第7話 初期フォーム


 変身、した。

 間違い無い、変身したのだ。

 光が収まってみれば、そこに居た彼は。


「おぉ、おぉぉぉ!」


 思わず、拳を握り締めた。

 さっきまでと全然違う、彼の姿が完全に変わっているのだ。

 それこそ、“ヒーロー”みたいな鎧姿に。


「よくやった! それでこそ勇者であり、主人公ぶおぁほっ!?」


「何で相手を強化してるんですか!? しかもなんで嬉しそうなんですか!? 本当に何やってるんですかスガワラさん!」


 イザベラさんのマジカルロッドフルスイングが、後頭部に直撃するのであった。

 でもホラ! 勇者アレだったし! 自信無さそうだったし!

 俺は相手から見たら悪役幹部で、そんなのが登場した状態で初変身ってかなり熱くないですか!?

 と、言おうとしたのだけれども。

 イザベラさんの連続スイングが止まる事は無かった。


「戦闘は避けろと言われたでしょうが! 今回は偵察! それから貴方の社会勉強! 私は! 貴方が! 反省するまで! 殴るのを止めませんからね!」


「反省しました! しましたから! ボコボコ殴らないで下さい!」


「全然効いてないじゃないですか! どうなってるんですかその鎧!」


 ひたすら仲間からボコられてしまったが、ソレに耐えながら改めて立ち上がり相手の事を見つめる。

 そこには……なんと素晴らしい。

 とてもプレーンな状態のヒーローが居るではないか。

 頭と各所だけは鎧を装備しているのに、特徴が無い。

 というかほぼアクションスーツのみ。

 スーツアクターさんの肉体のヤバさが、一番よく分かる状態と言えるだろう。

 そんな、とても素晴らしい初期フォームが生れていた。


「イザベラさん! 鏡、鏡! 手鏡でも何でも良いですから、ちょっと貸して下さい!」


「え? あぁ、はい……もう好きにして下さい」


 杖を振りかぶった状態の彼女が、戸惑いながらも……というか疲れた顔をしながら小さな手鏡をコチラに渡して来た。

 お化粧用とかかな、とても可愛らしい見た目をしているソレを受け取ってから。

 折り畳み式のソイツをパカッと開いて、彼の目の前へと持って行った。


「ハッピーバースデー! 君と言うヒーローが、今この瞬間に生まれたんだ! 見ろ! 誰がどう見ても初期フォームだ!」


 勇者に手鏡を向けてみれば、彼はワナワナと震えてから。

 自らの鎧を確かめるかのように、全身をペタペタ触り始めた。

 そうだ、それで良い。

 自身に装備されている鎧を信じられなくて、一度触って確かめる行為。

 実に、主人公らしい。

 まさに第一話だ。

 大体の主人公は、初変身後にコレをやるのだ。


「お、俺……コレ、変身……して……」


「そうだ! 君は変身した! 素晴らしい! これからその鎧がどう変わっていくのか楽しみ――」


 会話の途中で、相手方のパーティの一人。

 女性の剣士が斬りかかって来た為、回避行動を取らせて頂いた。

 俺一人だったら普通に食らっていたかもしれないが、イフリートが警告してくれた為事前回避。

 しかしながら……オイオイオイ、ちょっと無粋が過ぎるんじゃないか?

 ヒーローが初変身に感動する時間に、茶々を入れるもんじゃない。

 それは変身の途中で攻撃する様な、外道のする行いだぞ?


「なんだぁ? お前は。ちょっと邪魔しないで頂きたいんですけどもねぇ……」


 ハッハッハ、おじさんちょっとだけ不機嫌になっちゃったぞ?

 そんな気持ちを含めて、バキバキと拳を鳴らしてみれば。

 相手はニッと口元を歪めながら此方に切っ先を向けて来た。


「悪いんだけど、付き合っていられない。そもそも私等は、コイツにあんまり期待してないんだ。いざスキルが使えたと思ったら、こんな貧弱な鎧姿とは。むしろ今までの鎧の方が良かったんじゃないのか?」


 フンッと鼻で笑う彼女は、剣を構えながら真剣な眼差しをコチラに向けて来るが。


「笑うな」


「なに?」


「初期フォームを、笑うな! それは旅立ちの姿、完成系に至るまでの最初の出で立ち。ソレを笑う奴に、主人公の隣を歩く資格はない!」


 彼女に向かって、拳を突き出して構えてみれば。

 最大の理解者イフリートも、どうやら先程の発言にはカチンと来たのか。


『ダブルバースト……いやクワッド……』


「シングルで」


『チッ! シングルバースト!』


 舌打ちしながらも、拳の先から火球が発射された。

 何か出た! 初めての遠距離攻撃だ!

 などと思っている内に相手も警戒したのか、剣士の少女は回避行動を取りながら後退していくが。

 逆に此方の仲間を怒らせてしまったらしく。


「だぁかぁらぁ! 戦闘は!」


「緊急事態です! イザベラさんは下がっていて下さい!」


「貴方の頭が緊急事態ですよ!」


 物凄く怒られつつも、彼女を後ろに下がらせた。

 俺は人族って分類だ。

 だというのに、彼等を代表する勇者に歯向かう存在。

 つまり、悪役。

 主人公の前に立ちはだかる、壁となる存在な訳だ。

 だったら、今の内に主人公に覚えて頂かないと!


「さぁ来い主人公! 初期フォームのままじゃ俺は倒せないぞ!? 早くフォームチェンジを考えろ! 武器はどうした! 俺に勝てる武器を想像しろ!」


 吠えてみれば、正面からは魔法攻撃が飛んで来た。

 どうやら相手の術師が放った魔術らしく、あちらも火球を放って来た様だが。


『すまん、水を差した。あまりにも弱かったから……その、な? それにホラ、此方と同系統の魔法だと、どうしても。な?』


 此方に届く前に、シュンッと消えていく相手の炎。

 イフリートが作り出す炎に比べたら、マッチの灯りみたいなもんだった訳か。


「サンキューイフリート、助かったぜ。さっきの魔法でも、俺だけだったらどう対処したら良いのか分からん」


 クックックと笑いながら、余裕をぶっこいたポージングをしてみると。

 臨戦態勢のパーティメンバーとは違い、初期装備主人公が此方に熱い視線を向けてくる。


「相棒が、居るんですか?」


 とても興味津々の、キラッキラした視線が突き刺さる。

 なら、此方も答えてやらなければ嘘だろう。

 もしかしたら、彼の次なる変身に役立つのかもしれないのだから。

 上手く変身出来ないって言っていたし、お手本と言う名のサンプルはいくらあっても良いだろう。


「教えてやろう、少年……俺達は、二人で一人の」


『魔王軍幹部が一人……』


 急にフワッと身体が浮かび上がり、一瞬だけ焦ってしまったが。

 ソレでもどうにかポージングを保ちながら、宣言した。


「アンチヒーローだ!」


『ダークヒーローだ!』


 見事にズレたが、言葉にした瞬間周囲には炎がまき散らされる。

 台詞に関しては一人なんだか二人なんだか、良く分からなくなってしまったが。

 しかし流石イフリート、演出を分かっていらっしゃる。

 だがしかし、ちょっと火力が強すぎるな。

 炎の竜巻でも起きたかの様な威力、周囲には爆炎の影響と強い熱風が襲い掛かる。

 イザベラさんでさえ、伏せながら風圧に耐えていた程だ。

 今度から後ろでバーン! って爆発が起きる程度にと、後で説明しておかなければ。

 なんて事を思いながら元の位置に戻ってみれば。

 相手のパーティメンバーは完全に引いている御様子で、此方に向かってジトッとした眼差しを向けて来る。

 いいもんね! こういうのは男の子にだけ伝われば良いんだもん!

 脳内で言い訳しつつ、勇者へ視線を戻してみると。


「変身! 変身! うぉぉぉ新しいフォームゥゥ! 変身!」


 物凄く、必死で練習しておられた。

 でもソレで良い。

 漢はいつだって、変身を求めているのだ。


「もっと腹に力を入れろ! 気持ちを込めろ! こうだ……変・身!」


 ゴォォ! と再び炎をまき散らす俺を見て、彼は更に変身ポーズを吟味し始める。

 いいぞ、凄く良い! 変身ポーズは大事だ!

 なんて、分かりあえる二人で満足して居られれば良かったのだが。


「何度も言うが、付き合っていられないな。ふざけるのもいい加減にしてもらおうか」


「良く分からないけど、人族なのに魔族の仲間。つまり、敵」


 剣士と術師が、両サイドから勢いよく接近して来ていた。

 ほほぉ、これはまた。

 特に“魔術師”ってヤツの認識を改めないといけないかもな。

 この世界の魔法使いは近接戦も出来るのか。


「スガワラさん!」


 背後から、イザベラさんの声が聞こえた。

 これまでに聞いた事も無い、本当に心配そうな叫び。

 だがしかし。


「遅い!」


 イフリートの影響か。

 いやうん、多分そうなんだろうけど。

 あまりにも、相手が遅く見える。

 一手早く攻め込んで来た剣士の子の腕を掴み、身体を捻って術師の子に向かって投げつける。

 防御やパリィですらない、カウンターの投げ技が余裕で入るこの感じ。

 マジで魔法ってヤツとイフリートはチートだと思う。

 それらを使ってイキってる俺も、相当だとは思うが。

 でもあるんだから使わないと勿体ない。

 更に言うなら、試合となれば男女平等。

 と言う事で、女の子だけど容赦なくぶん投げる。


「嘘だろ!?」


「ちょ、それは無理」


 吹っ飛んだ前衛の子を受け止める様な形になり、術師の方も魔法が使えぬままズッコケた。

 これで、二人。

 確実に仕留めた訳では無いので、意識から外すのは非常に危険だが。

 ソレでも。


「さぁ来い勇者! 俺を倒してみせろ!」


 コッチの方が重要だとばかりに、拳を構え思い切り叫んだ。

 が、なにやら横からコソコソしながら近づいてくるのが一名。


「うん? 君は誰だ? ちょっと部外者は端に寄っていてくれ。危ないぞ」


「うきゃぁぁ!」


 杖を振りかぶった女の子が居たので脇に押しやってみたのだが、少々力が強すぎたらしく。

 先程の戦士と魔術師の近くへと吹っ飛んで行ってしまった。

 やはりイフリートを纏っている状態では、力加減も難しいな。

 怪我をしている様子はないが、一応心配なので仲間を頼ろう。


「イザベラさん! すみません、彼女の治療をお願いします! 一般市民を傷付けてしまったかもしれません!」


「……相手パーティの顔くらい覚えてから戦闘を始めて下さいよ、アレも敵の一人ですよ?」


「え、居ましたっけ? あんな子」


 物凄く呆れた声を上げながら、女の子三人を指さすイザベラさん。

 そこには先程一般人だと思っていた少女が、前衛と術師に何やら魔法を使っている姿が。

 なるほど、彼女はヒーラーだったのか。

 あまりにもへっぴり腰で杖を振り上げていたので、無関係な人かと思ってしまった。

 というか凄いなこの世界。

 術師だけじゃ無くて回復役まで前に出てくるのか。


「うーん……どうしようかな。三対一でも良いんだけど……」


 試合をするなら、ちゃんと相手になるが。

 でも今は主人公のフォームチェンジを優先したいし。

 正直に言うのなら、女の子相手にあんまり攻撃はしたくないってのもある。

 でもヒーラーが居るなら、いつまでも掛かって来そうだしなぁ……。


「あぁもう……数日一緒に居ただけなのに、スガワラさんが今何考えているか分かる自分が嫌だ。はぁぁ……いいですよ、勇者の相手してて。向こうの三人は私が抑えますから」


「いいんですか!?」


「でもしばらく遊んだら帰りますからね、早めに満足して下さい」


 流石出来る女、イザベラさん。

 向こうの三人はまとめて相手してくれるらしい。

 つまり。


「やろうぜ、少年。本気の勝負だ! 勇者なんだろ? 強くなれ! 俺は強くなった君とも戦いたい!」


「はい……はいっ! よろしくお願いします! 菅原さん!」


 拳を構えた雨宮少年と、二人だけで戦える事になったのだ。

 さぁ来い、どんどん来い!

 こういうのを待っていたんだ。

 俺は人族から外れた、魔族に拾われた悪役。

 そして彼は、勇者という立場の主人公。

 だったら、こうでなければ。

 戦わないといけない二人が出会ってしまったのだ。

 拳で語り合わなくてどうする。

 こんな興奮、“向こう側”じゃ味わえなかった。

 趣味の為に、演出の為にと戦う事でさえ規制が掛かる。

 しかし、“こっち側”はどうだ。

 演技やCGではなく、本物として俺達は変身しているのだ。

 本気でこういう熱い展開がヤレるのなら、本望だ!


「来い! 雨宮君! 俺を倒して先へと進め!」


「行きますよぉぉ!」


 初期フォームの彼は、力いっぱい握った拳を俺の兜へと叩き込んで来た。

 良いねぇ、良いぞ! これこそが戦いってもんだ!

 攻撃を受け、反撃し。

 お互いにぶつかり合って高め合う。

 それこそ、ヒーローモノの醍醐味!

 俺はそのヒーローが誕生する瞬間を見たし、今後成長する姿も見たい!

 そんでもって、俺が彼のライバルキャラとして君臨出来たら言う事無しだ。

 だからこそ、俺は悪役に徹する必要があるのだ。


「効かん!」


 叫びながら、此方が殴られた頬と同じ場所へと拳を向ける。

 先程の彼のパンチに合わせた威力で、此方は精一杯炎エフェクトを混ぜながら殴り返すのであった。

 あぁぁぁ……異世界楽しい。

 こういう魔法エフェクトあったら、絶対“向こう側”でもやってたわ。


「グッ! まだまだ!」


「そうだ、掛かって来い!」


 防御も回避もしない。

 相手に殴られ、殴り返す。

 ただそれだけでも、段々彼が成長しているのを感じる。

 拳を繰り出せば繰り出す程、彼のパンチの鋭さが上がっているのだ。

 流石異世界主人公、成長が早い。


「うおぉぉぉ!」


 その瞬間、彼の拳が何やらちょっとだけ光り始めたではないか。

 軌跡を残すかのようなエフェクトが発生し、先程よりも強力な一撃が胸の鎧に叩きつけられた。


「おぉ! 見たか今の! 雨宮君もエフェクトが出たぞ!」


「見て下さい菅原さん! 右の籠手だけ色と形が変わりました!」


「攻撃しながら変身していくタイプだったか! 平成のトップバッターみたいじゃないか! どんどん来い! 今回だけで戦闘フォームを一つ手に入れておこう!」


「はいっ!」


 ちなみに鎧のお陰で、殴られてもあんまり痛くない。

 それは向こうも同じ御様子で、バテる事もなく何度も拳を繰り出して来る。

 イフリートが本気を出したら分からないが、相棒もまたこの状況を楽しんでいるのだろう。

 あぁ、楽しい。

 スーツアクターの仕事とか出来たら、こんなのを毎回やれるのか。

 でも今は、それ以上に楽しい経験が出来ていると断言できるのだ。

 ならば、全力で楽しもう。


「うおぉぉぉ!」


「いいぞ! 次はキックだ! 脚の鎧も変化させるぞ!」


 そんな訳で、俺達はひたすらに殴り合うのであった。

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