第18話 影響


「……茂」

 病室に足を踏み入れる。すると、くしゃくしゃに泣いている茂がいた。思えば泣いている茂なんて今まで見たことがなかった。

 私の知っている茂はみんなから愛されていて、いつも笑顔で、皆に元気を与えている存在。今の状態の茂に少し新鮮味を感じたが、

 そこのベッドに横たわっていた茂のお母さんの顔を見ると、すぐに申し訳なく思った。


(あなたからいろいろな恩をもらったのに、犯罪者の娘でごめん)


 そう、美智子さんに告げた。ナイフが刺された跡がいくつもついていて、見るに耐えない遺体となっていた。それを見た途端、涙が出始めた。


「愛香……」


 その瞬間茂から声をかけられた。


「はは、お前も泣いてるのかよ」

「泣いているよ。泣かないわけないでしょ」

「ありがとう。愛香。俺のお母さんのために泣いてくれて」


 違うよ。私は美智子さんのために泣く資格なんてないんだよ。犯罪者の、殺人犯の娘。それが私なんだから。


「本当こんな時も茂は茂だなあ」


 そう呟いた。なんで自分が一番悲しいはずなのに、なんで私の相手してくれるのよ。私の相手なんて全無視でいいの。こういう時は。


 そして無言の状況が一〇分続いた。正確には無言ではない。私と茂の鳴き声が病室内に響いていたのだ。茂のお父さんはすぐに帰ってこれないらしく、今この場にいるのは私たちだけだ。

 その時間は無情にも病院の先生の声にさえぎられ、ご遺体が運ばれる。私は……ここにいていいのだろうか。

 そう思って、病室の椅子にただ座った。


「なんでお前は……いや、なんでもない」


 そう言って茂は遺体を追いかけていった。



 翌日、茂から葬式案内が届いた。一緒に葬式に出ないかというものだ。

 しかし、私は未読スルーした。犯罪者の娘である私に行く資格なんてない。私が来ない方が、美智子さんも安心するだろう。自分を殺した男の娘なんて金輪際見たくないはずだ。


 そしてそんな中、また涙が頬を伝う。もう何をする気にもならなかった。もう何もできなかった。


 もう、このまま消えちゃいたい気分だ。しょせんもう一生犯罪者の娘と言うレッテルは剥がれないだろうし、そもそも誰もはがそうとはしないだろう。


「ピンポーン」


 今日五度目のピンポンだ。お母さんが言うに、全部マスコミ関係だという。お母さんはまじめなことに、全部の受け答えをしているが、私にとってはそんなのくそくらえだ。私にはあの目は金しか見えてないように見えてしまった。


 だが、


「愛香、いるか?」


 そう聴こえた。その声は茂の物だった、


「なんで……なんで来るのよ。お葬式だったんじゃないの?」

「お葬式は午後からだ。それより、愛香一緒にお葬式行こうぜ。最後に息子の彼女を見たいだろうし」

「行かない」

「なんで?」

「茂もどうせ知っているでしょ? 犯人が誰かって」

「それは……知ってるさ。でも、お前は悪くないだろ」

「でも、私は立場的に出られない。ごめん」


 いや、堂々と出てもいいと言われても出ない。出る権利がない。


「そうか……でも謝る必要はない。それに、愛香だとばれなかったらいいんだろ。じゃあ、男装していこうぜ」

「喪服着ないとだめじゃん。それに私は男装なんて見合わないよ」

「そうだな」


 これはどういうつもりで言っているんだろう。とにかく私には、立場上出席したら駄目だ。


「一人で行ってきて。私はここで……祈っとくから」

「ああ、分かった」


 そして、彼はそのまま出かけて行った。

 彼は私を責めなかった。

なんで、私を責めないのだろう。私のお父さんのせいなのに。

 私はむしろ「お前の父親がやった事はお前がやった事だろ」みたいな感じで逆ギレされた方がマシだ。

 私は彼について行くべきだったのか?

 でも私が行っても場違いだし。

 ああ、私は私が嫌になる。何もできない私が、何も行動できない私が。


 そしてそのままその日は、ゴロゴロして暮らした。お母さんが色々対応している中、何もしないでゴロゴロしている。私は私が嫌だ。もう、こんなのは。


 そして、夏休みが終わっても学校に行かなかった。

 行かないよりも行けないが正解かもしれない。そもそも部屋からも出られてない状態なのだ。

 一週間が経ってもなお、私の精神は回復しない。

 お母さんとも一週間まともに話してない。

 精神が擦り切れる音がする。

 私の鼓動が沈んでいく。


「ピンポーン」


 そんな時に音が鳴った。まあとはいえ、私には関係のないことだ。


「愛香?」

「鳩さん?」


 まさかの来訪者だ。茂ならまだ分かるが、まさか鳩さんとは。何の要件なのだろう。


「今すぐ来て!!」

「え? え?」

「いいから」


 と、即座に制服に着替えさせられ、学校へと連れ去られる。


「え? え?」


 だが、鳩さんの勢いは止まらない。


「学校って行っても……」


 どうやっても止まらない、そう感じた。

 鳩さん、どうしたんだろう。こんな焦って、こんなに急いで。

 そしてついてしまった。学校に。


「いや、いやだ。行きたくない」

「なんでよ?」

「だって私、犯罪者の娘だもん」


 絶対怪奇な目で見られるだろう。もうそういう現象は目で見てきた。マスコミの猛烈さ、私の家を指さす人、送られてきた手紙。もううんざりだ。

 だけど、鳩さんは相変わらず嫌がる私の手を無理やり引っ張る。


 そして、鳩さんの手によって教室に押し込まれると、


「あ……いか?」


 茂が、私の名前を呼んだ。今一番会いたくない人に会ってしまった。


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