第5話 そういうの求めてない


 それからは日々鍛錬、とにかく鍛錬。

 先輩方に色々と特訓してもらい、“向こう側”よりもしっかりと筋肉が付いた。

 そしてなにより、“こちら側”では魔力とやらが追加燃料みたいな感じで色々と助けてくれるらしく。

 俺の様な素人でもスタントマンみたいな動きだって出来るし、何より怪我をしそうな時にはイフリートが守ってくれるのだ。

 便利、魔力超便利。

 そっちの授業と世界常識的なのは、基本にイザベラさんから教わり。

 俺の実力はメキメキと伸びて……いると信じたいのだが、今の所試合ばかりなのでよく分らない。

 とはいえ、食事が美味しいのは本当に助かった。

 文明的に、俺が居た世界とは違う歴史を歩んでいる訳だし。

 コレが一番心配だったのだが、不味いとか古臭いって事は全然ない。

 むしろロマン料理って感じの品々が並び、大興奮に見舞われたくらいだ。

 自分の顔の二倍くらいありそうな七面鳥の丸焼きとか、ゲームでしか見た事のない程の骨付き肉等など。

 本当に食事に関しては旨味とロマンに溢れていた。

 これぞ異世界、これぞファンタジーって感じに食事を堪能していれば。


「随分とスガワラが旨そうに飯を食うと聞いてな、私も席を共にしても構わないか?」


 なんて事を言いながら、魔王様まで最近一緒にご飯を食べる様になった。

 今までは兵士や前衛の幹部達と、皆で豪快に食事を摂っていたのだが。

 これは良いのだろうか? 他の人達気後れしちゃったりしない?

 などと考えたのも束の間。

 俺の喰い方にひとしきり笑った魔王様が、俺と同じ様な喰い方を始めてからは皆で盛り上がってしまった。

 そんな事を繰り返し、一通り戦闘技術を叩き込まれた訳だが。


「呼び出して済まない。スガワラ、貴様に一つ頼みたい事がある」


 本日、玉座の間に呼び出されてしまった。

 やっと俺にも初仕事が回ってきたか!

 という気持ちで、ワクワクしながら頭を下げていれば。


「勇者の様子を、観察して来てくれないか? お前は人族だ、鎧を着ていなければ接触も容易い筈だ」


「あ、偵察任務って事ですか? 了解です! すぐ行ってきます!」


 バッ! と走り出そうとした俺を、イザベラさんが両手を広げて止めて来た。

 一瞬ハグ待ちかと思ってしまったが、間違いなく“待て”と言われている。

 そうか、まだ出発しては不味かったか。


「場所も分からぬまま走り出そうとするなスガワラ。詳しい資料はこの後渡すが、常にイザベラを同行させる。土地勘も無ければ、文字が読めないのだろう? お前はコレが初仕事なのだ、基本的にはイザベラの指示に従え。それからもう一つ、貴様に絶対命令を与える」


「はい! 何でしょうか魔王様!」


 イザベラさんに止められた位置で、ビシッと敬礼を返してみたが。

 あらら、ちょっと遠いわ。

 再び魔王様の近くまで走り寄ってから、敬礼を繰り出してみれば。


「絶対に、無事に帰って来い。極力戦闘は避けろ、良いな? 相手は勇者だ、間違っても甘く見るなよ? 困った事があれば、イザベラを頼れ。絶対に無茶をするな? それだけは約束しろ」


「了解です!」


 なんか物凄く心配されてしまった。

 魔王様って、意外と優しいよね。

 急に召喚しちゃったからって物凄く責任を感じているみたいで、俺の事を逐一気にしてくれるし。

 こちらとしては、屋上からの落下物で一度死んだ身。

 復活させてもらった上に、衣食住職を全て揃えて貰っているので不満とか一切無いのだが。


「いいか? 絶対だぞ? 今回はお前が幹部として相応しいのか、という証明の意味合いでの仕事でもある。しかし無理はするな? 不味い状況になったら逃げて帰って来い、分かったな?」


「了解致しましたぁ! 初任務、頑張ってこなして来ます!」


 物凄く心配性の魔王様に笑顔を向けてから、改めてイザベラさんの所へ戻ってみれば。


「本当に無理をするんじゃないぞ!? イザベラ、しっかりとスガワラを守ってやってくれ! ソイツは実戦が初めてだからな!」


 未だ心配そうに叫ぶ魔王様に「行ってきます」と挨拶をしてから、イザベラさんと共に魔王城から足を踏み出すのであった。

 これもまた、俺にとっては初めての経験。

 異世界の大地、魔王城の外。

 ここから冒険が始まるみたいに、すっごくワクワクする。

 だがしかし魔王様程ではないしろ、イザベラさんも心配そうな眼差しを向けて来た上で。


「良いですか? 絶対に私の指示に従ってくださいね? 勝手な行動は厳禁。何か心配事があったら、逐一私に聞いて下さい」


「了解です! やっぱりイザベラさんは頼りになりますね!」


「褒めた所で出先のご飯が少し豪華になるくらいですよ? さぁ、行きましょう。一度長距離転移を行いますから、私に掴まって」


 色々魔法の授業を受けているので、ココで慌てたりはしない。

 そして間違っても、彼女のガシッと掴まってセクラハまがいな行動を起こしたりもしない。

 転移の魔法と言うのは術者から手を放さない限り、本当に触れているだけで良いそうだ。

 と言う事で、彼女の手をちょびっと掴んでみれば。


「転移中に放したりしないで下さいね? ほら、もっとギュッと握って下さい。今回は転移先が遠いですから、余計に」


「りょ、了解です!」


 普段よりずっと彼女の手をしっかりと握りながら、ちょっとだけ声が裏返ってしまった。

 いやぁ、イザベラさんの指相変わらず細っそ! 強く握ったら折れちゃいそう!

 とかなんとか思っている内に転移魔法は発動し、俺達は良く分からん空間をグワングワンと振り回された。

 うん! 相変わらず魔法の事はよくわからん!

 基本イフリートが使ってくれているので、俺何もしてないし。


「大丈夫ですか? 気分が悪くなったりしたら、すぐ教えてくださいね?」


「大丈夫でーす! 問題ありませーん!」


「そうですか、なら良かった。もうちょっとですから、現地に付いたらお昼ご飯にしましょう」


「はーい!」


 異世界に来てから一番よく分かった事。

 魔王軍、物凄く皆緩い。

 これだけは間違いない。


 ※※※


「平和ですねぇ」


「そうっすねぇ」


 現在、転移を終えた先。

 俺達は岩山の中程で弁当を食べていた。

 なんでもイザベラさんが作ってくれた物らしく、とても美味しい。

 デッカイサンドイッチに齧り付き、弁当箱にギュウギュウに詰められたお肉にフォークを突き刺して一口で頂く。

 うっまい。

 やはり魔法と言う良く分からないトンデモ技術があるせいなのか、弁当のおかずは出来立てかって程にホカホカだし。

 なにより、魔王軍の肉肉肉! ってスタンス、物凄く好き。

 そんでもって。


「イザベラさんも結構食べますよね? 肉好きっすか?」


「それは……喧嘩を売っていると受け取ってよろしいですか?」


 ジロリと鋭い視線を向けて来る彼女に対し、慌てて首を左右に振ってみる訳だが。

 でもまぁよく考えれば皆良く働き、良く動くのだ。

 “向こう側”くらいの食事量では全然足りないのは目に見えている。

 主に肉体労働的な意味で。

 凄く不思議なんだけど、結構細かい所の作業まで知った顔がこなしているのだ。

 もしかして人手が足りないのだろうか?


「まぁ良いです。勇者がこの場所を訪れるであろう時間まではまだ結構ありますから、世界の授業と行きましょう」


「おねがいしまぁす」


 と言う事で、本日もイザベラさんの授業が始まった。

 お昼の片手間にってのは、少々気軽過ぎる雰囲気も感じてしまうが。


「貴方は人族。だからこそ、本来なら勇者側というか。人間側に加担するべき人物でしょう。人族、獣人族。それにエルフや、ドワーフ。色々居ます、しかし何故我々“亜人”。今では魔族や魔人と呼ばれる集団だけ敵視されているかと言うと」


「言うと?」


「クソつまらない差別から始まっただけですよ」


 そこから、イザベラさんは昔話を始めた。

 ある所に、小さな亜人の女の子が居た。

 今よりもっと古い時代では、“理性さえあるのであれば”亜人も人として認められていたと言う。

 だから色々な街で様々な人種が入り混じって暮らしていたそうだが。

 少女の居た街には、“亜人”が少なかった。

 しかもその子には、亜人としても珍しい程立派な角が生えていたそうな。

 たったそれだけの理由で、彼女は周囲の子供達から魔女と罵られたり、化け物と言われて嫌がらせを受けたらしい。

 しかし、彼女は耐えた。

 自らを拾い、育ててくれた魔術の師匠を困らせない為に。

 彼女は何処までも自らの反発心を抑えながら、ひたすら普通に生活しつつ魔法と言うモノを教わったそうだ。

 しかしながら、ある日。

 別の街の亜人の集団が、何かしらのテロを起こしたらしい。

 話を聞いている限り、ある種のデモみたいなモノの様だったが。

 それでも話は尾ヒレを付け、そこら中に飛び交った。

 その結果“亜人は危険だ”という認識が広がり、彼女の師匠は公開処刑を言い渡されたそうな。

 危険物を懐に納め、国家転覆を目論んでいると疑われたという。

 そして少女の目の前で火刑ににあった師匠を見ながら、彼女は……“キレてしまった”のだという。

 周囲全ての民に魔法を使い、その場で多くの命を狩り取ってみせた。

 だからこそ余計に亜人は危険だという話の手助けになってしまった様だが。

 その場の人々は気が付かなかったのだ。

 彼女が“特別才能がある人物だ”と言う事に。

 そんな少女が永く生きた師匠からの教えを受け、教わった魔術式を非常に攻撃的なモノに書き換え戦い続けた結果。

 この世界に、“魔王”という存在が生れたそうだ。

 それもたった一人の、魔王の過去の物語。

 他に沢山、酷い話はあるそうだが。


「本当に、つまらない話ですね」


 ケッと舌打ちを溢しながら視線を逸らしてみれば。

 イザベラさんはクスクスと笑いながらも、此方にお茶を差し出してくれた。


「結局は、そんなものです。些細な火種が大きくなり、今では消す事の出来ない大きな炎になっている。だからこそ今でも、人は亜人と。魔族と戦っているのですから……まぁ、昔に比べて随分と意味合いは変わってしまいましたけど」


 でもそれって、無意味な争いだって歴史が証明しているじゃないか。

 その人物の過去が明らかになっているのもそうだし。

 授業で聞いた話では勇者も魔王も、数多くの犠牲が出ているのにこの争いは終わってない。

 俺が求めているのは、そういう重い設定とか、回りくどい話じゃない。

 周囲の影響で戦わなきゃいけなくなった……なんて、最悪じゃないか。

 違うんだよ。

 周囲の影響でどうとか、そう言うのじゃ無くて。

 熱い戦いって言ったら、やっぱり本人が決めて、覚悟して。

 そんでもって本気でぶつかり合うのが、一番熱いと思うんだ。

 こんな話を聞いた後でも、こんな馬鹿げた妄想をしている俺は相当頭がおかしいとは分かっているのだが。

 それでも、だ。

 この世界に転生し、更には人類の敵側の幹部になってしまったのだ。

 だったら俺は、“恰好良い悪役”ってヤツをやってみたい。

 主人公側に寝返って、共に戦うって展開も確かに熱いが。

 寝返った先で戦うのは、俺を助けてくれた皆なのだ。

 だったらもう、悪役のまま……こう、恰好良く散っても良いのかなって。

 既に一度は死んでる訳だし、俺。


「そういう話を抜きにして、俺は真正面からぶつかり合いたいっすねぇ。その方がお互い気持ち良く戦えます」


「スガワラさん、馬鹿正直ですもんね。訓練でも正面からしか戦わないから、魔王様も心配してましたよ?」


 クスクスと笑いながら、イザベラさんが新たなサンドイッチを差し出してくれた。

 そいつを有難く受け取り、ガブッと噛みついてから。


「俺はコレで行くって決めて、その心意気をイフリートは認めてくれた訳ですから。今更曲げられませんよ」


「不器用と言うか、ド直球というか。でもまぁ、嫌いではありませんよ? あぁでも、魔王様に言われた通り危険行動は絶対禁止です。貴方だって、今ではウチの魔王軍幹部の一人なんですから。他の所の兵士達みたいに簡単に死なれては困ります」


「ハッハッハ、その言い方だといっぱい魔王様が要るみたいですね」


 おかしな事を言い出した彼女に笑みを溢してみれば、相手は不思議そうに首を傾げながら。


「えっと、あれ? まだ教えていませんでしたっけ? 数多くの種族でも、それこそ人族だけに絞っても。数多くの“王”が居るじゃないですか、国を治める為に。亜人……もとい魔族でありその国の王、つまり魔王。いっぱい居ますよ? 魔王も……それから、勇者も」


 おぉっと? これはまた重大情報が後になって出て来たぞ?

 魔王って言ったら、勇者に対しての絶対悪。

 そりゃもう一人だけだと思っていたのだが。

 どうやらいっぱい居るらしい、各国の首相みたいなものか?

 出来ればこっち側ではあまり頭を使わずに、筋肉だけで生きて行きたいと思っていたのだが。

 どうやら色々政治的なお話は尽きないらしい。


「ちなみに、勇者がいっぱい居るってのは……」


「あぁ、そっちに関しては……見た方が早いかもしれませんね。丁度来ましたよ、気付かれない様に。彼等は、数多くいる魔王に対しての……いわば暗殺者です」


 ガッと首元を掴まれ、岩陰に隠れてみた訳だが。

 イザベラさんのサンドイッチをモグモグしつつ、指示に従ってゆっくりと相手の事を覗き込んでみれば。


「う、うん? あれが勇者ですか?」


「報告では、そうなっていますね……でもまぁ、はい」


「何かちょっと、情けない感じしてますけど」


 俺達が覗き込む先に居たのは、随分と若いパーティ。

 あれかい? 勇者ハーレムってやつかい? とか思ってしまう程に、女性が多いパーティが……なにやら騒いでいた。

 主に勇者と呼ばれる男性が思いっ切り泣き叫び、残る三人の女性が彼を引っ張る様な形で。

 我らが魔王様の作ったダンジョンへと足を踏み込もうとしていた。

 あ、あぁ~? この世界、本当にちょっと良く分からなくなって来たぞ?


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