第21話 新しい学校

 引っ越し後、すぐに、新しい学校での日々が始まった。



 新しい学校、鳩さんも茂もいない学校、寂しい感じがする。ああ帰りたい。でも、ここから栃木県までは遠いなあ。もう帰れないのかな、もう会えないのかな?


「転校生の夏目愛香さんです」


 そう、先生に紹介される。周りの注目の視線を感じて若干気まずい。


「じゃあ、席は藍川十和子さんの隣で」

 そして私は死んだ目のまま藍川さんの隣の席に座る。

「あ、これからよろしくね」

「う……うん」


 そう、愛想笑いで返した。


 私はどう会話をしたらいいのかわからない。そう言えば私は人と話すのが苦手だった。茂や鳩さんと一緒に話すことが増えたから忘れていたが。

 こういう時に茂や鳩さんがいたらいいなと思うが、今は私の力で切り開くしかない。


 幸い、私が鈴村隆介の子どもであることはばれなかった。今の苗字はお母さんの旧姓である夏目になったからと言うこともある。

 たまにあの刺傷事件の話が聴こえてくると、少しびくっとなってしまうが、それだけだ。もし何か言われたとしても、私の知り合いが亡くなったとでも答えたらいい。


「ねえ」

「は、はい」


 数日たった時に藍川さんに話しかけられた。変になってないか心配だ。


「話そうよ」

「え?」

「ご飯食べながらさ」


 私は昼食を彼女と取ることになった。うぅ、どうしてこんなことに。どうしてもあの事件のことがあるし、私は人としゃべれるのか不安だ。


「前はどこに住んでたの?」

「えっと、滋賀に住んでたんだけど、お父さんが亡くなったのを機に、お母さんの実家のある栃木に引っ越したの」

「なんか悪いこと聞いちゃったね」

「いやいや」


 正確には死んだんじゃなくて、これから死ぬだけど。たぶん死刑、良くて終身刑だと思うし。


「それで、なんか死んだ目をしてるの?」

「これは違うくて……」

「ん?」

「私元々陰キャだったから」

「へー。陰キャね。……そんなこと気にしなかったらいいのに」

「え?」

「だってさ、それ誰かが決めたものでしょ。よし決めた。私愛香ちゃんと友達になる」

「ええ?」

「だって、面白そうだし」


 そして、私はどうやら藍川さんの友達になることが確定したらしい。無理やりだあ。

 茂の時もそうだったけど、私はやっぱり面白い人なのだろうか。


 だが創造とは違った。最初は怖かったが、藍川さんがいい人であることはすぐに分かった。茂や鳩さん、雅人君みたいないいひとだ。本当にほっとする。こんな私と友達になってくれる人がここにもいるなんて。


 そして友達になってから二週間たったころ、一緒にお出かけすることになった。場所はハンバーガー屋さんだ。


「はあ、美味しい」


 私はチーズバーガーを食べる。


「おいしいよね。やっぱりファストフード店って偉大だー」


 そう十和子は言った。幸せそうな顔で。私も「ねー」と、返す。

 こんなに安い値段で満足に食べられるなんて、こんないい店はない。

 十和子と一緒に楽しく話していると、隣から、声が聞こえた。


「あの刺傷事件の犯人はくそだな!! 何人もの人の人生を奪って」


 びくっとなった。私も無関係ではないし。でも、そのことを十和子に気づかれたくない。そう思い、気づかないふりを する。


 十和子が「どうしたの?」と訊いてきたので、「隣の声がうるさかったからびっくりした」と返した。


「本当、精神鑑定とかいらんからさっさと死刑にしてくれないかな。本当司法は何をやってるんだよ。弁護士いらねえだろ。もう死刑でいいんだよ死刑で」


 十和子には見せないように頑張ってはいるが、やっぱりいい気持ちはしない。死刑にしてほしい。それは私も同感だが、あんなのでも一応は私の父親だった人だ、私が言うのはいいが、他人が言うのはやっぱり許せない。


「どうせ、子ども屑に育っているだろうさ。だって、虐待されて育っているって言ってたし、それにくずの子どもはクズに決まってるしな」

「たしかにーははは」


 その言葉で私はノックアウトした。心臓が変な鳴り方をしている。これはストレスとは一概に言えない気がする。それとはまた別の感情、別の苦しみな気がして、もう十和子の前でも笑顔でいるのは無理になった。


「うぅ」


 私は腹を抱えて、その場に倒れてしまった。


「だいじょうぶ!?」


 十和子の声が聞こえる。どうやら私は失敗したみたいだ。

 ふと目を開けると、私は十和子に抱えられていた。


「うぅ、大丈夫」

「でも大丈夫には見えないけど」

「でも心配かけられないから」


 そして私は何とか立ち上がる。その間にも隣のおじさんたちは私の異変に何も気づいてないのか、そのまま話をつづけた。しかし、運のいいことに、


「移民はもう国に帰れと思うんだよ!! あいつらなんていらねえ。日本は日本のものだ」などという思想の強い話に変わったので、良かった。


 でも、私の心の傷は何も晴れてはいない。クズの子どもはクズ、私はクズ。その言葉がずっと脳裏で聴こえる。クズクズクズクズ、そう何度も反芻してしまう。


「クズ?」


 ああ、それも聞かれてしまった。もう、さっきの会話と結び付けられてしまっているのだろう。


 ああ、私は何をしているんだ。今ここにいる価値なんてない。そう思って家に走って逃げた。食べかけのハンバーガーをもって。


 家に帰って、ベッドに寝ころんだ。


 茂の電話番号をふと見つける。


 電話がしたい。でも、する勇気がない。


 どうしたらいいんだろう、私また自分をクズって思っちゃっているよ。ああ、私はだめだ。もうだめだ。明日どうせ学校に行っても十和子は私と口をきいてくれないだろう。私は友達とご飯を食べている時に叫んで店を出た異常者なんだ。


 本当、私は。


「ぷりゅりゅりゅりゅ」

 十和子だ。心配してかけてきてくれたのだろうか、いや、それは私が思いたいだけだ。どうせ私を攻める言葉が出てくるのだろう。「私だって恥ずかしかったんだからね」だとか、「あの事件の犯人の娘だったの? 最低」だとか、そう言われることをゆうに想像できる。


 私は出るわけには行かない。出るわけにはいかないのだ。


「愛香?」


 今度はお母さんが声をかけてきた。お母さんはあの時以来ほとんど問題発言をしていない。お母さんになら言ってもいいかな。

 そう思い、私の今日のことを聴いた。


「仕方ないわ」


 そう開口一番に言われた。慰めてほしかったのに。


「でも、どうせそんな人たちすぐに忘れるわ。大丈夫。しんどいのも二か月だけ」

「うん」


 そう聞いて少しだけ気持ちが楽になった。


「ごめん!!」


 次の日、学校についてすぐに十和子に謝った。昨日のことを、着信拒否したことを。


「え?」

「本当にごめん」


 十和子はあまりの私の熱量に若干引いていたが、それでも私は謝罪の言葉を伝えたい。


「それはいいんだけど。大丈夫だった?」

「大丈夫じゃなかったけど、今はたぶん大丈夫。昨日は本当にごめんね、急に飛び出してしまって」

「それは別にいいよ。愛香にもなりの愛香なりの事情があったんでしょ」

「……うん」


 十和子は本当にいい人だ。私を責めることなく、慰めてくれる。


「ありがとう、心配してくれて」

「いいのよ、別に」


 そう、十和子は微笑んだ。それを見て、私も少しほっとした気持ちになった。


「もし嫌だったらいいんだけど、昨日何かあったが教えてくれない?」

「え? うーん」


 話しても十和子なら嫌ったりしないだろう。でも、私は話す勇気が出ない。話さなければならないのに。


「じゃあ、私ももう訊かない。人にはいくつでも秘密があると思うから」

「……いや、」


 私は決心した。そのトワコのやさしさによって。


「話すよ」





「でも今じゃあ、周りの目もあるから、二人きりになった時でもいい?」

「うん。わかった」


 そして昼休み。私たちは二人で屋上に行った。私の秘密を打ち明けるために。


「じゃあ……話すね」


 そう言って息を吸うと吸った。そして、


「私のお父さんは鈴村竜介なの。知ってる?」

「……」

「あの人は私にひどいDVをしていた。何か嫌なことがあるたびに殴らせろなんていう親だった。私はそんなお父さんが本当に嫌いだった。でも、私はある時ある人に出会った。山村茂君っていう人。私の元カレ。茂は私にたくさんのことをくれた。笑顔、幸せ、普通の暮らし、お金、お茶の美味しさ、歌の歌いかた。もうたくさんのことをくれたの。最初は茂の片思いだったけど。だんだん私も好きになって、両想いになった。でも、そんな日にあの事件は起きたの。私のお父さんが電車で人を刺した。そして、その被害者に茂のお母さんも含まれていた。私は、それで、私のことを嫌いになったの。犯罪者の娘として。その後は、茂君に許されて、何とかなったんだけど、でも引っ越さなきゃいけなくなって、今ここにいる訳。長くなってごめんね」

「いや……だから昨日」

「うん。そう言う訳。嫌いになった?」


 嫌われる覚悟をもって今ここにいる。


「大丈夫!!」


 そう言って十和子は私を抱きしめた。


「大丈夫だよ。愛香は何も悪くない」

「ありが……とう」


 そう言って私も抱き返した。


「私、うれしかったの。十和子が私の友達になってくれて。前に言った通り、私茂と出会う前は友達いなくて、友達出来るのかわからなかったから」

「うん。愛香はいい子だから」

「ありがとう」

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