第6話 変身、それは希望
「だからさ!? 俺には無理だってば! 分かってるでしょう!? ここ、ダンジョン! これまでに見なかった魔物も出るって言ってたし! 未だに上手くスキルが使えない俺には無理だってば!」
必死に仲間に訴えてみたが、皆は一切聞く耳を持ってくれず。
非常に不機嫌な様子で俺を地獄に引っ張り込もうとしていた。
「あぁ……メンド。なんでこんなハズレ勇者のお守りを任されたかな……マジでダル……」
術師のミリィが、物凄くダルそうな顔をしながらチッと舌打ちを溢しつつ顔を顰めた。
非常に優秀な魔法使いで、なんとかって凄い魔法学校を首席で卒業したんだとか。
俺達のパーティでは、間違いなく一番の火力持ちだしとても頼もしい。
でも、口と態度が悪いのだ。
普段は無口な方なのだが、俺に対する扱いは常にこんな感じ。
「そう言うな、ミリィ。どうせいつものビビリ癖だ、ギャーギャーと煩いのは耳障りだが……まぁ、致し方ない。平和な、本当に平和な世界からやって来た骨無しみたいだからな。私達が守ってやろう」
剣士のレイテル。
彼女もまた、俺に失望しきった瞳を向けて来た。
でも仕方ないじゃないか。
これまで命の危険が伴う場面なんてのに、立ち会って来なかったのだから。
だというのに、貴方は勇者です? 皆の為に戦ってください?
いやいやふざけないで下さい、無理でしょ普通に考えて。
コッチの世界なら、そこらの農民の方が多分俺より覚悟決まってますよ。
そういう状況なのに、俺を含め召喚された勇者は複数名。
他の皆は、何やら自信満々な御様子で旅立って行ってしまったのだ。
いやいや待って? 君達人生何週目?
なんか物凄い力でも貰ったの? 使い方熟知してるの?
俺の貰ったスキル、全然発動しないんですけど。
そこらの獣一匹でもビビり散らすし、森の中を歩いてデカい虫がくっ付いても悲鳴上げるんだが?
そんな俺でも、今では勇者という存在になってしまったらしい。
ふ ざ け る な。
ゲームだったら得意だけど、リアルで身体を動かす事は苦手なんですよ!
とかいう台詞を吐けば二人からは非常に呆れた、更に乾いた笑いを頂いてしまうのだろうが。
「お二人共、あまり“アマミヤ様”を責めなくても良いではありませんか。彼だって、突然違う環境に放り込まれ、世界の運命に飲み込まれた迷える子羊。慣れるまでは、我々で支えてあげても良いと思います」
なんて、天使かと勘違いしそうな程の台詞を言ってくれる回復術師の“ラウナ”。
でも俺は知っている、彼女の鬱憤もかなりのラインまで来ている事を。
というか、一番腹黒い事を。
簡単に言うと、女子用テントでの会議の声が大きすぎて俺にまで聞こえて来るのだ。
彼女が防御魔法を張ってくれて、野外でも安全に寝泊まり出来る事には感謝している。
でも、でも!
隣でテントを立てたりすると、一人で丸まっている俺の耳に届いてくるのだ。
「あぁ、くそ。アレで勇者か? まるで役に立たない」
「レイテル。相手も初心者、そして私達はお目付け役。お金を貰ってるんだから仕事はしないと、でも確かに見てるとイライラするのは事実」
レイテルとミリィのいつも通りの言葉が聞えて来たかと思えば。
「二人共分かってませんねぇ……勇者っていうのは、それだけで価値があるんですよ? 例え実績が無くとも、国から保護されている存在。そんな人と結婚でもすれば、一生安泰ですよ? それくらいにお金が動くんですから、生きている限りは、見限られない限りは。だからこそ、私達が戦場に連れて行ってあげませんと」
クスクスと笑う、ラウナの声が聞えて来たのだ。
最初は聞き間違いか何かかと思った。
でも、連日聞こえて来れば勘違いなど出来る筈も無く。
「おいラウナ、お前本当にアイツと結婚するつもりでいるのか? まぁ金銭面に関しては分からなくも無いが……アレを夫にするのか?」
「正直、止めた方が良いかと。弱いし、ビビリだし。女慣れしているとは思えない事から、夜の方も酷い事になりそうだけど」
煩いよ! 本当に煩いよ!
ミリィとレイテルの言葉に、思わず突っ込みを入れそうになってしまったが。
対する彼女は。
「そんなもの、関係ありません……」
ラウナは穏やかな声のまま。
「お金があれば、何だって出来るんですよ? 高い魔導書だって買えるし、我慢していた物品だって余裕で手に入る。生活水準だって跳ね上がるんです。だったら、その程度我慢すれば良いじゃないですか。我慢が出来なくなれば、それもお金で解決すれば良い話ですし」
もはや、この世界全てが怖くなった。
女子、肉食過ぎ。
というか俺が勇者の癖に、貧弱すぎるのがいけないのだろうが。
それでも、だ。
ガツガツし過ぎなのよ、怖いのよ。
そんな人達に囲まれて、強くなる旅に出ろ、魔王を殺してこいと言われても。
もはや恐怖しかない、女の子に関しても国に対しても。
特に国! お前等絶対俺等の事適当に見てるだろ!
説明では一度死んでいる人間を呼んでいるらしいが、明らかに使い捨てにする気満々だろ!
そんでもって、パーティメンバー!
普通に怖い! 女子怖い!
コレで心開ける様な関係になる訳無いでしょうが!
という心境のまま、旅に出てから早一か月が経とうとしているのだ。
凄い、俺。
よく頑張った、よく我慢した。
性欲ではなく、ストレス的な意味で。
他のパーティというか、他の勇者一行は結構上手く行っているらしく。
既に成果を上げていたり、物凄く強くなったという話を聞いたりもする。
もっと言うなら、夜がお盛ん過ぎて旅が続けられなくなってしまい新しいメンバーを募集している……みたいな所もあると風の噂で聞いたり。
逆に女性勇者の場合には、一人のメンバーと駆け落ち……というか雲隠れしたり。
下手すると趣味全開で旅の先々で遊び惚けてみたりと、やりたい放題みたいだ。
それでもまぁ、実績が残せるのなら良し! みたいな感じなんだろうか。
こんな適当な面々に任せても倒せる魔族って、いったいどんな連中だよ……とか、思ってしまったその瞬間。
「よう、お前等が勇者一行だよな?」
一人の男性が、俺等の正面に立ちふさがって来た。
まるでダンジョンの入口を守るみたいに、腕を組んで立っている。
えぇと、なんだろう?
凄くムキムキで、現地の人達よりも凄く強そうに見える。
そんな彼が、何やらポージングをし始めたではないか。
「勇者が登場する物語ってさ、そういうのじゃないだろ。もっと和気藹々っていうかさ、みんな仲良くてさ」
喋る彼の腰に、何やらデカいバックルが出現したではないか。
いや、待ってほしい。
おかしい、コレはおかしいぞ。
彼はどう見ても日本人だし、彼の腰に巻き付いているのはどう考えてもライ〇ーベルト。
となると、これから起こり得る現象は――
「特に勇者、お前だよ。なんだその情けない態度は……戦えよ。それはもう格好良く、俺と戦え! 変身!」
『complete!』
よく分らない台詞と共にバックルが輝き始め、彼は炎に包まれた。
周囲に熱風と火の子をまき散らしながら、瞬く間に真っ赤な鎧を装備する男性。
それは完全に、まさに、特撮ヒーロー。
俺がこの世界で見て来た、まさに鎧! って感じでは無くて。
マジでヒーローモノに登場しそうなアクションスーツと部分鎧。
「な、なんだコイツ! コレも魔族か!?」
「危険、魔力量がこれまでの相手とは桁違い。多分幹部クラス」
「し、しかし人族に見えましたよ!? どうなっているんですか!?」
各々が声を上げる中、俺は彼から目が離せずにいた。
エフェクトとして立ち上る炎、瞬間的に姿が変わる“変身”。
その全てが、恰好良かったのだ。
これこそ、男の子の夢って感じで。
俺の現状みたいな、肉体の中途半端な変化と世界観の激変ではなく。
彼は、自らを確かに“変身”させていた。
このビビリの自分を変えたい、強い自分に変わりたい。
そう願った答えが、目の前にあった。
彼の様な力があれば、俺以外の勇者みたいに自信満々に異世界を謳歌出来たのかもしれない。
彼の様に恰好良い姿を手に入れられれば、胸を張って生きる事が出来たのかもしれない。
そして、何と言っても。
彼の様に、敵の前に一人で姿を現し。
堂々と胸を張る度胸があれば、この生活も少しは変わったのかもしれない。
そんな事を思ってしまう程、俺達に前に出現した赤鎧は堂々としていた。
や、やばい……。
これまで絶望しかなかった異世界生活に、希望を見出してしまったかもしれない。
※※※
「っしゃぁ! 来い! 全力全開で掛かって来い!」
イフリートを装備して、思い切り叫んだ瞬間。
「このお馬鹿!」
イザベラさんが背後から急接近し、俺の後頭部に術用の杖をフルスイングしてきたではないか。
今は兜を被っているので、そこまではダメージは無いが……とても、ビックリした。
「何するんですかイザベラさん! 俺はこの異世界主人公の敵役として、ちゃんとやっているのに!」
「魔王様から生きて帰れと言われたでしょうが! だと言うのに、何故急に敵の前に飛び出しているんですか!」
ごもっとも、確かにその通りなのだが。
でも勇者と呼ばれた彼を見て思ったのだ。
彼は、まだ覚悟が出来ていない。
吹っ切れていない。
このままでは全力を出せずに戦う事を続けるだろう。
そして仲間達とも不仲な御様子……だったら!
「俺は魔王軍幹部! 菅原 勇! 最高の悪役となる為に、主人公には強くなってもらう!」
「敵を強くしてどうするんですか! 戦闘は極力控えろとあれほど――」
「大丈夫ですイザベラさん! これからやるのは、試合です!」
「この平和ボケ脳筋馬鹿ぁ! 相手は殺すつもりで来るんですよ!? 分かってます!?」
一応、情報としては理解しているつもりだ。
この世界では、命の価値が軽い。
というか魔族と人族で戦争しているのなら、それは当然の事。
今の状況で俺が首を刎ねられても、誰も文句が言えないという事は理解している。
だが、しかし。
覚悟も出来ていない主人公を戦場に引っ張り出し、無理矢理戦わせようとする仲間達。
この光景は、あまりにも美しくない。
そんな彼に“覚悟”を与える存在とは何か。
今まで散々目にして来ただろうが、ソレに憧れて来ただろうが。
主人公が戦う覚悟を決め、前を向く瞬間。
そこには絶対に、“悪役”が居るのだ。
そして最初の悪役であり、最後まで残り続ける好敵手。
こんなのが登場したら、そしてココで彼が覚醒したら、絶対に格好良いと思うんだ!
一話から既にフラグになっていたのかと、俺なら感動すると思うんだ。
あんまりストーリーの深い所まで考察出来ない人なので、いっぱい登場する悪役の方が好き。
最初から居た敵役が、主人公に合わせて強くなっていくのとか超好き。
あとイフリートがさっきから、イケイケGOGOしているので。
多分大丈夫なのだろう。
「さぁ来い! 主人公! 俺と言う敵が目の前に居るぞ! お前の覚悟を見せてみろ! さぁ、今こそ“変身”ダァー!」
相手に俺と同じ様な変身能力があるかは知らないが、とりあえず拳を構えながら叫んでみた結果。
武器を構えたのは周囲の女の子三人だけ。
本人は此方を見つめたまま、剣の柄にさえ触れていない。
あ、ありゃ? ここは無理やりにでも、武器を構えるかと思ったのに。
「あの……ですね。俺もその、似た様な能力を貰ったんですよ。他の皆は実用的な能力だったんですけど、俺は“変身”って能力で……でも、一度も成功した事無くて……」
彼は、気まずそうにそう呟いたが。
おい待て、それってアレか?
他者に頼らず自分で変身出来るって事で良いのか?
そんなの全開チート能力の大当たりじゃないか!
俺なんかイフリートに頼りっきりなんだぞ!?
「君! 名前は何て言うんだ!」
「は、はい!
「雨宮君か! 名前も格好良いな! よぉし! まずは変身の練習だ!」
大声を上げてポージンングした瞬間、後ろからは再び杖のフルスイングが。
正面からは相手パーティの女の子からの遠距離攻撃が迫って来た。
相手の攻撃はイフリートが防いでくれたが、背後は防いでくれなかった様だ。
また兜にガイィンって衝撃を受けたんだが、まぁ良し。
イフリートも乗り気で、彼の変身を待っている様だし。
「さぁ少年、心に描け! 最強の自分を! この俺と戦う為に必要な鎧を! 君も見た目からして日本人だろう!? なら知っている筈だ、
熱く語ってから「ショォ~ネー〇よ~、旅立つ〇なら~」と歌い始めてみれば。
彼は何かしらの決意を決めたかのように、カッと力強く瞼を開いた。
よし、もう一歩だ。
「で、でも俺……ビビりだし、弱いし。他の人達みたいに、恰好良くなれないし……」
再び俯きそうになる彼に対して、此方は思い切り腹から声を出した。
俯かせてはダメだ、否定させてはダメだ。
彼に必要なのは……勇気と、自分を信じる力!
そんでもって、嘘でも良いから“俺は出来る”と自信を持って言葉に出来る活力!
多分! 良く知らんけど!
「馬鹿野郎! 違うだろうが! ヒーロー達だって最初から強かった訳じゃない、下手すりゃ最後まで迷っている主人公だって居たはずだ! でも彼等は、最後まで戦うんだ! 皆の為に、番組を見てくれている子供達の為に! 今お前は“勇者”なんだろ、主人公なんだろ!? だったら格好付けろ! 格好悪い所は、全てマスクに隠してしまえ! 弱い所は、全部隠して皆には笑って見せろ! それが、ヒーローってもんだ! それに何も無い人間が、ヒーローになる。その過程やきっかけはどうあれ、結果を残して……そして最後まで戦うその姿を見て、皆は君をヒーローって呼ぶんだろ? なら、今しか無い! とりあえず変身だー!」
とにかく相手の変身が見たいだけだろ、とか言われてしまいそうな諭し方だったが。
まさにその通り、見たいもん。
しかし俺の言葉に、彼はハッとした表情を浮かべてから。
腰に差した剣を抜き放った。
「俺が変身出来たら、連絡先を教えてもらえますか?」
「こっちじゃスマホもないからな、ちょっと約束は出来ない。が、どうにかしよう。そんでもって、愚痴くらいなら聞く約束はしよう。なんか大変そうだし、君」
「それを聞いて、安心しました……」
そう言って彼は剣を天高く構え、大きく息を吸ってから。
「変……身っ!」
この瞬間、情けなく見えていた勇者が光に包まれていく光景を目撃するのであった。
来た、来たぞ! ロマンの塊、初 変 身!
それを今俺は、目撃する立場にあるんだ!
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