第5話 地獄
「ただいま」
と一言お母さんに告げ、家に入っていく。お母さんは今日は機嫌がいい感じの声で「おかえり」と告げた。
そしてそのまま部屋に入っていく。そして、ベッドに寝ころんだ。今日の思い出をかみしめながら。
「はあ」
だが、気分がいいのは最初だけで、所詮この家は私にとってただの監獄なのだ。
彼にメールを送りたくなる。いつから私は彼に依存しだしたのだろう。しかもたったの二日で。
こんなつもりはなかった。人に懐こうとも思っていなかった。
なのに彼の近くにいたら、何でも話してしまうし、落ち着く。
馬鹿みたい、昨日まではどちらかと言えば嫌いな人種だったのに。
「私はなんなのだろう」
この、気持ちは恋ではないということはわかる。でも、本当に不思議な気持ちだ。
彼がいる、それだけで安心感を感じるし、早く学校に行きたいと、そう感じてしまう。こんなことは今までになかった。
家も地獄だけど、学校の方が地獄だった。そんな中、学校に行きたくなってるとは、本当に驚きのことだ。
茂くんに信頼を置いているからなのかもしれないし、もっと仲良くなりたいとも思っているのかもしれない。
「ご飯! 早く降りてきて」
お母さんの声がした。その言葉に従い下に降りる。どうやら、また地獄に送り出されるらしい。
下に降りると、お父さんがいた。明らかに機嫌が悪そうな、今にも人を殺しそうな顔だった。
今日何があったのかは知らないし、興味もない。ただ、今の状態だと私に被害が来るという事は一瞬でわかってしまった。
「愛香」
名前を呼ばれただけでぞくっとした。何をされるのが分からない、その事実が恐怖に拍車をかかる。
「愛香! 俺の顔を見て無言は許さんぞ。お帰りやろ!!! 俺は忙しい中帰ってきたんだぞ。ねぎらいの言葉ぐらいくれや!!!」
怒鳴られた。そのことで落ち込んでしまう。私は悪くないのに……
そしてお父さんは悪態をつきながら席に座る。それを見て私もお母さんも腫物を触るようにお父さんに接する。
本当に嫌だ。ご飯が楽しくない。死んじゃえばいいのに。
気を互いに使いあって、何が楽しいのか。私の思ういい関係というものは気を使わなくていいというものだ。
それに私は茂くんとは気を遣わない会話ができる。その点では、茂くん家族以上になってるということなのか。
「なあ、希恵! 今日のご飯少し味薄くないか? わざわざ塩をつけるの面倒くさいんだけどさあ。俺疲れているのにわざわざ塩を振りかけるという行為を強要してくるのか?」
「……」
「なあ!!! どういう事なんだよ!!!」
そうお父さんがお母さんを責める、その光景は見ていられないほどだった。思わず、現実から目をそむきたくなり、目をつぶってしまう。
「なあ、愛香もさあ、なんで俺の味方をしないんだよ。おかしいだろ! ちゃんと俺の味方をしろよ、希恵を責めろよ。それでも俺の娘かよ」
「私は……お母さんの子どもでもあるんだよ」
そうびくびくとしながら言う。怖い。
「うるせえ!!」
私の顔に向かって拳が飛んできた。それを喰らい、地べたにうずくまる。
「口答えしてんじゃねえよ。お前らを食わせてやってるのは誰だと思ってるんだ!!! いい加減にしろお前ら。希恵はさっさと塩を入れろ!」
「わかりました」
と、お母さんは肉全体に塩をかける。お父さんが「そう、それでいいんだよ」と言っておいしそうに肉をむしゃぼり食べる。今までのでちょうどよかったのに。
それに正直殴られて、痛い。別に我慢できない程ではない。だが、もし痛がるそぶりを見せてしまったら、父親に怒鳴られることは確定なのだ。
案の定、食べてみたら塩辛かった。ギリギリ食べられるけど、あまりおいしくない。むしろさっきまでのほうがおいしかった。
「はあ」
もう嫌だ。
「何? 愛香? ため息ついたか? もしかして俺のこの態度が気に入らないっていうのか? お前が俺の味方をしなかったから殴られた、それだけだろ!!」
本当、私は単にため息をついただけなのに、お父さんの悪口なんて言ってなかったのに。
私にはわかる。お母さんが常に不機嫌なのはこの父親がいるからだと。
お父さんさえいなかったら全てが丸く収まるのに。
そして不味い食事を済ませた後、部屋に戻り、すぐに彼に電話をかけた。彼なら私の愚痴も笑って聞いてくれるだろう。
「どうした? 愛香」
その優しい声が飛んできた。それを聞くだけでストレスが軽く吹き飛ぶ。
「あのね、茂くん。私殴られた。お父さんが家帰ってきたら機嫌悪くて、それで理不尽に殴られて怖かった」
心の内をすべて話す。乱雑に組み合わされた言葉で。本当に、つらい気持ちを吐き出した。それを聞いて彼はただ一言「つらかったな」と言ってくれた。こんな地獄に一人味方がいる。それだけで心が安らぐ。
私はやはり彼がいなかったらこの世にはいないだろう。もしあの日、別の生徒が自殺を止めていたとしても、その後でやはり死を選んでいただろう。
でも今は死を選ぶ気はない。それだけ彼の存在が私にとって心強いという事なのか。
もう今すぐに彼に会いたい、彼の膝元で泣きたい。でも今それはかなわない願いだ。
それだったらせめてと、長電話をした。彼も私のことが好きだと言っていたし、これくらいは許されるだろう。
「じゃあまた今度」
「ああ」
一時間が過ぎたころ、流石に話し過ぎかなと言うことで電話を終了する運びとなった。電話を止めたくない。でも、止めなければだめ。そのことはわかっている。これ以上の電話は彼を疲れさせてしまう。ただ、
「最後に、これだけは言いたい……今日は楽しかった。ありがとう」
その感謝の気持ちを。
「ああ、それは俺もだ」
そして、そのまま宿題をした。面倒くさそうな宿題はいつも放置するが、今日の私は、少しやる気が残っていた。
そし宿題をした後、すぐに寝た。
「おい!」
その声で意識を夢の中から現実に戻された。
「先に寝てんじゃねえよ。愛香!」
「え? え?」
状況が呑み込めない。これは私が悪いのだろうか……。ああ、そうか、そういう事か。今日はお父さんの無茶ぶりに応えなければならないという事か。
「愛香。ここはお疲れのお父さんに対して肩をもむとか、マッサージをさせてくれるとか、サービスをするべきだろ。お前みたいなただ学校で授業を聞いているだけでいい学生はなあ」
「……ごめんなさい」
「だから、背中のマッサージをしろ。ほら、指示待ち人間じゃあ生きていけねえぞ」
何で寝ていたのに、そんなくだらないことで起こされなきゃならないのか。だが、それに従うほかない。仕方がないので、背中を押す。昨日肩を揉んだというのに。
「もっと強く。強くだ!!」
「……はい……」
もっとやる気が出るように言ってくれたらいいのに。そしてそんな感じで一時間背中をマッサージしたらようやく帰ってくれた。
これでようやく眠れる。
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