第17話 悪夢

 深夜十一時、一人の男が、ホームの椅子に座っていた。彼は、電車が来るのを、足をトントン、トントンと地面を踏みながら、待っていた。

 彼は時間表を見る。電車が来るまで、後四分あった。


「早く来いよ」


 彼はイラつきながらそう言い放った。彼は今日急に会社からクビ宣告されたのだ。せっかく昇進したというのに。何がいけなかったのだろうかと考えるたび、彼はまたイライラする。


 そして、ストレスから逃れるために携帯をいじり、ゲームのガチャを引く。出たのは、スライムキング、星三の、所謂外れキャラだった。彼はイラつきながらもスマホのアプリを飛ばす。そして彼はスマホの画面をスクロールしては戻すという無意味なことをする。


 そんなことをしていたら電車が来た。彼は「やっと来たか」と言って、それ乗り込んだ。


 電車の中を見る。そこには六人の客がいた。四人は女性、二人は男性だ。彼は、それを見てにやりと笑う。そして、彼はスマホをポケットにしまい、もう片方のポケットからナイフを取り出した。そして目の前に座っていた女性客に、


 ぐさり



 ナイフを突き刺した。そして「え?」と言う言葉を発し、女性は倒れる。


「きゃああああああ」


 他の乗客達は急な命の危機に対して逃げ惑う。しかし、男は逃げる人たちににひたすらナイフを突き刺し続ける。そして一人の女性の腹から血が大量に出、彼女もまた倒れた。


 その間に、電車は緊急停止した。


「っち、ばれたか」


 男はそう呟き、一人でも多くの人を殺そうと、他の客もナイフを持ったまま追いかけた。


 そして一人、また一人と、どんどんと刺していく。いつの間にかそのナイフは赤色に染まっていた。彼が五人目を刺したところで、警察が乗り込んできた。

 そして彼は抵抗し、一人の警察官のわき腹を刺すが、彼はあっさりと手錠につながれてしまった。

 そして、その事件は後に「無差別刺傷事件」と呼ばれる事件となった。

 そして、その犯人こそ、鈴村竜介。鈴村愛香の父親その人だ。


「ピンポーン」


 急な音にびっくりして、私は目を覚ました。そう今は一二時半。客が来るにはおかしい時間なのだ。そしてなんだか悪い予感がした。それこそ幸せが崩れ落ちるような。


 恐らくただ単にお父さんが鍵を忘れて外出したなんてこともないだろう。


「愛香! すぐに下に降りてきて!!!」


 真に迫ったような声が下の部屋から聞こえてくる。これは、やはり……


「はい!」


 そして下へと降りて行った。私の予想通りそこにいたのは警察だった。


 私の悪い予想は当たっていたのだ。あの性格のお父さんが外で問題を起こさないわけがない。先延ばしになっていた問題が、今ついに訪れたという訳だ。もしや、ギャンブルの負けが堪えて、誰か人でも殴ったか? 酒の飲み過ぎで、交通事故とかにでもあったのか? 

 だが、帰ってきた答えは最悪の物だった。


「鈴村竜介が、殺人を犯しました。それも三人。残りの三人は意識不明の重体です。すぐに来てください」

「わかりました」


 そしてパトカーに乗る。まさか人生初パトカーがこのような形でなんて思っていなかった。


 私は最低かもしれない。殺人を犯したと聞いてついにやりやがったなとしか思えない自分が、私に迷惑をかけないでと思ってしまう自分が。

 本来、一番心配しなくてはならないのは、被害者のことだ。私は仮にもあの男の娘だから、ご冥福をお祈りし、まだ亡くなられていない人に対しては治るように祈らなくてはならない。それはわかっている。でも、今の私にはそれは出来ない。


 それと同時にあの男が家からいなくなるということでうれしい気持ちが胸の中からあふれ出んとしようと言う感じだ。こういう形なのは悲しいが、これで本当に幸せになれる。


 あいつは、最近は多少静かに放ったが、うちの家の癌であることは間違いない。


 ただ、ひとしきりそんなことを考えてしまうと、急に申し訳なさが出てきた。この気持ちは封印して、被害者のことを頑張って、祈ろう。そう決めた。


 そしてそんなことを考えているうちに、警察署に着いた。そこにいたのは変わり果てた父親の姿だ。まるで狂人ともいえる目で警察官をにらみつけ、尋問に決して応じようとしない。


 いや、変わってなどいないのかもしれない、これこそが元々の私の父親なのかもしれない。こうなることなら、私にも何か手の打ちようがあったのではないかと言う後悔の念が私の中に出てきた。もし、この怪物を何とか出来ていたらという後悔の念が。


「おーう。おめえら来たか。さあ、俺の無実を証明しろ!!!!!」


 そう威圧的な感じで私と母に行ってきた。証明しろって言ったって、証拠は一通り見せられた。そもそも監視カメラに写っていたのだ。そんな状況で逆転無罪を勝ち取れたらその人は完全に世界一の弁護士だ。


 私たちに言えることは一つ。こいつが本当の極悪人だと告げることだ。そうすればスムーズにこいつの刑は重くなり、私たちは同情の言葉を浴びることになるだろう。飽きるほど。


「私たちは……」


 口を開こうとしたとき、母親が先に口を開いた。


「DVを受けていました。それもひどいDVを」


 そしてお母さんがどんどんと説明していく。出来るだけ言葉を選んで、丁寧に一つずつの事象を。でも私にはその言葉の中に感じられる。お母さんのお父さんに対する怒りを。ああ、お母さんもかなりのストレスがたまっていたんだなと、その光景を見て思った。


 まあ、私に対してストレスを吐く毒親だけど、やっぱり私のにらんだ通り、全ての元凶はあの父親だ。

 お母さんの言葉をすべて聞いた警察官が一言、真剣な、憐みをかけるような感じで、「分かりました」と、低い声で言った。その時だった。


「プルルルル」


 私のスマホから音が鳴った。


「何してるの!! こういう時くらい音切っておきなさい!」

「あ、ごめんなさい」


 とっさに謝る。相手は茂だ。こんな深夜に私に電話なんて……その瞬間もう一つの可能性に気が付いた。今まで被害者が誰だとか考えていなかった。でも、私の身近な人が被害にあっている可能性もある。

 お母さんに一言謝って、外に出て電話を受けた。すると……


「愛香……愛香!」


 と、情けない声が聞こえてきた。


「愛香……お前の声が聴きたかったんだ」


 私からならあり得るが、こんなに頼りなさげなことを言う彼は珍しい。その瞬間もう完全に分かった。


「お母さんが、お母さんが、さっき息を引き取った」


 やっぱり……と、そう思った。わかってはいた。さっきの茂の感じでわかってはいた。でも、でも……


「ごめん急にこんなこと言って、困るよな。お前も。でも、でも、こんな時に頼れるのはお前しかいないんだ。頼む。慰めてくれ」


 ああ、こんな頼りない茂は初めてだ。そんなふうになるほど悲しかったのだろう。でも、今は違う。今は……茂を慰められない。私だって悲しいのだ。お母さんよりもお母さんをしていた、美智子さんが亡くなって、その犯人がおそらくお父さんで。

 もう私の精神がおかしくなりそうだ。


 ああ、この世界は残酷だ。神なんていない。もし、いたならば、お父さんだけを死なすはずだ。

 こんな不条理あっていいはずがない。私よりも不幸な人はこの世にたくさんいるとは思う。でも、そんなことは関係ない。


 ああ、運命は私にどんどんと試練を与えようとしている。試練の果てに何があるのかはわからない。でも、最初から幸せな人もいるのに、わたしだけ不幸なのって……明らかに不公平だ。


「おい! 愛香! 聴こえてるか?」

「……今どこにいるの?」

「Y病院だ」

「わかった」


 そう言ってすぐに荷物をまとめてY病院へと向かった。幸い距離はすぐ近い。警察への対応はお母さん一人でも大丈夫だろう。私は私のしなくてはならない事を。そう、犯罪者の娘としての使命を。

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