第3話 二人での登校


「ただいま」


 そうお母さんに告げた。すると、


「おかえり」


 と、だが私は知っている。これはだめだ。だめな方の笑顔だ。明らかに機嫌が悪いのを隠している。共に過ごしてきた私には分かる。


 そしてそんなお母さんを避けるようにそ上の部屋に、自分の部屋へとそっと向かう。

 この期限のお母さんとは関わりたくない。


「ねえ、愛香?」


 やばい!


「なんで、学校早退したの? 理由を聞かせて?」


 そう、気味の悪い笑顔で告げられる。

 そうだった。理由はともあれ、学校をさぼっていたんだった。怒られるかもしれない。そう思うと、恐怖心が芽生えてきた。


「言いたくない」


 そう、お母さんに告げる。まさか正直に話すわけには行かない。

 自殺しようとしていたなんて、それを助けてくれた男の子と一緒にお茶をしていたなんて。


「へーやましい理由なんだ。いい? 年の学費四〇万払ってるのよ。愛香が公立高校に行けなかったせいで。それなのに、私立に行かせてるのに。さぼりって! ちゃんとしてよ! 学費がもったいないじゃない。私はこの少ないお金でやりくりしてるっていうのに。……なに? その顔は。いつ終わるかなって言ってそうな顔は。ふざけないでよ。だからいつもあなたは友達が出来ないの」

「それは関係ない!」

「関係あるわよ。もう、いつも、いつも毎回毎回こんなこと言わせないでくれる? 私はあなたがちゃんと育ったらいいなと思ってるの。子どもがちゃんと育てるのは親の義務なの!」

「……ごめん」


 言い返すだけ無駄。そんなことはわかっている。この人は私が微熱を出していても学校に行かせるような人だ。変に言い返して、キレさせる方がダメだ。


「いいから理由を答えなさい!」


 そんな私の考えなど知らないであろうお母さんが、キレた。

 本当謝ってもさらにキレだすのか……

 この局面を打破する方法など私にはないのだろうか……。


「……しんどくなって」


嘘はついていない。あくまで身体ではなく、精神の問題だけど。


「しんどくなった!? じゃあ熱あるの?」

「無いけど」

「じゃあ、その理論はおかしいんじゃない? 熱ないのに、学校さぼるくらいしんどいって意味が分からないわ。もう今日は夕食なしね」

「……はい」


 なぜ子供の夕食抜きなのか。でもそれを言ったらさらに怒らせてしまう。今は我慢だ。

 それよりも本当の理由がばれるほうが問題だ。


 そして部屋へと戻る。すると、私しかいない空間が広がり、少しだけ気分がましになった。そこで、彼、山村くんにメールを書く。


『今日、さぼったことばれて怒られちゃった』

『そうなんだ。ごめんな。カフェに連れてきちゃって』


 性格イケメンじゃん、いや、そうじゃなくて、


『山村君は悪くないよ』


と、一言送った。だっていなかったら私はもうこの世にいないわけだし。


『そうか。何かあったら言えよ』

『うん。色々ありがとう』


そう告げた。

だが、自殺を止めてくれてありがとうとは言えない。まだ何も解決してないだけだ。


 そして翌日、家を出ると、家の前に山村君が来ていた。


「おはよう」

「うん。おはよう」

「家の前まで来てたの?」

「まあ、せっかくだしな。それに話したいこともあるし……」


 やはりいい人だ。本当に人のことまで考えられてずるいよなあ。私なんて自分一人のことで精いっぱいなんだから。

 顔もイケメンだし。


「なんでそんなに優しいんですか?」

「ん? なんで優しいか? そんなの決まってんじゃん。愛香が好きだから」

「また、そう言って!!!」


 私をほめ殺す気なのかな?


「それより……」


 咳払いをして、


「なんで、私のことが好きなんですか?」

「そりゃあ、かわいいし、そんなかわいいお前が不幸ぶっているのを見ると、少し腹立たしいんだよな。お前みたいなかわいいやつがなんで笑顔で暮らせてないんだろって」

「本当にそれだけ……?」

「当たり前だろ。一目ぼれにもならないような小さな恋心が、お前の自殺未遂で形になったってわけだ」


「また自殺されるのは勘弁だけどな」そう言って笑う彼に対して不本意ながら少しだけときめいてしまった。


「おっと、そろそろ急がないと遅刻してしまうな。急ぐぞ、愛香」

「うん!」


 そして彼が差し出す手を握って、共に駆けていく。暖かい、男性の手と言う感じがする。正直こう言ったら少し変態な気がするが、正直気持ちがいい。


 永遠に触っておきたいというそんな雑念を持ちながら走った。


「「はあはあ」」

「つっかれたー」


 教室ついての彼の第一声はそれだった。私はそれにつられて「疲れたあ」と珍しく口を開く。学校で口を開くことなんて、授業の時にしかなかったのに。


「え? なに? なんで山村が鈴村さんと?」


 そんな時、一人の女が山村君に話しかけた。クラスメイトの村林鳩だ。いつも山村君と一緒にいた人で確か山村君の元カノだった気がする。


「俺の彼女」


 そう群がる群衆どもに向かって彼は一言そう言い放った。それを聞いた周りの人たちは状況が呑み込めていないようで、「え? え?」「どういう事?」「どうして鈴村さんが……」みたいなことを言っている。

……一つ失礼な言葉が入っていた気がしたけど、まあいいか。釣り合わないのは事実だし。


 だけど、そんな言葉さえどうでもいいくらいこうして俺の彼女と言われてという事で、少しうれしくなった。認められた感じがして。


「どういうこと?」

「今まで接点なかったよね」

「ちょっと飲み込めてないんだけど」


 だけど、陽キャたちはしつこく山村君に群がってくる。

 そしてその集団の中に私も呑み込まれてしまった。やばい、正直しんどい。この陽キャオーラに私は耐えられる気がしない。

 やばい頭がくらくらとしてきた。これじゃあ、私……


「ちょっと」


 山村君は集団の中から私を連れて出て来た。


「質問多すぎるって、俺、聖徳太子じゃないんだから」


 その言葉で周りが笑いの渦に巻き込まれた、その片側で彼は、「大丈夫か?」と声をかけてくれた。気恥ずかしく「大丈夫」などと答えると、「それは良かった」と言って質問に答え始めた。


 もしかしたらこの人と一緒なら、学校ももしかしたら少し楽しくなるかもしれない。そう思った。


「よ!」


 私の隣に座った山村くんが、私に声をかけてくる。そうだった、隣の席なんだった。


「よ?」


 私も真似する。でも羞恥心が邪魔をして上手く出来なかった。


「まあ……とはいえさっきはありがとう」


 それを聞いて彼は「お礼言うほどじゃない」と前置きした後、

「それに、こっちが謝ることだ」


 と、静かに言った。


「なんで貴方が謝る必要があるの?」

「そりゃあ俺の友達がデリカシーのないことを言ったからに決まってるだろ」

「でもそれは貴方が悪いわけじゃないじゃん」

「そうだな。でも謝って損なことはないだろ」


 それに対して、「自分のため?」と返しておいた。

 やっぱりこの人は不思議な人だ。だが、だからこその温もりもある。

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