第8話 帰る時間ですよ


「アイツ等はいったい……何をしているんだ?」


「不明。だけど、鎧は変化してる」


「ねぇアレ幹部ですよね!? しかも二人も居ますけど! コレって勝てる状況なんですか!?」


 私が相手を申し出た御三方、勇者パーティの仲間達。

 何と言うかこう、非常に姦しいという言葉が合うのだろう。

 スガワラさんの性格なら、確かにこの三人を相手するのは些かやり辛いだろう……とか思ったけど、さっき剣士の子を思い切り放り投げてたよね。

 もしかしてあんまり男女とかそういうの気にしないタイプなんだろうか?

 いやでも、魔王城でも女性の魔族には基本紳士的な態度を取っているし。

 先程も攻撃したというより、邪魔だから退かしたという印象もある。

 未だに、魔王様が召喚した彼の事がよく理解出来ない。

 しかしながら思考回路というか、何を求めているのかだけは非常に分かりやすい。

 だって。


「よぉし! 両足も変化したな! 胴体、胴体はどうやったら変化するんだ!?」


「わ、わかりません! こういうのって、手足が変わったら自動で変化するモノなんじゃないんですか!?」


「よし、試そう! ボディープレスだ! もしくは胴体でタックルをかませ!」


 勇者と一緒に、楽しそうにしておられた。

 あの人多分、戦闘そのものを楽しもうとしている。

 殺し合いという意味ではなく、試合として。

 もっと言うのなら、強い相手と相対する程興奮するタイプだ。

 確かに幹部達と試合している時も、凄く楽しそうに戦っていたし。

 これはちょっと、厄介な……魔王様に何て報告すれば良いんだろう?

 戦闘狂だけど、死者を出したい訳じゃないっぽい人物。

 イフリートと契約を交わしており、力量は既に育った勇者に近い実力を持っている事だろう。

 だが、それを使わない。

 もしくは使えない、の方が正しいのかもしれないが。

 だとしても、彼の性格が災いして非常に扱い辛い存在となっているのは確かだ。

 多分嬉々として殺人を行う人物であった場合、魔王様もそこまで興味を示さなかっただろうけど。

 あぁもう、死と言うモノが身近にあるのに。

 誰も彼も面倒くさい性格をし過ぎなのだ。

 中間管理職の立場も考えて欲しい。

 なんて、遊んでいる男児(笑)二人を見ながら大きな溜息を溢していれば。


「戦闘中に余所見をして考え事とは、随分余裕だな」


 剣士の少女が、いつの間にか接近して来ていた。

 おや、随分と速い。

 彼女の振るった刃が此方の首に迫って来るが……。


「まぁ、実際余裕ですしね。貴女達、勇者パーティでも弱い方ですよね? 警戒して損をした気分です」


 私の張った魔術防壁により、簡単に相手の刃は止まってしまった。

 弱い、凄く。

 それこそ、このパーティなら全員を殺すのに一分も掛からないだろう。

 しかし、コイツ等を殺せば新たな勇者がこの地に訪れる。

 この面々よりも、間違いなく強者が。

 そしてなにより、私は魔王様から勇者パーティを殺して良いという許可を貰っていない。

 あの人は、例え人族であっても可能な限り殺す事を良しとしない。

 だからこそ、スガワラさんとは馬が合ったのだろう。

 その証拠に、彼と話す時だけは非常に楽しそうに笑うのだ。

 もちろんこの地に無許可で召喚してしまった償いもあるのだろうが、それ以上に。

 スガワラさんは、魔王様のお気に入りになってしまったのだから。


「言っておきますけど、私は彼程優しくはありません。無駄な攻撃を続ける様なら、怪我をするつもりで掛かって来なさい」


 魔術を使って剣士の女の子を弾き飛ばし、スッと目を細めてから相手三人を睨んでみれば。


「ヤバイ、相手……かなり出来る術師。私の魔力じゃ全然敵わない」


「ちょっとミリィ! 貴女の魔法で敵わないなら、どうやって勝つんですか!? 何とかって言う凄い魔法学校の首席なんですよね!? ドーン! っていつも通り吹っ飛ばして下さいよ!?」


「簡単に言うな、ラウナ。私も今の一撃で確信した、我々ではコイツに勝てない」


「レイテルまで!? 勘弁して下さい! 無事に帰らないと、報酬だって貰えないんですよ!?」


 何やらギャーギャーと少女達が騒ぎ始め、思わずため息が零れてしまった。

 現代の勇者一行。

 それは、彼女達の様な遊び感覚の者達ばかりなのだろう。

 特殊なスキルが与えられる勇者、それに同行すれば美味しい思いが出来る。

 それの程度の認識で、彼女達は私達の領地に攻め込んで来た。

 あぁ……本当に、馬鹿みたいだ。

 平和ボケとも取れる状態の相手に対し、我々魔族はこうして未だに抵抗を続けている。

 下らない。

 この世界も、この常識も。

 こんな奴等に振り回され、我々魔族は――


「うおぉぉぉ!」


 暗い思考に陥り掛けていたその時、背後からは元気の良い大声が聞えて来た。

 一瞬ビクッとしてしまったが、まぁ先程からの続きだろう。

 これまたため息を溢してから振り返ってみると、そこには。


「……はい?」


 拳に魔力を乗せながら、男性二人が思い切り殴り合っていた。

 でも乗せている魔力が、ちょっと普通では無いのだ。

 それこそ、生身で魔術防壁なんかを使わなければ穴が開いてしまう程の威力。

 これほどの魔力を込めているのに、視界で確認するまで気付けなかった?

 つまり、普通の魔法とは違い周囲に放出する魔力が極めて少ない事を意味する。

 かなり卓越した、魔法使いの前衛とも言える戦い方。

 それを、“二人が”行っているのだ。

 こんなの、異常だ。


「今のパンチは良かったぞ! 雨宮君! もっと来い! もっともっと見せてくれ!」


「はい! 菅原さん! 一発殴ったんで、そちらもどうぞ! 次はもっと力入れますからね!」


 だと言うのに、彼等は交代で攻撃しながら実力を確かめ合っている。

 片方は輝きを残す光を纏った拳を、もう片方は爆炎を纏った拳を相手に向かって叩き込んでいる。

 それなのに、両者共ピンピンしているのだ。

 いや、おかしいでしょ。

 あんなのを食らい続けたら普通死ぬよ、下手したら跡形も残らず死ぬよ。

 だと言うのに、彼等は。

 光線を浴びようが、全身を炎に包まれようが。

 とにかく殴り合っていた。

 なんだアレ、キモチワル。


「おぉぉぉ! ついに全身の装備が切り替わったぞ! 変身直後に、そのフォームになれるか試そうぜ!」


「一回変身解除してみますか!」


 二人揃って鎧を消し去り、再びポージングをしてから。


「「変身!」」


 輝かしい光と、とんでもない熱量の炎に包まれた二人が。

 先程同様の姿で登場する。


「おぉ! さっきと同じだ! 攻撃フォームとして登録されたんじゃないか!?」


「ありがとうございます! これも菅原さんのお陰です!」


 うん、馬鹿。

 相手を本格的に強化してしまった様だ。

 だがしかし、まだ我々には及ばない力量と見た。

 一人で相手をしろと言われたら……かなり安全策を講じる必要はあるだろうが。

 流石にあのパンチをこの身で受けたくはない。

 と言う事で。


「スガワラさん、帰りますよ」


 声を掛けてみると、赤い方の鎧は瞬時に此方を向いてから。


「そ、そんなぁ……」


 非常に悲しそうな声を上げて来るのであった。

 この人は……本当に。

 話しているだけで緊張感が無くなって行く様だ。

 なんかこう、変な事を言ったりやったりしても、ため息一つで終わらせてしまいたくなるような。

 ついでに言うといつの間にか白く染まった鎧の相手も、彼と同じ様な雰囲気ではあるのだが。

 本当に止めて、厄介なのが二人になった気分。


「今回の任務は偵察です。それから……そちらの方々。このダンジョンは、魔王様から攻略されても問題ないとの言葉を頂いております。挑みたいのでしたら、どうぞ? 命の保証はしませんが」


 それだけ言ってからスガワラさんに近付き、彼の肩に触れると。


「あっつ!?」


「あ、すみません。変身時にも炎連発しているので……今解除しますね」


 肩に触れた瞬間、ジュッって言った。

 いやいや待って? こんなクソ熱い鎧を常に纏っているの?

 この人の身体どうなってるの?

 中身には影響ないとか、そういう感じ?

 そんな訳で鎧を解除したスガワラさんの肩に、ヒリヒリする指を置いてから。


「言っておきますけど、今回は見逃してあげるだけですから。次に会った時は、殺される覚悟を持って挑んで来なさい」


 そもそも今回がイレギュラーみたいな状況だったけどね。

 スガワラさんが飛び出したから、致し方なく戦闘しただけですけどね。

 などと考えつつ、彼にジトッとした眼差しを向けてみた結果。


「フフフ……フハハハハッ! 勇者雨宮! 次に会う時を楽しみにしているぞ! 今度はもう少し、俺を楽しませてくれ」


 お前は何なんだと言いたくなるような言葉を放ちながら、彼は腕を組んでふんぞり返っていた。

 まぁ、いいか。

 この人の好みに合わせていたら、時間がいくらあっても足りない。

 だからこそ、転移魔法を発動しようと杖を振り上げてみれば。


「菅原さん! 連絡先教えてくれるっていう約束は!?」


「あぁ、そうだった! えぇと、えぇと……やばい、この世界じゃスマホも無いしな。イザベラさん! どうにかなりませんか!?」


 困った異世界人は、私より困った顔でそんな事を言い放つのであった。

 いや、あのね。

 敵対している勇者と連絡手段繋げてどうするの。

 まだあの勇者を強化するつもりですか?


「駄目です、それは承認出来ません。ちゃんと言う事を聞いて、貴方だけで対処出来ると確信を持ったその時には……魔王様に交渉してみます」


「だ、そうだ! 強くなれ雨宮君! 連絡手段とか無いから、また直接会いに来るよ!」


「はいっ! 待ってます! 俺、これまで以上に努力して強くなりますから! 待ってますよ! 菅原さん!」


 何だか通じ合う二人を引き裂く様な感覚のまま、転移魔法を使用した。

 不思議ですよね、何故私がちょっと罪悪感を覚えないといけないのでしょうか。

 アレ、敵。

 こういう展開、普通ない。

 だというのに、この人と来たら。


「ホラ、着きましたよ。魔王様に“ただいま”を言って来て下さい」


「了解しました! すぐ報告してきます!」


 さっきまで凄く名残惜しいと言わんばかりの顔をしていたくせに。

 転移が終わり、戻って来た瞬間忠犬の様にお城に向かって走り始めてしまった。

 あぁ……本当にもう。


「彼にとっての“異世界”、全力で楽しんでますねぇ……」


 これまた大きな溜息を溢しながら、私も魔王様の元へと向かうのであった。

 もう知らない、全部報告してやるんだから。

 存分に怒られて、今回の行動を悔い改めると良いよ。

 そんな事を思いつつ、呆れた笑いを浮かべてしまうのであった。

 私も、彼みたいにやりたい事だけをやっていれば。

 もう少し楽しく毎日が過ごせるのだろうか?

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