頑張って子供産んでくれた時、先の事は心配するなって言えるくらいの男になりてぇっす! そんで、皆から好かれる親父って奴になりたいっす!」


 おぉっと、予想外の変化球。

 そういう方向は予想していなかったぞ?

 コレが彼一人で行動している理由か?

 イフリートに調べてもらったが、周囲には他に敵になりそうな気配は無いらしいし。


「王から、追加の人員を貰わなかったのか?」


「俺……情けないっすけど、流されやすいんで。全部断りました。女の子が来たら誘いに乗っちゃいそうだし、男が来てもこっちの常識で色々語られたら納得しちゃいそうで」


 これはまた、雨宮君とは別方向で熱いのが登場したぞ?

 チャラ男、本気になる。

 みたいな。

 いやでも、嫌いじゃない。

 どんな人生を送っていようと、誰しも本気になる瞬間というのは訪れると信じているのだ。

 だからこそ、俺は。


「君達の報酬は、どうやったら払われるんだ?」


「魔王に関わるモノと戦ったり、相手を倒した時とか。色々ですね。実績があれば、保証されるって感じです」


 つまり、かなり緩いらしい。

 もしかしたら、勇者という存在自体がピエロに近い可能性すら出て来る。

 だとするならば。


「隠密と、弓の勇者。俺と戦おう。君の給料を稼ぐ為に、実績を作ろうじゃないか」


「え? あぁ~マジすか? 急っすね」


「覚悟の決まった者同士、あとは言葉ではなく拳で語り合おう」


「……もしかして、気を使ってくれてます? は、ハハッ。今までこんな幹部居なかったっすよ。本当に魔王軍に所属してるんですよね?」


 これまで以上の敵意を発し、彼に改めて拳を構えてみれば。

 彼は表情を引きつらせながらも、弓を構えた。

 なるほどどうして、性格は軽くとも戦地を生き抜いて来た勇者ではあるらしい。

 イフリートの鎧を纏っているのに、ビリビリと恐怖を感じる。

 彼は俺とは違う。

 本物の戦場を生き残って来た戦士だ。

 チートがあろうと無かろうと、関係ない。

 現にその場を生き抜いて来た人物なのだから。


「行くぞ、勇者。今一度名乗ろう、俺は菅原 勇だ。」


「俺、早乙女さおとめ あきらって言います」


「では早乙女君……いざっ!」


 此方は全身から炎を吹き出し、相手は弓の弦を引き絞った。

 少々俺が理想としている戦闘とは違うが、こういう事態も訪れる事は覚悟していた。

 そして何より、俺は悪役の幹部なのだ。

 こういう人物でも殴れないと、やっていけない。

 それが分かっているからこそ、全身に力を入れて腹から雄叫びを上げた。


「うおおぉぉぉぉぉ! 行くぞ! 早乙女君!」


「ハハッ! 気迫すごっ。勝負っすよ! 菅原さん!」


 その声と共に、弓の勇者との対決が幕をあげるのであった。

 いいね、こういうのを待っていたんだ。

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