第6話 『滝壺のはにゅり』(原題:『滝壺のへにょり』)



 昔むかしの話である。

 偉大なる魔法猫ファルカは、とある滝壺の前にいた。

 猫というのは総じて水が苦手な生き物であり、それは魔法猫といえど逃れえぬ宿命のようなものだった。しかしながら猫が魚の類を好む性質というのもまた真実であり、それゆえ魔法猫という生き物は自らの食の嗜好について常々思い悩むのである。

 猛烈に魚を食いたい。

 でも水には触れたくない。

 相反する二つの気持ちを抱えつつ、魔法猫は滝壺に魚網を投じた。魔法の力で大きさを変えた魚網はそれこそ滝壺のほとんどを飲み込むほどに広がり、そこに棲むものを根こそぎ捕らえてしまう。


(外道がかかれば逃がしてやるのである)


 そんな軽い気持ちでファルカはぐいぐいと投網を引き寄せる。魔法の力で引き寄せているので、たとえ乱暴なオオトカゲでも逃げ出すことは出来ない。網にはじたばたと何事か暴れる手ごたえがあったので、おおこれは大物がかかったのであるぞと考えたファルカは網を手繰り寄せる力をますます強めるのである。

 じたばた。

 ぢたばたばたばた。

 水面が揺れる。網を一気に引き寄せたファルカが見たものは。


「……はにゅり」


 謎の言葉を発して意識を失う水の精だった。





 岸に揚げられた水の精は、水神の見習いであると告げた。


『その割には溺死寸前のようだったである』

「ううううっ」


 ファルカの指摘に水精は涙を流す。

 聞けば偉大なる水神の一柱に素質を見込まれた彼女は様々な修行を受けているのだという。


「……でも、料理を作ると毒みたいな代物になってしまうし、魔法よりもハンマーで天罰下す方が得意だし、正直言って水精の仕事に向いていない気がするんです」

『それはまあ、人には向き不向きというのが』


 あるのかもしれないのであるが。

 それにしても水精が溺死しかけるのは問題なのである。


「だって、滝の水圧ってホント洒落にならないんですよっ。いくら神通力を高める修行でも物事には限界があるんですっ」

『まあ見込まれてしまったのが運の尽きということで、修行頑張るのである』

「逃がしません」


 がしっと。

 水精はファルカの尻尾を掴んでにっこりと微笑んだ。


「一緒に滝に打たれましょうよ、うふふふふふふふふ」

『世間一般では、そういうのを何と呼ぶのか知っているであるか?』


 ぴたりと水精の動きが止まった。


「なんて言うのです?」


 興味を示したのか水精が尻尾を掴む手を放す。その隙にファルカは腰より引き抜いた白銀の短剣を魔法のハリセンに変え、身体ごと捻るようにして水精を叩く。顔面にハリセンの直撃を受けた水精は、きりもみ回転しながら滝壺に頭から突っ込んだ。


「はうはうはうはうはうはうはうっ」


 想像を絶する滝の圧力に、滝壺の下で這いつくばる水精。ファルカは網に捕らえていた魚を放し、荷物をまとめ始める。


『それではサラバなのである』

「あああああっ、せめてさっきの答えを教えてくださいいいいいっ」


 滝に押しつぶされないよう必死になって叫ぶ水精、しかしファルカは聞こえないふりをしてその場を去った。





 以来。

 この地では今でも滝壺あたりから水精の悲鳴が聞こえるという。人々はこの水精を【滝壺のはにゅり】と呼び、逃げ出してくる水精を見つけては滝壺に送り返しているという。


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