第4話 変身ヒーロー、爆誕


「魔王様、本気ですか?」


「我々が呼び出してしまった人族だ、こちらの都合ばかり押し付ける訳にもいくまい。相手の希望を出来る限り尊重してやらねば」


 イザベラからは苦い言葉を頂いてしまったが。

 彼の魔力を計る限り、幹部のソレに匹敵するのだ。

 無視できる訳も無ければ、このまま放り出すなどあり得ない。

 彼が反旗を翻せば、間違いなくこの城に内部から大きな反乱分子が生れてしまうのだから。

 そもそも私自身、彼を見捨てる気など微塵もない。

 本人もココに残る事を望んでくれている様だし。

 という事で、彼の実力を見る為に決闘の場を用意してみた訳だが……些か、相手を間違えただろうか?

 防衛に優れた幹部の一人。

 “カッパラァ”という守りを極めた様な亀の魔族。

 背中には大きな甲羅を背負っているが、他は厳つい巨漢という他無い。

 正面から睨み合うスガワラよりも、頭一つ分は大きい程。

 その彼が、渋い顔を浮かべながらスガワラの事を見つめていた。


「その……先程の赤い鎧はどうしたのだ? 何故、脱いだ。着てから戦わないと、怪我をするぞ?」


「立場的には同等って事で良いんですよね? だったら、言わせて頂きます……貴方は、分かってない! それを今からお見せしましょう! 心配ご無用だと言う事を!」


 鎧を着たカッパラァに対するは、先程の赤鎧を脱ぎ捨てた姿のスガワラ。

 本当に、何故脱いだ?

 これから戦うのだと伝えた筈なのだが、もしかして言葉が正確に伝わっていなかったのだろうか?

 そんな心配と共に、幹部達と彼の事を見据えていれば。


「行くぞ! イフリート!」


『stand by』


「発音良し! 滅茶苦茶練習したもんな!」


『良いから、次だ! 記念すべき……初の!』


「うっしゃぁ! 行くぜ相棒!」


『「変 身!!」』


 次の瞬間彼は炎に包まれ、先程の赤鎧が出現したではないか。

 やけにポージングしているが、アレはいったい何の儀式だ? 何か意味があるのか?

 皆食い入る様に見つめていれば、彼は片腕を振るい。

 それに合わせる様にして纏わりついていた炎が霧散していった。

 うん、なんかちょっと恰好良いけども。

 でも最初から鎧を着ていれば、この演出は要らなかったんじゃないかな。


「さぁ、やろうか!」


 宣言と共に周囲に炎が巻き散らされ、彼はカッパラァに向かって拳を構えた。

 そうか、コレが彼のやりたかった事か。

 思わずそう納得してしまいそうな程、勢いのある光景だった訳だが。

 やはり、皆揃って首を傾げてしまう訳で。


「あ、あの……すまない。武器は、その……無いのか? 無手の相手に武器を振るうのは、ちょっと」


 武人としてはこの状況を許せなかったらしく、カッパラァが困った様な声を上げてしまった。

 そうだよな、相手は鎧を着ただけで何も持っていないもんな。

 ホント、その通りだ。

 武の道を行く者としては、素人に刃とか向けられないのだろう。

 とか何とか、納得してウンウンと首を縦に振ってしまったが。


「大丈夫です! 先輩! “状況に応じて”、出て来ますんで!」


「状況に、応じて……出て来る?」


「はい!」


「どこから?」


「どこからともなく!」


「そう、なのか? 出来れば早めに頼む。えぇと……行くぞ? 本当に大丈夫か?」


 よく分らない会話が繰り広げられると同時に、試合は始まった。

 些かカッパラァが攻めづらいというか、雰囲気的に「攻撃して良いの?」みたいな感じになってはいるが。

 それでも気持ちを押さえ付けたらしく、彼が一撃を振るってみれば。


「え?」


「「「あっ……」」」


「ぐわぁぁぁっ!」


 どうしたものだろうか。

 スガワラはそのまま攻撃を胸の鎧で受け、後方に吹っ飛んでいくではないか。

 おいおいおい、戦闘素人にしても流石にソレは避けろと言いたくなってしまった。

 かなり大振りで、しかも加減されているのが見ている側にも分かる程。

 だというのにスガワラはあえて攻撃を受け、派手に火花をまき散らしながら後方へと転がって行ってしまった。

 しかし、本人は元気そうで。


「イフリート、相手はかなりの強敵だ!」


『ready……sword』


「っしゃぁ!」


 すぐさま立ち上がったスガワラの目の前に炎が撒き上がり、一本の剣が虚空から現れ地面に刺さっているではないか。

 ソレを手に取り、彼も威勢よく剣を構える訳だが。

 すまない、言わせてもらおう。

 頼 む か ら、 最 初 か ら や れ。

 見ているこっちがヒヤヒヤするんだ、武器を持っている武人とただ鎧を着ているだけの人族。

 期待よりも先に、先程までの状況に対する不安の方が大きい。

 いつ死んでしまうのかとビクビクしてしまった。

 だからこそ、声を大にして言いたかったが。

 周囲に部下達も居る為、ツッコミはグッと堪えて喉の奥へと押し込んだ。


「おらぁぁ!」


「ほぉ……なる程、筋力は良し。しかし武術は……」


「籠手ぇぇぇ!」


「う、うん? もうちょっと強く打ち込まないと、相手は斬り裂けないぞ? コチラも鎧を着ているからな」


 何か、カッパラァも困っていた。

 確かにイフリートが出現させた剣により、籠手を引っ叩かれていたが。

 全然効いていない。

 というか、切り裂くと言うよりもベシッと引っ叩いたかの様。

 あぁもう、あぁもう何というか。

 この時点で試合を止めた方が良い気がして来た。

 思わず大きな溜息を溢しながら、イザベラに試合中止を宣言させようとしたその瞬間。


「なるほど、普通の攻撃じゃ通用しないらしい……行くぞ! イフリート!」


『よし来た! ライ〇ーキックの検証がやっと! ……ゴホン。アレをやるぞ! スガワラ!』


 なんか変な声が聞えて来たぞオイ。

 アイツはまだ何かやるつもりらしい。

 しかもイフリートも乗り気な様で、魔力が膨れ上がっていくではないか。


「カッパラァ! 全力で防御しろ!」


「分かっております魔王様!」


 彼は背を向け、自らの甲羅を相手に向ける。

 これこそ、彼の最大防御体勢。

 あの甲羅は、下手な攻撃や魔法では傷一つ付かない。

 だと言うのに、対戦相手は跳び上がり。


「〇イダァァァァ……キィィィック!」


『final Attack』


 あ、アイツ……せっかく武器を手にしたのに、ソレを投げ捨ててキックしている。

 いやいやいや、武器を使いなさい。

 せっかく途中から武器が出て来たんだから、いちいち素手に戻るな。

 などと思っている間にもカッパラァの甲羅に彼の蹴りが直撃し、激しい魔力の乱れを感じた。

 なるほど、彼は“技”に魔力を乗せるタイプか。

 つまり、彼の戦闘スタイルもまた武人。

 どうやら素手の方が合っているらしい、とは何となく分かった気がするが。

 でもやはり、ちょっと見ていて不安になってしまう。

 だが今後訓練を重ねれば、強力な幹部になる事は間違いなし。

 そう思って口元を吊り上げていれば。


「くそっ、奴の装甲を貫けない……イフリート、ダブルドライブだ!」


『double drive!』


 何か、一撃放ってすぐさま後退したスガワラが叫んでいた。

 え、なにそれ。

 ダブルドライブって何。

 おい待て? カッパラァも、今の一撃で結構辛そうにしてるぞ?


「さぁ、お前の罪を知れ」


『イフリート・えくすとりーむ!』


「お前発音練習しとけって言っただろう!?」


『いくつもの言語があって覚え辛いんだ! 文句を言うな!』


 何やら騒がしい声を上げた彼等は、再び飛び上がりカッパラァの甲羅に再び蹴りを叩き込んだ。

 しかしながら、先程とは姿勢が違う。

 物凄く直立した状態で、両足キックをかましたのだ。

 アレでは、その……蹴りを叩き込んだ方も、結構衝撃が来ると言うか。

 攻撃する側も、とんでもない感じになっているのではないのだろうか?

 そんな心配をしながら、彼等の行く末を見つめていれば。


「スゥゥゥ……ハァァァ……オォォォォ!」


 やっぱり、衝撃は受け流せなかったらしい。

 カッパラァの甲羅に蹴りを叩き込んだ後、やけに緩やかに下りて来た彼ではあったが。

 非常に呼吸が乱れている上に、身体の痛みに耐えているかの様だった。

 当たり前だ、衝撃を一切吸収せず全身で受けた様なものなんだから。

 そして、対するカッパラァと言えば。


「い、いったぁぁぁ……コレは、流石に効く……」


 普通に、コケていた。

 背中から体重を乗せた蹴りをもらったのだ、これだけだったら何でもない光景だったのだ。

 しかし、我々にとってはこの時点で異常だ。

 カッパラァが、地に伏せた。

 絶対防御とも言われた男が、その地に掌を着いたのだ。

 彼はどんな攻撃を受けようとも、その甲羅がある限り傷を付けることは出来ない。

 地に伏せる事はあり得ないと思われていた男を、スガワラは数秒の間に叩き伏せて見せた。

 誰もが困惑する中、彼は此方へと視線を向け。


「コレが、お前のゴールだ」


 彼がポージングしながら宣言した瞬間、カッパラァの甲羅が爆発したではないか。

 本人は無事の様だが、甲羅は完全に破損している御様子。

 いや、うん、これは何だ?

 時間差で威力を発揮する様な魔術?

 もはや理解が及ばず、彼の事を無言で見つめていれば。


「完璧な魅せ方だぜ、イフリート。キックの後の爆発演出、タイミングとかもバッチリだ」


『ふんっ、この程度我に任せておけば朝飯前よ』


 なんか、言ってる。


「あぁ……うん。そうか、戦える事は分かった……」


 もう、何も言うまい。

 とりあえず、とんでもなく変な奴がウチの軍に入ったって事で良いらしい。

 あぁもう、コレどうしようかな。

 人族って凄い、こんな濃いのを何人も召喚してちゃんと扱えているんだから。

 未だにポージングを続ける彼の後ろでは再び爆発が起き、カッパラァが煙に呑まれていく姿が映るのであった。

 アレ、ちゃんと生きているんだろうな?


 ※※※


「あぁ~その、なんだ。スガワラ、今のがお前の戦い方か?」


 俺達の試合を見ていた魔王様が、何やら疲れた顔をしながら此方に声を掛けて来た。

 魔族の王様だからな、きっと仕事が多いのだろう。

 お疲れ様です!


「はいっ! どうですか魔王様!」


 まさに特撮って感じの戦闘スタイルで、更にはイフリートが特殊効果とかキックの後の爆発とかも演出してくれる。

 完璧だ、これこそまさにって戦い方だった筈だ。

 異世界最高かよ、リアルライダーごっこが出来るとか。


「その、だな……うん。とても興味深い、それから確かにお前は強い。それは分かった。しかしな? 武器は最初から持って欲しい、な? 見ている方が心配になってしまう」


 そうか、ココは“ごっこ”ではなく、本当に人死にが出る戦場に立つ世界なんだ。

 確かに無手で相手に挑むというのは、些か無謀だったのかもしれない。

 しかし。


「いや、でも……はい。気を付けます」


「不満そうだな?」


「……我儘を言わせてもらうと、初期フォームは素手の方が好きだなぁって」


 そんな事を呟いてみれば、彼は大きなため息を溢してからポンポンと俺の肩を叩いて来た。


「お前の戦い方をあまり煩く言うつもりは無いが……まぁ、城に居る内に良く訓練しておいてくれ。とにかく、今はカッパラァの治療が先だ」


「ハッ! そうだった! 先輩! 大丈夫ですか!?」


 先程キックを叩き込んだ上に、爆発させてしまった先輩幹部の元へ駆け寄ってみれば。

 彼は笑いながら地面に伏していた。


「良いキックだ、スガワラ。まさか甲羅が砕かれるとはな」


「それ大丈夫なんですか!? 治ります!?」


「心配するな、すぐに再生するさ」


 どうやら無事だったらしい渋格好良い亀のおじ様は、ガッハッハと笑いながら俺に右手を差し出して来た。

 此方も彼の手を掴み、引っ張り起こしてから。


「改めて、よろしく頼む。俺は魔王軍防衛担当の“カッパラァ”だ」


「よろしくお願いします! まだ担当は決まっていませんが、菅原 勇です!」


 と言う事で、カッパラァ先輩とは仲良くなれた気がする。

 まずは第一歩、社内で仲の良い先輩を作る。

 コレがあるかないかで、だいぶ違うのだ。

 何か困った事があれば、イザベラさんかカッパラァ先輩を頼ろう。

 そんな訳で、俺の実力を計る為の試合は終わった。

 本当に良かった、特撮ヒーローに憧れて色々武術を嗜んでおいて。

 かなりイフリートに助けてもらっているが、それでもここまで身体が動かせたのは元から鍛えていた影響が大きいだろう。

 ありがとうイフリート、ありがとう俺の筋肉。

 お前達は、とても素晴らしい。


「まぁ、何はともあれ……今度こそ、ちゃんと休め。スガワラ、貴様は此方に来てからずっと動き続けているからな」


「はい! 魔王様! 今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします!」


 そんな訳で、再び魔王様に向かって頭を下げるのであった。

 俺の異世界生活は、始まったばかりだ!

 めでたしめでたし。

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