第20話 残酷な知らせ


(SIDE愛香)


「あ……いか?」


 どうしよう。会わす顔がない。私のお父さんのせいでこんなことになってるのに、そもそも私にはここにいる資格なんてないのに。


「私帰ります」


そう言って教室から出ようとした。会えるわけがない。


「ちょっと愛香! 待って!!」


 私の逃走は、鳩さんの手によって、あっさりと止められてしまった。


「愛香……」

「茂……くん」


 どうしよう気まずすぎる。帰りたい。もう、しんどいや。


「とりあえず、二人ともハグして」

「は?」

「え?」


 ハグして? って、え!?


「ほら!」


 仕方がないので、言われるままにハグをする。これして何かあるの?


「とりあえずさ、二人とも互いのこと好きなんでしょ? 鈴村竜介とかいうくそ野郎は置いといてハグしちゃってよ。もしここでハグしないと本当に疎遠になっちゃうかもよ?」

「う、うん」


 気まずいままハグをする。


「茂……ごめん。あの父親のせいで、私のせいで」

「お前のせいなわけあるか!! お前は……お前は被害者だ。俺の方こそ、あの日以来会いに行かなくてごめん」

「でも、それを言ったら私じゃあ」

「でも、お前は、学校に行きたくなかったのは事実だ。行けるわけがない。ただ、俺はそんなお前を、お前を慰められなかった。彼氏失格だ」

「そんなこと言ったら私も彼女失格だよ」

「大好きだ、愛香」

「大好き、茂」


 そして、私たちのハグを終えた瞬間に、咳込みをしながら先生が入ってきた。今は四〇分、思うに待っていたのだろう。その日は久しぶりの学校で鳩さんと茂と沢山喋って沢山笑った。

 これからまた楽しい日々が始まるのかな、と思った。


 だが、帰った後、「愛香、話があります」と、お母さんに言われた。


「なに?」

「もう、引っ越ししようと思います」


 それは私にとって衝撃的な申し出だった。

 いや、衝撃的ではない。前からこうなる事は分かっていた。でも、その可能性を私は封印していた。その事を考える事をやめていた。引っ越しなんてしたくないから。


 ああ、やっぱり茂と離れる事になるのかと思うと、涙が出てくる。まだお母さんの話の途中なのに。

 引っ越さなきゃならない事は分かってはいるのだ、この脅迫状の数、これを見たら命の危機を感じてしまう。


 私たちは嫌われている。この街の大半の人に。

 そもそも事件後に聞いた話だが、お父さんは私たち以外にも問題行動を起こしていたらしい。

 本当、全てお父さんのせいだ。


「泣かないで、愛香。でもこれは決定事項だから」

「……分かってる」


 引っ越さないなんていう選択肢はないことを。

 引越しの詳細としては、栃木県に実家があるからそこに住むということで、もう出来るなら明日にでも引っ越したいという事らしい。

 あとは細かい書類の記入と退学届を提出することだけだった。

 今の私に引っ越しを防ぐ力なんてない、大人しく従うしかないのだ。


 翌日、転入のための手続きのために学校に行った。もうこれが最後の学校かもしれない。

 そう思って、思い残すことのないように学校に登校した。とは言っても授業は受けず、資料を提出するだけだ。


「愛香?」


 学校に行くと、茂と出会った。


「行くわよ」


 立ち止まる私にお母さんは非情にもそう言い放った。


「私は……」


 そこからの言葉が言い出せず、そのままお母さんに着いて行った。面談室へと。


「ではこれで大丈夫だと思います」


 長ったらしい話が終わり、面談室から出た。おそらく私は終始暗い顔をしていただろう。それは私も認める。でも、明るい顔をしろというのが無理な話なのだ。

 そして教室を出たところ、そこには茂と鳩さんがいた。


「……なんで?」

「お前、転校するのか?」

「……うん」

「っ転校しなきゃならない状態だという事はわかる。でも、なんでお前が転校しなきゃならないんだ」

「それは……仕方ないの! だって、犯罪者の娘だから」

「お前、そのワード好きだな。そのワード言ってて悲しくならねえのかよ」

「なんで?」

「お前、自分を下げすぎなんだよ。最近マシになったと思ったらこれだろ? 俺はさあ、お前の悲しむ顔が見たくねえんだよ。だからもう犯罪者の娘なんて言わないでくれ」

「でも、客観的事実だし」

「事実だろうが、俺は認めねえよ。お前には罪なんかねえ! だから転校するんじゃねえ。そんなクソみたいな世論に掻き回されるな!」

「……私が決めた事、だから部外者は口を挟まないでくれませんか?」


 お母さんが口を突っ込んできた。


「いや、口を挟む権利はある。俺は愛香の彼女だからだ」

「それで、あなたは何が出来るんですか? この手紙、全て脅迫状です。犯罪者の家族は街から出ていて行け、とか、殺すぞとか、俺の嫁は死んだのに呑気に生きてられんな? このクソ家族とか色々な手紙が来ています。もし貴方が、私達の引っ越しを止めて、その結果私たちが殺されたら貴方は責任を取れるんですか? それにこの町で生きている時点で、嫌でも犯罪者の家族なんていうレッテルは付くんです。別に私たちは罪を犯してませんよ。でもそういうものなんです。そんな、貴方がそう思うからこうだとか、そんな漫画みたいな良い話はありません。それに、なんですか? 貴方、感情で話してませんか? 娘の彼氏にあまり厳しい事は言いたくないですけど、現実見てください。いつまでも中二病じゃあ困りますよ。さあ、愛香行きましょう」

「……はい」



 私はそのままお母さんに着いて行こうとした、だが、



「待ってくれ!」


 その声で私の歩みは止められた。


「何?」


 お母さんが冷たい目で茂を見下ろす。


「俺の家に愛香を泊まらせるのはダメか?」

「何言ってるの……家族が離れるなんてあってはならない事なのよ。そんな申し出……受け入れられるわけが無い。それに愛香の安全は解消されないわ」

「……」


 その言葉で茂に対抗する手段は無くなったらしく、私たちは大人しく帰った。


 数日後、私は栃木県に引っ越した。

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