第4話 二人目



「ただいま」


 およそ十一時間後、彼は帰ってきた。


「おしっこ漏らした?」


 図星だ。

 いま私のズボンには黄色の液体が染み込んでおり、軽く臭い匂いがする。それと同様に私のズボンの中には黒いコロコロとした臭い個体も入っている。つまるところ、トイレに行けなかったのだ。


「これは……マジでごめん」


 普通に謝ってきた。


「俺は誘拐初めてだから、トイレのこと何も考えてなかった」


 誘拐初めて自体、パワーワードなんだけど。まさか複数回やろうとしてたのかな。


「すぐにシャワー浴びよう」


 と、すぐに首の鎖を外され、そのままお風呂へと向かう。


 そしていつもの通り彼に裸を見られながら彼に体を洗われる。その過程でズボンに染みついたうんこを見られた時は恥ずかしすぎて死ぬかと思ったし、屈辱だった。


「新聞買ってきたから読め」

「これは……巨人が阪神に3対0で勝つ?」

「違う!」

「これは……柳沢八段、王将戦挑戦決定?」

「わざとだろ」


 こんな暇な状態が続けばふざけたくもなる物だ。


「市内の女子高生失踪、誘拐の可能性あり」

「やっと答えてくれたか」

「ええ、つまり今私は捜索されているってことよね」

「ああ」

「何故これを私に?」

「お前にも希望を与えようと思ってな」

「あなたが捕まるという希望ですか?」

「ああ、そうだ。だが、俺はあくまでも捕まる気はない」


 そして彼は別の部屋に行ってしまった。



 三日目。私はトイレに拘束された。理由は明確であろう。今日は漏らしたりしないようにだろう。こんなことをするのなら素直に拘束を解けばいいだろうと今日は特に思う。

 これにより寝転がれないし、時計も見れないし、もし仮にウンチが出た場合、おしりをふけない。確かにシンプルに漏らすことを考えればこちらの方がいいだろう。だが、どうしても暇度は上がる。


「ただいま」


 今日も帰ってきたようだ。一人の娘を連れて。


「お土産だ」


 と、手足が拘束されている少女……おそらく十一歳くらい? を連れてきた。二人目の犠牲者だろう。


「悪いな。暇にさせて。だが、話し相手がいたら暇は減るだろ」

「あなたはサイコパスですか!?」

「なぜだ?」

「私の暇を何とかするために別の子をさらってきたという訳でしょ!」

「ああ」

「馬鹿なんですか?」

「馬鹿ではないさ。それに俺も複数人家族がいたら楽しいかなと思ってさ。あれ? 嫌だった?」


 うん。この人はもしかしたら人間の基本的な道徳観が欠如しているのかもしれない。私の拘束を外さないのもそうだ。外すリスクよりも私の苦しみを取ったのだろう。


「まあよろしく頼むよ」


 と、少女の首にも首枷をはめた。


「俺は向こうに言っておくから何かあったら言ってくれ」

「待って! この子は返して。私が何でもするから。お願い!」


 だが、彼は何も言わず向こうに去って行った。明らかにもう一人さらったほうが足がつく可能性は高くなる。私のためと言うが、拘束は外さずに、会話の相手を作るという選択をしたのか本当に謎だ。


「ひっぐひぐ」


 泣いている。無理もない。誰だって怖い。


「よしよし」


 よしよしするための手はないが、とりあえず寄り添う。


「なんでなの? 私は、私は、うわあああああああああん」


 落ち着く様子はない。彼女の涙が頬を伝う。そして彼女は腕をガチャガチャとさせるが、腕は動く気配などない。

 私に何かできることがあったらいいのだが、今の現状を癌が見ると、やはり、見守るしか出来ない。


「私はあなたの味方だからね」


 と、泣いている彼女に言う。相変わらず泣いているので、聞こえているのかは分からないが、もし聞こえているのならば気休めにでもなればいい。

 そして彼女が泣き止まないまま、食事の時間になった。


「お前まだ泣いているのか。仕方のないやつめ」


 と、彼が彼女をよしよしとする。泣かせてるのはどう考えてもあなたなんだけど。


「とりあえずご飯食おうぜ」


 と、カレーを一口ずつ彼女と私に食わせる。


「おいしい」


 と、一言。おいしいのは事実だ。悔しいことに彼は料理が上手い。まあまずくても困るんだけど。


「……」


 少女は無言で一口ずつ食べている。何も言わずに。

 彼女の頬にはいまだに涙が伝っている。大声は泣いてないが、未だに涙は止まってない。


「ねえ、涙拭ってあげた方が良いんじゃないの?」

「ああ」


 彼は気づいたらしく、涙を拭う。


「……」


 彼女は無言でそれを受け入れる。そしてそのまま無音の空間は続き、食事の時間が終わり、二人きりになった。


「ねえ?」


 食後二十分程度経った頃に意を決して彼女に話しかけた。


「……」

「名前教えてくれない? 私は佐々木美優。貴方は?」

「……優香……」



 名前を教えてもらえた。一歩進んだ。だが、名前を教えて貰ったとはいえ、彼女……優香は俯きながら泣きそうな顔をしている。

 私自身も少し不安なのに、優香は尚更だろう。この状態の彼女をどう安心させられるのだろうか。まあそもそもあいつが悪いのだけど。

 そう言えばあいつの名前知らないな。あとで聞いておくか。


「あなたは、どういう経緯でここに来たの?」

「……帰り道でさらわれて」


 おかしいなあ。小学生の帰り道。一目が付かない場所に出るはずはないんだけど。何かあったのか?


「そう」


 ただ、それに言及するのは良くない。


「私は家に入る直前にさらわれたの」


 そう、やはりあいつは大胆な手口すぎる。それも今警察に捕まっていないのがおかしいくらいに。だから解放の日はそう近いはず。


「まあ私たち仲良くしましょう。二人ならば楽しく会話しましょう」

「……うん……」


 やはり不安は消えないか。仕方がない。少しずつだ。


「私あなたの趣味が知りたい。何が好きなの?」

「遊ぶことと、運動すること……です」

「そう……」


 話題選び間違えたかなあ……。まあいいや。


「私はさあ、漫画を描くことなんだよね。趣味はさ。今少し書き始めてるところだからそれをかけないのつらいの」

「お姉ちゃんも今しんどいんだね」

「うん」

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