第10話 新たなお仕事


「ふむ、アレだね。魔族の皆はトイレマナーも良いんだね」


 掃除を始めてから数日。

 毎日何十カ所もトイレを巡っていて気付いたのはソコだ。

 あんまり汚れていない。

 “向こう側”で言うのであれば会社のトイレは勿論、飲食店やコンビニ。

 色々な所を見させてもらった訳だが。

 ここまでちゃんと綺麗に使っているのは、ほとんど見ない。

 もしかして俺が来る前に誰か掃除した? とか思ってしまう程に。

 とか何とか考えつつ、ブラシで便器をゴシゴシしていれば。


「おっ、今日もやってるな? どうだスガワラ、魔王城には慣れて来たか?」


 男子トイレの掃除が終わった所で、幹部のカッパラァ先輩が声を掛けて来た。

 背中に大きな甲羅を持つ、最初に試験として俺と勝負してくれた人。

 当時はでっけぇ人だなぁ……と驚いた記憶があるが、今では完全に気の良い先輩って感じだ。

 度々俺の事を気にして、こうして声を掛けに来てくれる。

 背中に甲羅が付いている以外は、普通のナイスダンディだし。


「カッパラァ先輩、お疲れ様です。今日も兵士の稽古ですか?」


「おう、まぁ俺に出来るのなんてそれくらいだしな。しっかしアレだ、お前は人気者だな。兵士達もスガワラは今日も来ないのか、怪我でもしたのかってずっと騒いでるぞ」


 “こちら側”に来て、戦闘行動を認められた後。

 俺は彼等の訓練に混じって稽古してもらっていたのだ。

 だからこそ顔馴染みも多くなったし、結構仲良くなれたという自覚はあったのだが。

 まさかそこまで心配されていたとは。


「すみません、御心配をお掛けして。トイレ掃除一週間が終わったら、また参加しますので」


「アイツ等にも伝えておくよ。まぁ、大変だろうが頑張ってくれ」


 それだけ言って、カッパラァ先輩はノッシノッシと歩いて行ってしまった。

 いやぁうん、魔王軍馴染みやすいわぁ。

 他の幹部の人達とは、あまり交流出来ていないのが残念で仕方ない。

 確か七人くらい居たよな? イザベラさんを含めると八人になるけど。

 彼女は幹部って事で良いのだろうか? もしくは魔王秘書的な?

 よく分らないけど、後六人とも仲良くなりたい。

 などと思いつつ、隣の女子トイレに掃除用具を持ったまま入ろうとした瞬間。


「あ、スガワラだ。トイレ掃除、もうちょっと掛かる?」


 おや、これは珍しい人と会った。

 魔王幹部の一人、メデューサのメルナリアさん。

 ちょっと口が悪いらしいが、良い子ですよってイザベラさんからは説明されているが。


「どうも、メルナリア先輩。トイレ使う様であればどうぞ? これから掃除始めるんで、ちょっと掛かっちゃいますから」


「そう? それじゃお言葉に甘えて」


 それだけ言って、軽い足取りのままトイレに入っていく先輩幹部。

 と言う訳で、しばらく女子トイレ前で待機していれば。


「お待たせ~、いっぱい出た」


「そう言う事は言わなくて大丈夫です」


 俺からしたら非常に若いというか、何かもうギャルじゃんって雰囲気のメルナリアさん。

 そして少々お調子者なのか、返答に困る発言をしてくるタイプみたいだ。


「ねぇスガワラ、アンタ調査任務で勇者に喧嘩売ったって本当?」


「まぁ、はい。そうですね。喧嘩を売ったと言うか、ロマンを求めた結果ですけど」


 あまり魔王様が大々的に俺の失敗を公表していないのか、幹部の人達にも確信ではなく噂程度に広がっているらしい。

 そしてその問いにお答えしてみれば、彼女はニィィと口元を吊り上げて嬉しそうに微笑んでから。


「やるじゃんスガワラ! 人族だからってちょっと馬鹿にしてたけど、見直したよ! 私そういう勢いある奴好き!」


「はぁ……えぇと? どうも」


 何やら嬉しそうにバシバシ背中を叩いてくるギャル、ではなくメルナリア先輩。

 男としてはちょっと嬉しくなってしまう発言ではあるのだが、これはどう捉えたら良いのだろう。


「今度の仕事は私と一緒っぽいから、よろしくね~」


「あ、そうなんですか? よろしくお願いします、メルナリア先輩」


「そういう固いの良いって、普通に呼び捨てタメ口で良いし。お堅く喋るのは魔王様の前だけでじゅーぶん」


 いや、軽いなホント。

 今まで見て来た記憶と、イザベラさんの話の印象だともっとこう冷たい感じかと思っていたのに。

 気に入ったらドンドン距離を詰めて来るタイプなんだろうか?


「あ、そうだ。今度暇があったら、仕事に出る前に打ち合わせとかしようよ。んで、もう一回……あの、“変身!”ってヤツ見たい!」


「いくらでもお見せしましょう!」


「ぶははっ! 急にテンション高いし。んじゃまたねぇ~」


 と言う事で、ヒラヒラと手を振りながら去って行くメルナリア先輩。

 あ、いや先輩呼びとかいらないって言われたんだっけ。

 いやはや、彼女もまた絡みやすそうで良かった。

 こっちに来てから、というかイフリートと契約を交わしてから。

 ずっと戦闘訓練ばかりやっていたが、トイレ掃除も悪く無いな。

 こうして普段喋る事の無い人と関りが持てるのだから。


「っと、いけね。早く掃除しないと日が暮れちまう」


 そんなこんなしながらも、トイレ掃除の罰則の日々は着実に過ぎていくのであった。


 ※※※


「呼び出した理由は他でもない。二件目の仕事だ、スガワラ」


「ハッ!」


 魔王様の呼び出しを貰い、玉座の間で頭を下げていれば。

 相手は物凄く大きな溜息を溢してから。


「すまん、今回の仕事は……その、大変かもしれない」


「全く問題ありません! 何なりとお申し付けください!」


 衣食住職を保証してもらっている上に、原点に戻れば俺を復活させてくれた人なのだ。

 そんでもって、物凄く心配性な上司。

 であれば、仕事をする身としては可能な限り希望には答えたいというモノ。

 なのだが。


「今回は防衛というか、アレだ。とあるダンジョンをしばらくの期間守って欲しい。調整が必要な場所が出来てしまってな、それが終わるまで中に人を入れない事がお前の仕事だ」


「了解しましたぁ! けど、ダンジョンって魔王様が管理してたんですか?」


「ん? あぁ、まだそちらの授業は受けていないのか。いいか? スガワラ。ダンジョンとは、簡単に言うと転移先の座標を示しているに過ぎないんだ。私が全て管理している訳ではないにしろ、私が所有しているダンジョンというのも、いくつかある」


 と言う事で、本日は魔王様から授業を受けてしまった。

 何でもダンジョンの奥底には巨大な魔法陣が描かれており、それを頼りに魔族は転移を行うらしい。

 つまり、ポインターの役割りしかない。

 だがしかしゲームなんかと同様、ダンジョンには魔物がワンサカ居るとの事。

 ソレは何故か、当然その魔法陣を守っている事に他ならない。

 つまり敵に転移先を潰される、または占拠されない為にモンスターを大量に生み出す場所になっている訳だ。

 下手にダンジョンを攻略され、転移陣を解析されたりすると。

 相手がそのダンジョンからお城に向かって、一気に侵攻してくる可能性もあるのだと言う。

 わぉ、怖い。

 そんでもって、そういう魔物の種類というか。

 区別する単語も教えて頂いた。

 まず魔獣、これは言葉の通り魔力を持った獣。

 こちらは完全に害獣の様で、人間にとっても魔族にとっても、そして自然界の生き物に対しても脅威になるらしく。

 城の外で見つけたら殺せという指示を受けた。

 勝てそうに無かったら絶対に手を出すなとも命令されてしまったが。

 次に魔物。

 非常に簡単、魔族が管理できている獣やモンスター。

 見分け方はダンジョン内に存在している個体、以上。

 それらはダンジョンを守る為だけに作られた、または召喚された存在であり、完全に支配下に置かれているのだとか。

 最後に魔族。

 魔王様とか他の幹部達の様に、普通に人型をしていたり。

 逆にモンスターに近い形をしている者達も居る。

 ではどう区別するのかと言われれば、知性があるかどうか。

 もっと簡単に言うと、言葉が通じるかどうか。

 どうやらこの世界では独特な言語と言うモノはあっても、大抵は通訳の様な魔法を使えば意思疎通が可能なんだとか。

 すっげぇ便利、多分俺の言葉が通じているのもこの影響なのだろう。

 と言う訳で、区分としてはその程度らしく。

 魔族と言うのはかなり広い括りでまとめられているみたいだ。

 それらを管理し、適切な仕事を与えるのが魔王様のお仕事と言う訳だ。


「魔王様……実は滅茶苦茶大変なんですね」


「ハハッ、ずっと玉座でふんぞり返っているだけだとでも思ったか?」


「いえ、そうじゃないですけど……王様の仕事って想像出来なかったので」


 そう言って再び頭を下げてみれば、彼は楽しそうに笑ってから。


「だったら、たまには労いに来てくれても良いんだぞ? 私もお前の語るトクサツというモノに興味がある。今度仕事が終わった後にでも、酒でも飲みながらゆっくり聞いてみたいモノだ」


「あっ! そう言う事ならイフリートが精神干渉出来るみたいなんで、映像も見せられますよ!」


 と言う事で、魔王様と飲みの約束をしてしまった。

 普通は上司と飲みの約束とか、憂鬱に感じてしまうかもしれないが。

 でも俺は、色んな人と仲良くなりたいのだ。


「あぁそれから……先程今回の仕事が大変だと言った理由だがな。この仕事は、メルナリアと一緒に当たって貰う。彼女はその……なんだ、非常に仲間を疲れさせる性格をしていてな。優秀ではあるのだが、仲間からは“コイツと一緒だとうるさくて眠れない”という苦情が入るくらいだ。私の前だと少々口が悪い程度で、非常に大人しいんだが……」


「あ、そっちは大丈夫です」


「と、言うと?」


「メルナリアとは、最近よく話しているので。大体性格も分かって来ました。欲望に一直線って感じですよね、あの子」


 トイレ掃除途中で出会ってから、彼女はわりと俺に付きまとった。

 暇なんだろうか? とか思ってしまう程に。

 でもまぁ、悪い子じゃないって事はよく分かった。

 とにかくお喋りが好きで、興味を持ったら満足するまでくっ付いてくる感じではあるが。


「ま、まぁお前が大丈夫そうなら良いが。今回もイザベラを付ける、どうにか三人でダンジョンが落ち着くまで防衛してくれ。その期間が終われば、すぐに帰って来い。基本的に調整後のダンジョンは、勇者であろうが攻略出来る難易度じゃないからな」


 なるほど、メンテすれば滅茶苦茶地獄の様な難易度になるのか。

 この世界のダンジョンは、お宝を求めて侵入する場所ではないらしい。


「とにかく、了解しました! 俺はダンジョンの調整が終わるまで、蟻一匹通さなければ良いんですね!」


「蟻くらいは別に良いが。まぁ無理をしない程度に見張ってくれ、間違っても怪我をするなよ?」


 と言う事で、異世界二度目のお仕事が開始されるのであった。

 前回は失敗? してしまったが、今回はちゃんとお仕事して何事もなく帰って来よう。

 そうすれば、魔王様に怒られる事もトイレ掃除をする事も無いだろう。


「ちなみに魔王様、特撮の話をするのはいつ頃が良いんでしょうか?」


「仕事が終わった後で構わん。だからこそ、ちゃんと帰って来い。良いな?」


 若干死亡フラグにも聞こえない事はないが、まぁ良しとしよう。

 そんな訳で、俺は玉座の間を後にする。

 今回は、防衛。

 防衛と聞くとカッパラァ先輩を連れて行った方が良いのでは? とか思ってしまうが。

 魔王様が認めるくらいにメルナリアも優秀みたいだし。

 普段話している感じは、テンション高すぎるギャルって感じたけど。

 まぁ、イザベラさんが居るのならどうとでもなるだろう。


「うっし! やるかぁ! 今回も雨宮君来たりしないかなぁ……あぁ、楽しみだなぁ!」


 いつ以来だろう、こんなにもお仕事が楽しく感じたのは。

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