第2話 特異性


 その後長い時間を掛けて、イザベラさんからお話を伺った結果。

 全てを信じるのであれば、ココは本当に異世界というものらしい。

 凄いね、びっくりだ。

 あんまりそっち系の小説とか漫画とか読んでこなかったけど、アニメでいくつか見た事はある。

 アレだよね、チートって奴が貰えるんだよね?

 他の人には無い凄い力とか手に入って、冒険に出たり仕事したりするんだよね?

 そう確認を取ってみたが。


「人による、としか。確かに人族に呼び出された者は、様々な補正が掛かっている事が多いようですが……すみません、魔族側で呼び出したのはコレが初めてでして……」


「あ、分からない様でしたら大丈夫ですよ。初めてじゃ仕方ないですよね、御心配なく」


「すみません本当に……ご迷惑ばかり」


 イザベラさん、多分良い人。

 物凄く申し訳なさそうに、何度も何度も頭を下げてくれた。

 ちなみに、少し前に言われた通り俺は元の世界では死亡しているらしい。

 死因は? と聞いてみたが、そこまでは分からないとか。

 しかしよく思い出してみれば……あの、なんて言うの?

 デパートの屋上とかで、有名人を呼んだりヒーローショーをやっていたりするイベント。

 その日は仮〇ライダーのヒーローショーをやっていたので、俺も現地に向かおうとウキウキで歩いていた記憶がある。

 そういうの、大好きなので。

 そんでもって建物に入ろうとした所で上から悲鳴が聞こえ、思わず屋上を見上げたその時。

 視線に映ったのは、落下して来たスマホだった。

 その記憶が最後。

 つまりアレだろう、屋上から誰かがスマホを落としたんだろう。

 それが顔面に突き刺さった的な。

 あぁ~……ひでぇ死因だわ、ホント。

 屋上の隅は危険だからね、あまり近づかないでね。

 例えフェンスとかあっても、落とした拍子に空中キャッチに失敗して吹っ飛ばすとか普通にあるから。

 自撮り棒とかの可能性もあるが、そんな所でスマホ振り回すとか論外だから。

 俺みたいに死んじゃうから、止めてね?

 と言う事で、ヒーローショーを見る事も出来ず死んだ俺は。

 なんとなんと異世界召喚されただけではなく、呼ばれたのは悪役側。

 所謂魔王軍、そこに居る人達は“魔族”や“魔人”と呼ばれているんだとか。

 そんでもって人間……こっちでは“人族”って言うらしいが。

 そっちではちゃんとした勇者さんが呼ばれているとの事。

 ほぇぇ、そりゃすげぇ。

 普通の話だったら悪役になっちゃったみたいな感じか。

 もしや俺もその“魔族”って奴になっているのかと、体中触ってみたがコレといって変化なし。

 角も尻尾も生えていなかった。


「ちなみに、この場合俺は何をすれば良いんですか? その勇者と戦ったりするんですかね?」


「あぁ~えっと、今の所未定というか……」


「というと?」


「人族が使える術式なのに、我々魔族が使えない訳が無い~って……その、幹部の一人が言い出しまして」


「あぁ、なるほど。お試しでやったら出来ちゃった的な」


「本当にすみません……」


 だそうです。

 どうも、異世界魔族側試供品の菅原です。

 とか呑気で居られるのは、まぁ死んだんだろうなぁって記憶があるから。

 ある意味復活させてもらった様なモンだしね。


「ちなみに、人族? がどうとか言ってますけど、俺もソレに含まれるんですよね? 魔王軍的にソレはありなんですか? あぁでも、イザベラさんも同じですもんね」


「え? 私は人族ではなく魔族ですよ?」


「いや、どの辺が?」


 うん、どっからどう見ても人間ですけども。

 さっきのコスプレ……じゃないのか。

 広間に居た人達に比べれば、何処からどう見ても人間ですが。

 ちょっと失礼かもしれないが、彼女の体をジロジロと眺めていれば。


「ホラ、コレ。分かります? 牙が普通と比べて長いでしょう? それから、よいしょっ」


 何やらドレスの背面の紐を緩め、腰辺りの肌を晒したかと思えば。

 ピョコッと、小さくて黒い蝙蝠の翼みたいなのが出て来た。

 あら可愛い、パタパタしてる。


「なるほど、サキュバ――」


「吸血鬼です」


「失礼しました!」


 どうやらこの人、ヴァンパイアだったらしい。

 めっちゃ色白なのは、それが原因なのか。

 いやぁ、にしても羽小っちゃいなぁ……これで飛べるのだろうか?

 流石に無理か、掌より小さいサイズじゃ。


「羽、ちょっと触って良いですか?」


「え? あぁ~そうですよね、気になりますよね。どうぞ、面白い物ではないですけど」


 と言う事で、少々失礼して。

 触れてみれば、確かに作り物ではないと分かる。

 なんかちょっと温かいし、ピコピコ動いている。

 うん、可愛い。

 意外と俺って、こういうファンタジー系の人種が好きなのかもしれない。

 嫌悪感とか一切無いし。

 ……ではなくて、話を進めよう。

 とは言っても、難しい世界観のアレやコレは後々ゆっくり聞けば良いとして。


「結局俺は、魔族側? に一人召喚された人族として、何をすればよろしいので?」


「何をすれば……良いんでしょうねぇ? 私達も検討中と申しますか……」


 ハッハッハ、そんな困った様に可愛らしい笑みを向けられましても。

 いや、本当に何も無いの?


 ※※※


「魔王様ぁぁ!? ちょぉぉっと、よろしいですかぁ!?」


「うわっ!? びっくりしたぁ……」


 イザベラさんの案内により、先程の広いお部屋に連れ帰って頂いた後。

 勢いよく豪華な扉を開いてみれば、玉座に座った魔王様がビクッと反応してから此方に視線を向けて来た。

 なんか思っていた以上に馴染みやすそうな反応が返って来てしまったけど、そこは突っ込まない方が良いんだろう。

 というか、アレ?

 俺が居た時は、周りにいっぱい人が居たのに。

 今では魔王様と執事みたいな人の二人だけだ。

 何やら資料を読んでいたらしく、さきほど驚かせてしまった影響でソレも床に散らばってしまったが。


「なんか、随分静かになっちゃいましたね? あ、拾うの手伝いますね」


「大丈夫だ、これくらい。皆は定時だからな、部屋に戻って休んでいる事だろう。して、どうした? もう体は大丈夫なのか?」


 若い! イケメン! 何か強そう! という三拍子が揃った魔王様が、おかしな事を言って来たではないか。

 定時、定時ですか。

 魔王軍にも、ちゃんとそういうのあるんですね。

 勝手な想像だけど、悪役ってそういうのルーズなイメージがあったのに。


「お陰様で、身体はピンピンしてます」


「そうか、なら良かった。食事は摂ったのか? 普段人族がココに入る事などまず無いからな、口に合わなかったら言ってくれ」


「あ、どうもです。食べたらまた報告しますね」


「あぁ、頼む。手間を掛けてすまないが、我慢して食べる様な真似はしなくて良いぞ? 口に合う物を提供する事を約束しよう」


 なんだか、凄く親切。

 失礼ながら、全然魔王って感じがしないんだけど。

 この人の方が俺なんかよりよっぽど主人公に見える。

 アレだ、乙女ゲーっていうんだっけ?

 女の子がプレイするゲームに登場しそう。

 その場合は主人公ではなく、お相手になってしまうのか。


「それで、どうした? イザベラから話は聞いたのだろう? 何かしら文句の一つでも思いついたか? 普通はこういう時、元の世界に戻せと言い出す者達が多いそうだからな」


 少々自虐的な笑みを浮かべながら、眉を下げた魔王様が微笑みかけて来た。

 なぁんかもう、あれですね。

 皆揃って申し訳なさそうにするものだから、文句とか全然出てこないんですよ。

 むしろ「いやいやこちらこそ」とか言いたくなってしまう。

 とはいえ、お互いの為にそういうやり取りばかりでは良くない。

 簡単に言うと疲れてしまう。

 相手方は既にお疲れの御様子なのに、これ以上気疲れさせてしまっては駄目だろう。

 そういう接待しあう雰囲気とか、正直苦手なので。


「魔王様、仕事貰えないですか?」


「……本当に不思議な奴だな、働きたいのか? 此方の都合で勝手に呼び出し、しかも人族はお前一人。環境に馴染めないのなら、人族の街に送り出す事も考えていたんだが……それに、ココの環境に馴染めるのであれば、ずっと楽して暮らしても良いんだぞ? それくらいの保証はするつもりだ。貴様の許可を取った訳でもなく、連れ去って来た様なモノだからな」


 ザ、ホワイト。

 食っちゃ寝のニート生活でも、ちゃんと保護してくれるらしい。

 でもね、これまで忙しく働いて来た社会人な訳で。

 明日から仕事しなくても給料あげるよって言われたら喜ぶけど、毎日が休日になったら多分数ヶ月もしないで飽きると思う。

 こっちでは特撮モノとか観る事も出来なそうだし。

 筋トレくらいしかやる事が無くなってしまう。

 人間何かしら目的を持ち、毎日動いて、そんでもって休日を謳歌するって方が健康的なのだ。

 前の会社も、休日だけはしっかりしていたし。

 小さい中小企業だったからか、社長ですら「しっかり休め、休日は楽しめ、趣味には全力になれ。そこに金を使う為に勤務時間内はちゃんと働け」って言ってくれていたし。

 いやぁ、今思い出してもかなりホワイトだったなぁウチの会社。

 確かに忙しかったけど、かなりキッチリしていたと思う。

 と言う事で。


「平日は動いてないと、逆に鈍っちゃいそうで」


「確かに、肉体としては素晴らしいモノを持っているな」


「あ、分かります? これでもヒーローものとか好きで、ジムとかで鍛えてたんですよ。スーツアクターにも憧れてたんですけど、そういう求人とかなかなか出て来なくて。やっぱり専門学校とか出ないと就職出来ないんですかね」


「ふむ? よく分らんが、身体を動かすのは得意だと言う事か?」


 何やら此方の話に興味を持ったらしい魔王様が、俺の元に近付いて来て腕をムニムニ。

 これはアレか、肉体を見たいのだろうか?

 であれば。


「はい! マッスルポーズ! どうです?」


「ほぉ、なかなかどうして。綺麗に鍛えてある、バランスも良い。ちなみに、戦闘経験などは?」


「そっちは流石に、平和な国だったんで。でも空手とか柔道とかのスポーツは大体経験済みです、警察官とか自衛隊にも誘われた事ありますよ」


「う、うん? これまた良く分からんが、戦闘経験は無し。と言う事で良いんだな?」


 そんな訳で、しばらく語り。

 こんな事が出来ます、コレはやった事がありますとアピールした結果。


「急に戦場へ赴けという指示は絶対に出さない、まず間違いなく貴様が死んでしまう。だがお前がいずれソレを望むのなら……武器を与えよう」


「おぉ! 武器! 格好良いのが良いです!」


 正直、殺し合いがしたい訳ではない。

 しかしながら、特撮とかを見ていた影響で“戦い”に関して憧れはかなり強い。

 そしてこれでも男なのだ。

 本物の武器とか言われたら、テンション上がるに決まっている。


「フフッ、勝手に貴様を呼び出してしまった謝罪の意味もある。宝物庫から好きな物を選んで良いぞ? そこらの兵士と同じ物を与えて放り出したりしないから安心しろ」


 話している内に、向こうも向こうで俺に馴染んで来たのか。

 結構気安い感じで宝物庫とやらに案内してもらう事に。

 俺達の後ろから、イザベラさんと執事の人も付いてくる感じになったが。

 とはいえ、これと言って気まずい空気にはならず。


「おぉぉ! すげぇ!」


「コレは私の趣味を詰め込んだ様な部屋だ、好きな物を選ぶと良い」


 案内してもらった部屋には、数々の物品が並んでいた。

 入り口付近には、それこそ金銀財宝。

 宝石やらなんやらもゴテゴテと積み重ねてあったり、ちょっと可愛らしいアクセサリーの様な物が大事そうに飾ってあったり。

 もしかして魔王様、結構可愛い系が好きなのだろうか?

 なんて事も思ったが、そんな物はフェイクだと言わんばかりに。

 奥に行けば行く程、様々な武器や鎧が並んでいるのだ。

 ちなみにいうと、どれもコレも滅茶苦茶高そうな見た目をしている。

 そんでもって、流石はファンタジー。

 見た事も無い形の武器や、キラッキラの宝石がくっ付いた杖なんて物まで並んでいるではないか。

 えぇぇ、ちょっと悩んじゃうなぁ。

 どうせならこう、珍しい感じの武器とか触ってみたいし……。


「いわく付きの品も多い。説明はするから、安全の為触れる前に一声掛けて――」


「魔王様、この赤いルービックキューブみたいなのも武器なんですか?」


 武器の棚に並んでいた小さなソレをヒョイと持ち上げてしまった瞬間。

 魔王様が真っ青な顔で此方に手を伸ばして来た。


「今すぐ手を放せ! ソレに素手で触れては――」


『試練を開始する』


 彼の到着よりも早く、手に持ったキューブから随分と低い声が聞こえた。

 更にはブロックの間から急に火を噴き始めたではないか。

 いやいやいや、もしかしてコレ手榴弾的な代物!?

 思わず手を放しそうになったその瞬間、溢れ出した炎が俺の事を飲み込むのであった。

 菅原の異世界生活、ココに終わる。

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