第11話 再来
「良いですね? スガワラさん、今回の仕事は防衛。相手から仕掛けられた場合のみ対応すれば良いんですからね?」
「了解しました! 問題ありません!」
「ぬははっ! スガワラのテンション高っか! イザベラは固った! もっと気楽に行こうよ、しばらくはココで野営する事になるんだから」
注意事項を改めて確認してくるイザベラさんと、ひたすら笑っているギャル。
え、俺こんな二人と一緒にしばらく野営するの?
やだぁ、ムラムラしちゃったらどうしましょう。
とか、冗談みたいに言える状況だったら良かったのだが。
メルナリア、コイツが非常に厄介だった。
「ねぇねぇスガワラ、異世界ってどんな感じなの? どうせ暇でしょ? 教えて教えて」
そんな事を言いながら、引っ付いてくるのだ。
なるほどどうして、コレはイザベラさん以上の童貞キラーかもしれない。
見た目だけではない、平然とボディタッチをしてくるのだ。
コレは流石に、思春期だったら勘違いしちゃうって。
「はぁぁ……すみません、スガワラさん。彼女は基本魔王様の前ではキチッとしているのですが、他の面々の前ではこの調子で」
「だってー、魔王様にこのテンションで絡んだら殺されそうだし」
「当たり前です、本当に気を付けて下さいね?」
などと会話しつつ、腰を下ろしてみれば。
両サイドに美女という地獄が発生した。
おいコレ、結構きつくないか?
とか状況に対して焦ってばかりいたが、彼女達の言葉を聞いて違和感を覚えた。
「いやいや、魔王様はそれくらいでブチギレる人じゃないでしょうに。何言っても笑ってるし、俺酒の席に誘われたけど」
ポツリと呟いてみれば、両サイドからもの凄く疑わしい瞳を向けられたしまった。
「いや、何言ってるんですか? 魔王様、仕事が終わった後に残っているだけで睨んで来ますよ? それなのに労働時間外であの人から呼ばれたんですか?」
「それは単純に、残業するなと圧を掛けて来ているのでは?」
イザベラさんの場合は、非常にイメージできる。
この人だったら、魔王様の仕事が終わるまで待っていそうだしな。
そういうのが嫌だから、さっさと休めと睨みを効かせたんじゃないか?
「いやぁ……私には無理だわ。魔王様とサシで飲みとか。スガワラって、結構大物?」
「何を言ってますか。魔王様って結構気安い上に、こっちの趣味を理解してくれますよ? 俺の行動方針とか目指す先まで理解を示してくれましたし。何より今度の飲みでは、またソレを聞かせろって言ってました」
若干引き気味なメルナリアにそう言ってみれば、彼女は身を引いてハァァと大きなため息をついた。
「そこまで引かれると、流石に傷付きます。メルナリア」
「私の事、メルって呼んで良いよ。メルナリアって、呼び辛いでしょ? 今まで関わった人に、散々覚え辛いって言われたし」
「えぇと? メル、さん?」
「メルで、敬語も無し」
「お、おう。んじゃ、メル」
何か凄く疲れた顔を浮かべている彼女から、愛称で呼ぶ事を許可して頂いた。
や、ヤッタゼ?
ギャルと仲良くなった?
「イザベラも大変だね……こんなのの教育係とか、ヒヤヒヤするよ」
「理解してもらえましたか、メルナリア。しかし、今回は貴女も一枚嚙んでますからね。覚悟して下さい」
「うひぃぃ」
よく分らないけど、とりあえず二人は結構仲が良さそうだ。
であれば、この仕事も上手く行くはず。
俺さえミスしなければ。
何はともあれ、順風満帆な空気を感じながらウンウンと頷くのであった。
やっぱり職場は皆、仲良い方が良いよね。
※※※
その後しばらく、俺達はダンジョンの前で野営生活を余儀なくされた。
イザベラさんの魔法により、夜の番とかはする必要は無かったが。
簡単に言うと、女性二人に囲まれる生活と言うのが結構地獄だった。
天国の間違いだろとか言われそうだが、地獄だったのだ。
邪な思考を振り払う為に筋トレに勤しんでみれば。
「おぉ~スガワラ頑張ってるねぇ。ホレホレ、重し追加ぁ~」
とか言いながら、腕立てしている俺の上にメルは乗って来るし。
「スガワラさん……その、今夜とか……良いですか? 私、そろそろ……」
やけに意味深に聞こえる発言をしながら、イザベラさんが腕に噛みついて来たりと。
それはもう、生き地獄の様な生活をしていた訳だが。
全体の雰囲気としては、物凄く良いと言う他無い。
「上手に焼けましたぁぉ!」
「おぉぉ! デカ肉の丸焼き! スガワラやっぱり火の扱い上手いねぇ!」
「はぁ……メルナリアが二人になった気分です。スガワラさん、此方にもう少し火を貰えますか? こっちの料理も、もうすぐ出来ますから」
俺が騒げば、メルがノッて来る。
そしてイザベラさんがため息を溢しながらも、俺達の補助をしてくれる様な生活。
そんでもって、皆喋る喋る。
まるで学生に戻り、皆でキャンプでもしている様な気分。
「私はメデューサだからさぁ、やっぱり気持ち悪がられるって言うか。怖がられちゃってさー」
「目を見ると石になる、とか俺の世界では言われたけど。実際どうなの?」
「いいよぉ? 見てみる? ホレホレ、私の目を見てぇー?」
「じー」
「じー」
「二人共、料理中にふざけないで下さい」
こんな感じで、普通に数日は過ごした。
ちなみにメルナリア。
メデューサと言えば髪の毛が蛇! とか。
目を合わせたら石になってしまう! みたいな。
そういうのは無いらしく。
普通に首元から二匹ほど蛇が生えていた。
いやこの時点でおかしいのだが、長い髪の毛に隠れる様にして二匹の蛇が出て来たのだ。
ソイツ等の瞳を見ても石になる事は無かったし、触っても普通の蛇。
ガブガブされても毒に犯される事も無かったので、安心安全なギャルという感じになってしまった。
え、じゃぁメデューサって何? という扱いにはなってしまうが。
実戦になったら見せてあげるとだけ言われ、今では彼女の首元から生える蛇に餌をやる程にまで仲良くなった。
蛇って、意外と可愛いんだね。
なんて事を思いながら、本日も彼女の蛇に肉を分け与えていれば。
「お客様みたいですよ」
イザベラさんが、杖を構えて立ち上がった。
来たか、やっと来たか。
今回の仕事の戦闘相手。
俺達を突破してダンジョンに潜ろうとする刺客。
思わずニッと口元を吊り上げ、拳を構えて先頭に立ってみれば。
「えぇと……多分、地図ではこの辺なんだけど……」
「まさか、迷ったとかいうなよ? お前の取柄は、これくらいなんだからな」
「さっきから良い匂いする、人が居る筈」
「アマミヤ様ぁ……私ちょっと疲れて来ました」
各々声を上げながら、四人組のパーティが森の中から姿を現した。
そして、全員が俺達に視線を向けてから。
「……」
「……」
しばらく、空気が凍ったのではないかという程の沈黙が訪れた。
正直、此方としては“またか”と言える状況だろう。
そして相手もまた、同様の感想を浮かべたのだろう。
剣士の子は思い切り顔を顰めているし、術師の少女は頬を引きつらせた。
回復術師に関しては……やけに怯えている様だが。
更に、問題となる“勇者”に関して言えば。
「菅原さぁぁぁん! 会いたかったです! 探したんですよ!?」
彼だけは、とても嬉しそうに俺に飛びついてくるのであった。
うん、なんていうか。
相変らず苦労しているみたいだ。
※※※
前回私が相手した三人が、皆揃って此方に鋭い視線を向けて来た。
「クソッ! 最悪だ、コイツ等が居るなんて聞いてないぞ!?」
「今回はもう一人多い、もっと最悪」
「待って待って待って!? あの魔族一人でも厳しいって話でしたよね!? 無理でしょ! 勝てないですよこんなの!」
勇者一行のお供、少女三人組が叫び声を上げながら警戒する中。
リーダーである筈の勇者は、未だスガワラさんに引っ付いている。
「聞いて下さいよ菅原さん! アレから変身出来なくなっちゃってぇぇぇ! しかも皆ソレを責めて来るんですよ! 女子怖い! もう怖い! 俺菅原さんと一緒に行きます! お願いですから連れてってくださぁい!」
ピーピーと泣き叫ぶ少年に対し、ウチの幹部の一人であるスガワラさんが非常に困った顔を浮かべていた。
「落ち着け雨宮君、女子ってのは固まるものだ。でもホラ、もしかしたらワンチャンって考えた事くらいあるだろう? 俺からそっち系であんまりアドバイス出来る事は無いけど、その……なんだ。今後もしかしたら変わるかもしれない。だから、な? 頑張ってみよう!」
物凄く下手な言葉で、勇者を慰めている魔王軍幹部。
なんだろう、コレ。
ソレを見て、メルナリアは腹を抱えて笑っているし。
ホントこれ、どうしよう。
「ぶはははっ! え? もしかしてスガワラが喧嘩売った勇者ってコレ!? ウケる! 滅茶苦茶懐かれてるじゃん! 良いよ勇者、ウチに来いウチに! 魔王軍に寝返る勇者の誕生だよ!」
何が楽しいのか、ゲラゲラ笑う彼女にため息を溢してから。
相手の女の子達に向かって杖を向けた。
「お久し振りです。前回のダンジョンも攻略できなかったのに、こちらのダンジョンにも足を運ぶとは」
以前このパーティと戦闘した後、あのダンジョンが攻略されたという報告は入っていない。
と言う事は、そちらは諦めて別のダンジョンを潰そうと考えているのかもしれないが……今はちょっとタイミングが良くない。
調整中のダンジョンは、非常に防御が脆いのだ。
簡単に言うと、ここを守護する筈の魔物達が少ない。
最低限の数だけを残し、地を休ませた後、再び魔物達を召喚する。
この工程が終わった後なら万全とも言える状況が作れるので、攻略出来るモノならやってみろという事態になるのだが。
「おいアマミヤ! いつまでそっちに居るつもりだ! 撤退するぞ!」
剣士の少女が私の事を警戒しながらも、ジリジリと下がっていく。
それで良い。
相手にはこのダンジョンが調整中だという事実は知られていない筈。
だからこそ、幹部と遭遇したという報告でも持ち帰って貰えばその分時間が稼げる。
此方の仕事は終わり、その後は万全の状態のダンジョンが生れる。
そうなってくれるのが一番簡単で、戦う必要も無い選択肢となる訳だが……問題が一つ。
勇者が、全然帰ろうとしないのだ。
「変身出来なくなったって、何でだ? アレは君の力なんだろう? 雨宮君が貰ったチート能力的なヤツじゃないのか?」
「そうなんですけど……他の勇者みたいに上手く使えないんですよ。変身できたのは、前回菅原さんと勝負した時だけです……」
なんかもう、状況そっちのけで会議を始めてしまっているじゃないか。
スガワラさん、お願いですから勇者を野に放ってください。
ここで話が長くなると、多分この三人も帰ってくれないので。
「この勇者もスガワラみたいに変身すんの? へぇー見てみたいけど、今は無理なんだぁ……あれじゃない? スガワラがお手本見せれば、また出来るんじゃない?」
メルナリアまで、変な事を言い出してしまった。
本当にこの二人は……興味を持った事と、自分の好きな事を始めると周りが見えなくなるんだから。
「二人共、それは勇者です。私達の敵です。なので、相談とか乗ってあげる必要はありません。ほら、パーティの皆様に返してあげて下さい」
ため息を溢しながら促してみたのだが、涙目の勇者が此方に向かってブンブンと首を横に振り始めた。
あぁ、もう何か面倒くさい。
本当に魔王城に連れ帰って、仲間にしちゃった方が早いかも。
スガワラさんに懐いているし、密偵を出来そうな性格もして無さそうだし。
とか思ってしまうが、流石に駄目だよね。
「悪いが、ソイツを返してもらう。そんなのでも、国から認められた勇者なんでな」
「勇者を取られた、とか報告したら。多分、クビ。下手すると物理的に首が飛ぶ」
「最悪じゃないですかソレ! アマミヤ様ぁー!? 私達の為にも帰って来て下さーい!」
なんというか、前も思ったけど……この三人、本当に良い性格をしている。
戦力にならない勇者を任されて、普段からストレスが溜まっているというのもあるのかもしれないが。
一応仲間でしょうに、パーティを組んでいるんでしょうに。
見事に保身しか考えていない御様子だ。
まぁ何かしら事情があるのかもしれないが、敵である私達には関係ない訳で。
「申し訳ありませんが、面倒なので勇者は置いて行ってもらいましょうか。本人も帰りたくない様ですし、スガワラさんも変身仲間が増えて喜ぶでしょうし。彼には魔王軍に所属して頂き――」
適当に吹っ掛けて、無理矢理にでも引き取って頂こうとしたその瞬間。
「イザベラさん! それは駄目だ!」
……何故か、スガワラさんから大声が上がってしまった。
いや何で? 貴方もその勇者と仲良さそうじゃないですか。
なんて事を思いながら、ジトッとした眼差しを向けてみれば。
「雨宮君までこっちに来てしまったら……変身ヒーロー同士で戦えないじゃないですか!」
「……えぇと。あれですか、またロマンがどうとかって奴ですか」
もう良いじゃないか、仲間に入れて毎日模擬戦でもすれば良いじゃないですか。
そんな風に思ってしまうが、彼は何やら熱く語り始め、勇者はポカンとしたまま呆けている。
ソレを聞きながらメルナリアが腹を抱えて笑っているという、地獄の様な光景が広がってしまった。
あぁ、このチーム……絶望的なまでに協調性がない。
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