イフリートと契約したおじさんの、異世界変身ヒーローごっこ。※但し魔王軍所属

くろぬか

一章

第1話 転生先は、魔王城


「目覚めろ、異世界人」


 男にしてはやけに高い声……というか青年の様な声が聞こえて来て、慌てて起き上がってみれば。

 そこは俺の知らない場所だった。

 豪華な内装は、まるで物語に出て来るお城の様にも見える。

 しかしながら些か明かりが少なく、全体的に薄暗い環境の中。

 俺の周りには複数人の……なんだろう?

 人型ではあるんだけど、妙な姿をしている方々が立っておられる。

 それこそRPGとかに出て来そうな恰好をしていたり、頭から角が生えていたりと。

 もしかして、コスプレ会場だろうか?

 俺としてはファンタジーより特撮の方が好きなので、出来ればそっちの会場で目を覚ましたかった。

 とはいえイベント中に俺みたいなのが広間のど真ん中で転がっていれば、皆こうして覗き込んで来るだろう。

 だからこそ、不思議はない。

 そして、レイヤーさん達の更に向こう。

 まさに玉座とも言える様な、豪華な椅子に腰かけているのは。


「起きたか……気分はどうだ? 身体に異常はないか?」


 王様コス……なんだろうか?

 俺より結構若そうな男性が、とても偉そうに脚を組みながら此方の事を眺めているではないか。

 彼の格好もまた、何処からどう見てもコスプレイヤー。

 凄いぞ、何だこの空間。

 ちょっと興奮してきた、俺も衣装レンタルとか出来ないだろうか。


「おい、貴様。魔王様の問いに答えろ」


 近くに居た一人が、そんな声を掛けて来た。

 待て待て待て、今なんて言った?

 魔王様って言った? そういう設定も大事にするイベント会場って事か?

 よし、であればノッてやろうじゃないか。

 こういうイベントは初めてだし、参加した覚えも無いが。

 普段は会社とアパートを行き来して、休日には大好きな特撮やゲームを楽しんだり、ひたすら筋トレするというしがない社会人。

 楽しめる時には、思い切り楽しまないと損だ。

 それは大人になってからヒシヒシと感じていた事。

 大人こそ、遊べる時には本気で遊ばないといけない存在なのだ。

 そうしないと、休日はあっと言う間に過ぎてしまうのだから。


「これは大変失礼いたしました、魔王様。不肖ながら、ワタクシ“菅原すがわら いさむ”。御身の前に只今参上いたしました」


 コレでどうだとばかりに、ズビシッと起立してから改めて膝を折ってみれば。

 相手からは「お、おう……」という中途半端な反応が返って来てしまったではないか。

 おや、もしかして間違っただろうか?

 なんかそういうノリなのかなって思ったんだけど……何だから周りの人達も困惑した様な雰囲気だし。

 あちゃぁ……場をシラケさせてしまったかも。

 新参者が出しゃばり過ぎたか?

 とか何とか、内心焦り始めていると。


「と、とにかく……其方も急な呼び出しで混乱している事だろう。まずは休め、それから事情を説明しよう。イザベラ、頼めるか?」


「はい、魔王様」


 玉座? の隣に立っていた女の人が、此方に向かって歩いて来た。

 そして俺の前に屈んでから。


「初めまして、スガワラ……イサム様? で、よろしいのでしょうか? イザベラと申します。しばらくは私が貴方の世話係を務めます。急に“こちら側”に呼び出してしまった事、まずは謝罪致します。ですが今は、魔王様の言う通りお休みになってからの方がよろしいかと」


 わぁ、すげぇ美人。

 長い黒髪も赤いカラコンの瞳も綺麗だ。

 ちなみにセクシーなドレスみたいなのを着ているが、コスプレにしては物凄くレベルが高い。

 材質とかは良く分かんないけど、マジで高そうなドレスだ。

 というかやっぱりさっきのノリで合ってたんじゃないか?

 周りもそんな雰囲気だし、今更「どうもどうも~」みたいな態度に切り替えるのは愚策と見た。

 と言う訳で。


「感謝致します、イザベラ様。私の事は、菅原でも勇でもお好きな様にお呼びください」


 スッと立ち上がり、右手を差し出してみれば。

 彼女は少々困惑しながらも、俺の掌を掴んでくれた。

 よし、今度は正解だった様だ。

 あと……指細っそ!

 女性と握手する機会などほとんど無いので仕方ないかも知れないが、ちょっとドキッとしてしまった。


「あの……失礼ながら、お尋ねしても?」


「えぇ、なんなりと」


 ニッと満面の笑みを返してみれば、彼女は更に疑わし気な瞳を此方に向けてから。


「随分と慣れている御様子ですけど……もしかして、その。初めてでは無い、とか言います? 大抵の方は困惑するという話と言いますか、私達を見ても驚かない所を見ると……経験豊富な方だったり? もしくは二度目とか」


「いいえ、バリバリの初めて童貞です」


 急に何てことを聞いてくるんだこの女性は、立場が逆なら間違いなくセクハラ発言だぞ。

 というかもしかして、お世話ってそう言う意味なのだろうか?

 俺は気づかぬうちに、そういう風俗にでも入ってしまったのだろうか?

 もはや色々と困惑しながらも、相手の反応を待っていれば。


「まぁ、良いでしょう。休んだ後に、色々とお話を聞かせて頂きます」


「や、休んだ後に……了解しました」


 色々と高ぶらせながら、俺は彼女に続き薄暗いながらも高級なお部屋を後にするのであった。

 廊下に出てみれば……うわぁすげぇ。

 あの部屋だけが豪華だった訳ではなく、本物のお城みたいだ。

 風俗? なのかは分からないけど、そういう施設は訪れた事が無かった為驚きの連続。

 すっげ、金掛かってんなぁ……。


 ※※※


「コチラの部屋をお使いください。何か御用がある様でしたら、そこのベルを鳴らせば、給仕の者がすぐに――」


「え、他の人が来るんですか!?」


「……え、はい? あぁ、もしかして私の方が良いですか? もしくはあまり眠くはないとか?」


「それはもう!」


 聞いた事がある、こういう場所での所謂“指名”。

 多少お金が掛かっても、コレをやらなかった場合は地獄を見ると会社の先輩が言っていた。

 これ程の美人が目の前に居るのだ、だからこそ御指名をお願いしたい所なのだが。


「まだ警戒しているという事ですかね……それも当然でしょう。分かりました、ではさっそく始めましょうか」


「初めてなので、出来ればゆっくりと……」


「えぇ、お任せください」


 いよしっ! コレは勝った!

 人生勝ち組といえる相手に、初めてを捧げられる! とか馬鹿な事を考えていれば。

 彼女は、何故か此方に書類の束を渡して来た。

 ……ありゃ? もしかして店の利用説明とか契約書だろうか?

 はて、と首を傾げながら書類に目を通してみれば。


「ではまず、この世界の説明から――」


「ちょ、ちょっと待って下さい! 読めません! コレ何語ですか!?」


 書類に書かれている文字列は、俺が知る限り見た事も無い形をしていた。

 え、あれ? もしかして日本ですらない?

 いやでも言葉は通じるし、これもロールプレイの一環?

 だとしたら存在しない文字が出てくるのも分かるけど、こんな量を作るのは大変だ。

 ペラペラ捲って見ても、全部違う事が書かれているみたいだし。

 ひたすらに首を傾げながら、彼女の事を改めて見つめていれば。


「なるほど……そうか、そう言う事もあるんですね。勇者召喚では言葉は勿論、文字だって読める様になるという話でしたけど……何か術式を間違った? えぇぇ……不味いなぁ、魔王様になんて言い訳しよう……というか昨日徹夜で作った書類が全部無駄って、えぇぇ」


 俺以上に、彼女の方が混乱している御様子だった。

 すまない、状況が理解出来ない。

 結局ココは何処なんでしょうか。

 あと、そこらの風俗では無いと言う事は理解しました。

 ちょっと残念だけど、そっちは諦めます。

 なので、出来れば状況説明を……。


「えぇと、こうなっては致し方ありません。全て口頭で説明しますね? まず、ココは貴方の住んでいた世界ではありません」


「はぁ」


「人族が使用する“異世界人を召喚する魔術”というモノを、此方側。つまり魔族側でも使用した結果、呼び出されたのが貴方だという訳です」


「はぁ」


「急に呼び出されて混乱しているのも分かりますが、残念ながら元の世界にお帰しする事は出来かねます。なんたってこの術式は、死者の魂をコチラの世界に呼んで、肉体を再構成するという術式になりますので」


「はぁ」


「えぇと、ちゃんと聞いていますか?」


「はぁ……まぁ、はい。なんか、凄い設定ですね?」


「ハァ……人族の国って、この状況を最初どうやって説明してるのよ……というか納得させられるモノなの? コレ」


「はぁ」


 なんかもう、良く分からないけど。

 異世界転生的なファンタジーで良いんだろうか?

 そういう、ロールプレイ?

 とりあえず読む事の出来ない資料をお返ししてみれば、彼女は物凄く悲しそうな顔でソッとバッグへと戻していくのであった。

 えぇ~と、何と言うか……ごめんなさいね?

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