第2話 告白
そして彼に、
「命を粗末に扱うんじゃねえ!」
そう怒鳴られた。
その言葉にムカッとした私はつい「何も知らないくせに!!!!」と、そう叫んだ。この苦労を、この暗い人生を、何も知らないくせに! 他人の生殺与奪の件を奪いやがって。
確かにこの世界は自殺を止めることで称賛されがちだ。だけど、これは違う。
一時の気の迷いでもないし、一瞬で解決する問題でもない。
その思いで、彼を睨むと、
「そんな怖い顔すんなよ。せっかくの美人な顔が勿体無いぜ」
そう言われた。
美人な顔? こんな口論してる時に言う言葉か? いや、どうせお世辞に決まっている。こういう男が嫌いなんだ。他人に可愛い、かっこいい、そんなことを言えば好かれると思ってそうな男が。
実際彼、山村茂は友達の女子に「今日も可愛いね」とか言ってる所を何回も聞いたことがある。
でも、どうせ可愛いとでも言ったら自殺をやめてくれると思ってくれてるんだろう。
その意図を汲んで、また飛び降りようとする。だが、再び彼に、山村茂に止められた。
「なんで! なんで止めるのよ! 死なせてよ!」
「それはダメだ。お前高校生一人育てるのにいくらかかると思うんだ? およそ一〇〇〇万円はかかるぞ」
「それが何? だからって生きなきゃだめってしんどいだけじゃん。命の大切さを説かないでよ!」
「だから……その命を俺にくれ! 自殺によって失われかけたその命を!」
「は?」
全く意味が分からない。1千万円位の価値があるから俺にくれとはいったい……。
「言い方が悪かったな。俺とこのあと一緒に来てくれ」
「ええ!?」
「頼む」
その真剣そうな顔を見て断れるほど私は出来てはいない。こういう時に私はTHE日本人だなって感じがする。強く突っぱねられない。これが私の弱点だ。
そしてそのままカフェに来た、来てしまった。
「愛香、何が欲しい? 奢ってあげるよ」
「なんでも良いけど……良いの? ここ高くない?」
カフェラテが六百五十円と書いてある。カフェとかなんてあまり行ったことがない私には、これだけで体がすくんでしまう。六百五十円あれば夜ご飯なんて余裕で作れてしまう。
そう考えると恐ろしく高い金額だ。
「大丈夫。俺の親医者だから」
そう言って彼は私に笑いかけた。なんでよ、私の親も医者が良かった。お金持ちだったら家だってこんな険悪な空気にならなかったんだ。
「頼まないの? なら俺が適当に愛香の分まで頼んであげるから」
「ああ、もう! 私が頼むよ」
彼といるとなんかおかしくなっちゃう!
「カフェラテで」
「それでなんで死のうとしてたんだ?」
「……それは山村くんには関係ないでしょ」
「今ここで二人きりでいる時点で関係あるよ。俺ならいくらでも話聞くからさ」
「嫌だ。話したくない」
「まあそれは話したくなったらで良いよ。それで本題なんだけど……俺たち付き合わない?」
付き合わない? なぜこの陽キャはこう言ってくるんだ。いつも可愛いって言っている子と付き合えば良いじゃないか。
いや、そう言えば付き合っていたな。まあ別れたって言っていたけど。
とはいえ、私なんかと付き合わなくても他に代わりはいるはずだ。クラスの中に何人も。
「私じゃあ釣り合わないと思う」
「ああ、俺じゃあまだ足りないってこと?」
「それって嫌み?」
私は、そう言う意味で言ったわけじゃないのに。とはいえ、もうそんなことはどうでもいい。
「私はさあ、もう、どうでもいいのよ。全てが。勉強もできない、友達付き合いもよくない、家での立場も弱い、常に暗い気持ちの私に医者の息子で、クラスでもちやほやされてるあなたと釣り合うと思う? 私は絶対にそんなこと思わない。彼女が欲しいだけなら他の女子と付き合ったらいいじゃない!!」
言った後ではっと我に返り、怒鳴ったことを後悔した。
なぜ、私怒ったんだろう。なあなあな会話をしようと思っただけなのに。
頬に水分を感じる。
何で泣いているんだろう。全てを諦めたはずなのに。どうやら私は人の顔色を窺いすぎて、自分が分からなくなったらしい。
「泣いてもいいんだよ。ここにはお前を責めるようなやつはいない。お前をストレスの捌け口にするようなやつも」
「え?」
私はそんなこと彼にも、クラスメイトにも話したことがないはずだ。なぜ知っているんだろう。そう思ったらすぐに、
「カフェラテと、ハーブティーです」
店員さんが運んできてくれた。
「わ、いいにおい」
「だろ。ここおすすめなんだ」
「そうなんだ……」
「お前も、飲みたくなったら飲めよ。ここの紅茶とかカフェラテはコンビニとかのとは全然違うから」
「……うん」
不思議な包容力だ。こういうのを大人と言うんだろうか。
私と同じ年だというのを疑いたくなってしまう。神は二物を与えんと言うが、それは間違っていると思う。
私みたいに一物ももらえなかった人の代わりにこういう人が二物をもらえるんだ。この世は不公平だ。
いつもはクラスではしゃいでいるうるさいやつと言う印象しかなかったんだけど。
「まあでも……」
彼が口を開いた。
「冷めないうちに飲めよ。」
「うん」
そして、一口飲む。カフェラテの味全てが私の中に入ってくる。なんておいしいんだろう。こんなにおいしいのは飲んだことがない。
「な! おいしいだろ。つらい時にはおいしいもの飲んですっきりするほうがいいさ。人生一〇〇年。出来るだけ楽しい気分で痛いだろ」
「うん。そうだね」
私にはそんな時間はほぼ用意されてはいないけれど。家でも学校でも。
でも今は、今だけは少しだけ胸の痛みが晴れた気がする。
「俺、やっぱりお前を助けてよかったわ。お前やっぱりかわいいし」
「それ……セクハラじゃない?」
「いやー俺もいいことしたわ。お前を見殺しにしてたら世界の損だわ」
聞いてないし……でも。
「ありがとう」
「お、素直だな」
「だって、褒められることなんてほとんどなかったし」
「そうか。でも、これからはお前が自殺しないようにたくさん褒めてやる」
「ありがとう……まあ褒められが足りなくて自殺したわけじゃないけど」
「よーし、俺の本格的な目標が決まった! お前を幸せにする。そしてお前に生きることを選ばせてやる」
「ありがとう」
私にとってこの退屈な日常が終わるかもしれないというのは願ってもない話だ。これで明日にも少しだけ希望が見えてきた。
「そろそろ帰るか。じゃあまた明日な」
「うん、また明日」
とはいえ、これからまたあの地獄のような家に帰らないといけないのか。はあ、
「嫌だなあ」
そう、一言呟く。
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