第3話 理解者を作れ


 気が付けば、全てが朽ち果てた様な荒野に立っていた。

 周囲は炎に包まれ、崩れた建物などが視界に映る。


『問う、貴様は我に何を求める?』


 そんな声と同時に周囲の炎が集まり、目の前で大きな何かの形を作っていく。

 トカゲ……じゃなくて、翼が生えてるから竜って言った方が良いのか。

 本当に炎の集合体みたいな形をしているので、ハッキリとした輪郭は分からないが。


「求めるって……そもそもそっちはどちら様よ。しかし、でっけぇなぁ……」


『我は数千の時を生きた、古の竜。最後の生き残りにして、最大の――』


「えぇっと、プロローグスキップ……とかは無いのかな。んじゃぁ、名前は? 俺菅原 勇です」


『……』


 凄く、ゆっくり喋るのだ、コイツ。

 何かもうすげぇ長くなりそうなので、率直な質問を投げてみれば。

 相手は何故か黙ってしまった。

 だがしばらくすると再起動したのか。


『我は数多の戦場と、永遠とも言える長い時を――』


「ごめん、本当にごめんね? それスキップで。なんか色々語られても、異世界一日目なんだよね。全然分からないから、凄いよって語られても理解出来ないから。ごめんね? 名前は? それから聞きたい事は? それからココどこ?」


 魔王様に怒られてしまった可能性が高いのだ。

 早い所戻らないといけない。

 そんでもって、妙に身体がフワフワしている。

 なんか夢の中みたいに。

 だからこそ、現実ではなく“そういう空間”みたいなモノ……と考えれば良いのか。

 イザベラさんの話では、魔法とかある世界みたいだし。

 もう一回死にましたって訳では無いのなら、さっさと戻って魔王様にごめんなさいしないと。

 全くもってこれっぽっちも魔法の事は理解出来ないけど、目の前にいる炎の塊とか超魔法っぽいし。

 あくまで俺のイメージでは、だけど。


『ココは、我が記憶の片鱗……』


「あ、そちらさんの昔の記憶を見てる的な感じ? それで、何度もごめんね? 名前は? それから何を求めるってのは? 何かくれるの?」


『……イフリート』


「おぉ、ゲームやアニメなんかで出て来そうな名前だ。よろしくイフリート」


 うっす、と言う感じに片手をあげてみれば。

 目の前のデッカイ炎の竜も、チョイっと前足を挙げてくれた。

 なんだよ、可愛い所あるじゃないか。

 見た目は炎の化け物なのに。

 コイツもまた、なかなかに愛嬌がある様だ。


「んで、求めるってのは? 何か求めれば、叶えてくれるのか?」


『それはお前次第だ。我は以前勇者に手を貸し、その者は魔王に敗れた。その為この様な場所に封印されているが――』


「要約、簡潔に」


『貴様の求めるモノと覚悟を見せろ。我を使えるだけの人間なのか、証明してみせろ』


 だんだん俺の扱い方が分かって来たのか、イフリートとやらは率直な言葉をくれる。

 しかしながら、いちいち言葉が大袈裟なのでいまいちピンと来ないが。


「どうなりたいか、どうしたいか。んで、俺がどんな気持ちかって事で良いのかな」


『その通りだ。貴様のソレを、我に教示せよ』


 なるほどなるほど、雰囲気からして「勝ったら仲間になってやるよ!」的なイベントかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 その場合はマジで終わってたけど。

 俺普通の人間だし、炎の竜とかどうしろって感じだし。

 と言う事で、その場で正座してから姿勢を正し。

 相手にも座る様、ポンポンと地面を叩いて促してみせる。

 するとイフリートもデカい体を丸め、俺の正面に顔を持って来た。

 意外とあれだな、やっぱりファンタジー生物たちは可愛いんだな。

 イザベラさんもそうだし、コイツもなかなか親しみやすそうじゃないか。


「俺がファンタジーに足を踏み込んだら何をしたいか。それは俺が知る初代から語る必要がありそうだ」


『初代、とは?』


「もちろん、日曜朝のヒーローだ。そして俺がハマったゲームなんかも話す必要があるだろう……長くなるが、構わないか?」


『よかろう、お前の全てを聞かせろ。それから、貴様の記憶も見せてもらう』


「おぉ? つまり映像も俺の記憶から見られるって事? おっし! 任せておけ! お前にヒーローの醍醐味を叩き込んでやる!」


 と言う訳で、俺の知る格好の良い物語を声高らかに語り始めるのであった。


 ※※※


「スガワラが消えてから……三日か」


「はい、魔王様……未だにイフリートを封じた魔道具にも変化無し。コレはつまり……既に死亡した、と考えた方が良いのかと」


 クッと声を洩らしながら、思い切り拳を握り締めた。

 あの者は、我々の都合でこちら側に呼び寄せたのだ。

 だというのに、このザマは何だ。

 たった一日、ほんの数時間しか滞在していない人族を、私は殺してしまった。

 何やら妙に従順な様子を見せて来る為、最初こそ驚いたが。

 それでも、その後話している限り悪い者ではなかったのだろう。

 もしかしたら立場の違いなど超越した気安い存在になれるかもしれないと、淡い希望を抱いてしまう程。

 それくらいに、友好的な態度を示してくれたのに。

 よりにもよって、彼が宝物庫で最初に触れたのが……過去の勇者が使役していたイフリートを封じた魔道具。

 相当な恨み辛みが籠っているだろうソレに触れてしまった彼は、あの魔道具に取り込まれた。

 それからもう、三日も経ってしまったのだ。

 普通に考えれば、絶望的と言う他無いだろう。


「魔王様、そこまでお気にされる事ではないかと。所詮は人族、非常に脆い生物です。例え異世界人であろうと、たかが人族の一人。貴方様が気に留める事では――」


「メルナリア、それ以上喋るな。貴様の今の発言は全てが不快だ」


「ハッ! 申し訳ありません……」


 魔王軍幹部の一人、メデューサのメルナリア。

 頼りになる人物である事は間違いないが、些か口が過ぎる事が多い。

 恐らく彼女自身、そこまで人族を下に見ている訳ではないのだろうが。

 それでも私の前ではアレやコレやと虚勢を張る事が多い、というか固い態度を取る事が多い魔族。

 普段の行いなら見逃す所だが、今回は此方が呼んでしまった異世界人なのだ。

 彼の身の保証は、私が責任を持つべきだ。

 だからこそ、この結果は絶対起こってはいけない事例だったはずなのに。

 思わず大きな溜息を溢しながら、目の前に置かれたイフリートを封じた魔道具に手を伸ばす。


「魔王様! 何を!?」


「奴の領域に入り、私が相手をしよう。まだスガワラが生存していたのなら、この私が直接連れ戻して――」


 そういって手に触れた瞬間。

 キューブからは前回以上の炎が噴き出して来た。

 なんだ? コレは。

 数々の者がコレに触れても、こんな反応は示さなかった。

 スガワラが触った時でさえ、この炎は触れた者を包み込む様にして吹き出しただけ。

 だというのに、コレは……。


「魔王様! 危険です!」


「騒ぐな!」


 キューブから吹き出す炎はより勢いを増し、魔道具全体が脈打っているかの様。

 まるで卵から何かが生れるかのような、生命の息吹にも近いモノを感じる。

 コレは、いったい何だ? 何が起ころうとしている?

 ひたすらに混乱しながら、手に持ったキューブを覗き込んでいれば。


『ガァァァァ!』


 キューブが炸裂し、部屋の中を炎が包み込む。

 その中から現れたイフリートが、雄叫びを挙げながらビリビリと空気を震わせた。

 まさか、コイツの封印が解かれたのか!?

 誰もが警戒し、武器を構えている中で。

 炎がとある一点に集まっていくではないか。

 それはやがて人の形を作りあげ、そして。


「ふははははっ! やったぜ! 異世界に特撮ファン一号を作ってやったぜ!」


 炎の人型が、両手を振り上げながらよく分からない叫び声を上げる。

 やがて炎が収まり、その場に残ったのは……真っ赤な鎧の騎士。

 騎士……騎士で良いのか? 全身を包んでいるが、甲冑の部位が少ないと言うか何と言うか。

 少々特殊な見た目の赤い戦士が目の前に現れた。

 やけにガタイが良く、離れた位置からでもビリビリと感じる程の魔力を放っている。

 間違いなく、イフリートそのもの。

 だというのに、その鎧は。


「あ、すみません魔王様。勝手に品物触っちゃって。菅原 勇、ただいま戻りました! あとコレ、イフリートって言います! 力を貸してくれるみたいです! 俺貰っちゃって良いですか!? 超共感してくれたんですよ! コイツ話分かりますよ! 特にシャバドゥビの辺りとかドラゴン繋がりなのかテンション上がっちゃって――」


 誰しもポカンと見つめる中、彼は楽しそうに声を上げた。

 本人が言う様に、彼は私が異世界から呼び出したスガワラ……なのだろう。

 しかしながら、その身に纏っている深紅の鎧は……どう見ても、異常な代物ではあったが。

 それこそ過去の勇者が使役していた召喚獣、イフリートをその身に宿していると言われても納得してしまいそうな威圧感。

 私ですら苦戦しそうな魔力量を持ち合わせ、その姿はそれこそ本来の勇者そのものと言って良いのかもしれない。

 だというのに、彼は。


「えぇと、なんか凄くびっくりしてるみたいですけど……どうしました? あ、もしかしてコイツは使っちゃ不味い感じでしたかね? だとしたら……すみません。おいイフリート、お前色々あるなら最初に説明しろよ」


『知らん。そんな事より、早くラ〇ダーキックをやってみよう。こちらも色々と考えて、必殺技っぽくする術式を考えた。エフェクトも任せろ』


 ガンガンと鎧をぶん殴るスガワラは、完全にイフリートと友好関係を築いている様に見える。

 しかもその上で、以前同様此方に従う姿勢を見せているのだ。

 これはまた……凄い事が起きたな。


「スガワラ……お前は未だに、私に従う気はあるか?」


 ここまでの力を手に入れたのだ。

 それこそ今の魔王軍に対し、対抗出来る力を手に入れたと言っても良い。

 この力を振るい、我々を滅亡させると言うのならコチラも抵抗する他無いが。

 このまま仲間になってくれると言うのなら、喜んで迎え入れよう。

 全ては相手の返答次第。

 誰しも唾を飲み込み、深紅の鎧を眺めていれば。


「ちょ、え……待って下さい魔王様! 勝手にあのキューブに触った事は謝りますから! 見捨てないで下さい! 初日でクビとか言われたら、もうどうして良いか! 全く知らない世界で急に放り出されても、俺間違いなく死にますって! ちゃんと働きますから、イフリートも俺に協力してくれるって言ってますから! お願いしますから捨てないで下さい! 魔王様万歳! 俺今日から魔王軍!」


 彼は、えらく慌てた様子で私に向かって頭を下げた。

 もっと言うのなら、デカい声を上げながら軍への入隊を希望していた。

 なんともまぁ……異世界人とは皆こうなのか?

 人族は、こういう者達を何人も呼びながら……よく制御出来るな。


「では改めて、スガワラ イサム。貴様を魔王軍幹部に任命する」


「サーイエッサー! って、え? 幹部? いきなり幹部なんですか俺!?」


 それだけの魔力を放ちながら、何を今更。

 とは思ってしまうが、本人はあまり自覚が無い様で。

 随分と喜びながらペコペコと頭を下げて来た。

 更には。


「えぇ~と、幹部? の皆様、本日付けで魔王軍幹部になりました、菅原です! 今後ともどうぞ、よろしくお願い致します!」


 ビシッと仲間たちに挨拶をかます赤鎧。

 だが、まぁ何と言うか……色々と教える事は多い様だ。

 異世界人だからな、仕方ないとは思うが。

 普通は王の前で背中を見せ、お辞儀と共に尻を突き出して来る馬鹿は居ないぞ。

 そんな訳で、本日。

 我が魔王軍に新たな一員が加わった。

 異世界人、スガワラ イサム。

 能力は未知数だが、その身に宿すのは過去の勇者が使役していたイフリート。

 その象徴とばかりに真っ赤な鎧を身に纏い、放つ魔力は幹部クラスと同等以上。

 本当に、異世界人とは分からないモノだ。

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