第10話 ドラフトテスト・ vsヴァルガⅡ

 『氷砲弾アイスキャノン』より一回り大きな氷の球、『氷炸裂弾アイスシェル』がルギルの周りを浮かび始めた。

 補助魔法の『多重発動ラウド』で球数を増やすが、その数はヴァルガの炎球ほど増えない。

 全部で7つの氷球が漂うだけに留まった。

 

 見比べてみれば、およそヴァルガの半分程度しか浮かんでいない。しかし、一つ一つの球のサイズはルギルの方に分がある。

 ヴァルガの『精強なる炎球ラヴァブル』がゴブリンの頭サイズなら、ルギルの『氷炸裂弾アイスシェル』はトロールの頭ぐらいはありそうだ。

 量で勝るヴァルガと、質で勝るルギル。二人の周りには、色の違う球が浮いている。

 

 戦闘態勢は整った。


「待ちくたびれたぜェ」


 律儀にも待っていたヴァルガは、大仰に杖を振り下ろした。

 近くに浮かぶ炎球が一つだけ、真っ直ぐルギルへと迫る。


 当然ルギルは迎え撃つ。氷球を一つ飛ばして炎球にぶつけた。

 炎と氷の正面衝突。接地面から大きく水蒸気が上がった。

 

 小さなモンスターの鳴き声みたいな音を立てて、二つの球は温度を奪い合う。

 炎は触れた部分を水に変え、氷は融解して炎のエネルギーを削る。

 

 それはどちらかが消え失せるまで続けられ、最後に勝ったのは…………氷だ。

 まん丸だった球が歪に削られているが、サイズの差で氷球だけが残った。


「お返しだ」

 

 ルギルはその歪んだ氷をヴァルガに向けて飛ばす。

 当然、ヴァルガは周りを漂う炎球で迎撃する。

 

 今度は炎の熱が、歪んだ氷を全て融かし尽くした。

 融かした後の、勢いが弱まった炎でそのままルギルを攻撃、その繰り返し。

 両者は様子を見ながら、時には複数個の球を撃って迎撃してまた攻撃、と馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。

 

 「『氷炸裂弾アイスシェル多重発動ラウド』」

 「『精強なる炎球ラヴァブル多重発動ラウド』」


 少なくなれば補充して、周りを漂う球の総量はずっと一定を保つ。

 探り合いのような球撃ち合戦が続いた。


(このままなら俺が勝つぜェ? 何か策を持ってんだろ?)

 

 ヴァルガは先ほどの試合で、ルギルの不可解な勝ち方を見ている。

 会場を区切る立方体が半透明のせいで、その種までは分からないが、明らかに普通の勝ち方でない事は理解していた。

 

(遠距離戦は苦手そうだなァ。近接特化型? それとも搦め手タイプかァ?)


 現状、ルギルの怖さを感じない。

 気味が悪い。

 弱い奴が六連勝できるはずがない、とヴァルガは考える。

 魔法学校卒の上位成績者がうじゃうじゃいる環境で、マグレで六連勝できない事は誰でも知っている。


 口では煽りまくってたが、ヴァルガは馬鹿じゃないのだ。

 意外にも、一定の実力を認めているらしく、ここまで舐めてかかるような事は全くしていない。

 

 だから、漂う炎球全てで特攻、総攻撃をかけるような愚は犯さない。

 遠距離勝負なら楽に勝てると推測して、安全マージンを取って遠距離から削る。


 派手な敗北よりも地味な勝利。相手の戦力も秘策も分からない以上、リスクを冒さない。

 本人は認めないだろうが、そういうところも少しルギルに似ていた。


(そろそろいくか)


 ヴァルガの考えとは逆に、ルギルはリスクを冒さないと勝てない事を察している。

 だいぶ前から気付いていたが、少しでも勝率を上げるため、場が整うのを待っていた。

 

 魔力を費やしてようやく作り上げた、氷属性と相性の良い多湿環境。

 その完成を肌で感じたルギルは、まず一手目を差した。


 「『氷炸裂弾アイスシェル絶対零度ゼロ』」


 小さい声での詠唱は、炎が氷を融かす音に掻き消える。

 ただの補充に見せかけた、極低温の隠し玉。


 見た目はほとんど同じ、でも中身の質は全く違う。

 そんな絶対零度の球を、ルギルは同じように撃った。

 

 ヴァルガは全く付かずに炎球で迎撃する。

 ぶつかったその瞬間、超低温と炎は想像を絶するほど激しく反応した。

 

 空気中の湿気も作用させる、疑似的な水蒸気爆発。

 水蒸気の白煙が膨張に膨張を重ね。立方体内を満たす程に煙幕が広がる。

 

 戦場がホワイトアウトした。


「『銀雪の纏いシルベステル零度の手甲フロストレット』」


 白煙の中で、ルギルは身体強化魔法を詠唱する。

 身体に纏うのは氷雪。

 そこから更に両腕だけを強化させる。手の甲から前腕部にかけて、絶対零度の装甲が覆った。

 邪魔な杖は左腰に提げ直して、一旦は魔法を撃つ選択肢を消した。肉弾戦で勝つことしか見ていない。

 

 ルギルは煙幕に乗じて、隠密特化の『銀雪の纏いシルベステル』でヴァルガに迫った。

 

 立方体内を満たす低温の空気は、氷属性と非常に相性が良い。

 冷たい気温がルギルの速度を底上げし、風を切って猛烈なスピードで進んで行く。

 

 すぐに、ヴァルガを最後に視認した場所まで辿り着いた。

 

 すると、

 

「やれ」

『ピイィィ!』

 

 ヴァルガの合図で凄まじい突風が吹いた。

 不死鳥の羽ばたきによって白煙が晴れ、ホワイトアウトしていた戦場は元通り。

 だが、これはルギルの予想通り。一手目の煙幕だけで暗殺できるとは思っていない。距離を詰めるのが目的である。


 その証拠に、視界が開けた少し先でヴァルガを確認した。まだ間合いではないが、十分射程圏内。

 空中に浮く炎球は水蒸気でやられたのだろう。弱弱しく、数も少ない。

 遠距離攻撃の圧を全く感じない。


 ルギルは近接戦で勝負を決めに行く。

 

 しかし、ヴァルガの邪悪な笑みは消えていなかった。


「近接戦闘がしたいならそう言えやアサシン野郎。『不死鳥の同化イグニクス』」

 

 長い杖を回して詠唱すると、不死鳥が翼を広げてヴァルガの身体に纏わりついた。そしてそのまま溶けて同化していく。

 同化した不死鳥の翼は、ヴァルガの纏う赫灼かくしゃくのオーラへと変じた。

 そのオーラは『緋炎の纏いイグニッション』と呼ばれる炎属性の身体強化魔法よりも紅く、『緋炎の纏いイグニッション』よりも上位の固有魔法である事が予想できる。

 

 さらに変化は続いていく。不死鳥の長い尾の部分が、杖に絡って炎魔法の長剣へと形を変えた。

 原色に近い赤や黄色、オレンジなどの暖色で彩られた剣は、ヴァルガの髪色に似合わず豪奢な印象だ。


「派手な色だな。目がチカチカする」

「安心しろ。すぐお前の血で塗り替えてやる」


 ルギルが華美な剣について文句を言うと、ヴァルガはすぐに皮肉で返した。

 試合前だろうと戦闘中だろうと、この二人は変わらないらしい。


 ヴァルガは続けて言う。

 

「そろそろ約束通り殺してやるよ」


 言い終わると、爆発的な加速力をもってルギルに最接近、そして恐るべき膂力で炎剣を振り下ろす。

 それをルギルは腕を頭上でクロスさせて受けた。

 

 「…………っつ!」

 

 『零度の手甲フロストレット』がガリガリと嫌な音を立てる。

 斬り込みが入るほど手甲が溶けたが、炎剣の勢いは止まった。

 小さく白煙が舞う。


「やるじゃねえかァ」


 剣を引いたヴァルガが下卑た笑みを見せた。


「なかなか良い手甲だなァ」

「だろ? 特注品だからな。お前にはやらねえぞ」

 

 ルギルは軽口を返して手甲に目をやると、もう少しで腕に届きそうなほど、深く斬り込み傷が入っていることに気付いた。

 『零度の手甲フロストレット』をしていなかったら両腕どころか、頭の先からケツの穴まで真っ二つに千切れるだろう。

 つい想像すると、ルギルの背中に悪寒が走った。それをヴァルガは目ざとく見つける。

 

「怖気付いたかァ? 降参してもいいぞォ」

「馬鹿言えよ。これからお前を殴り飛ばすんだからな」

 

 ルギルは拳を構えた。

 ヴァルガも長剣を正眼に構える。


「行くぜェ」


 ヴァルガは正面から炎剣を振り下ろした。

 爆発で想起させるような加速力と、圧倒的な攻撃力。

 炎属性の真骨頂が、身体強化で遺憾なく発揮されている。

 

(強えし速え。けどレティシアの方がヤバかった)


 ルギルはヴァルガの炎剣を、右の手甲で受け流す。

 ガガガっ、と氷の削れる音が聞こえるが問題ない。

 白煙の中で氷の結晶が輝く。

 

 耐えて、耐えて、隙を待つ。ルギル最後の悪あがきが始まった。


 

  △ ▼ △

 

 

 何合、手甲と炎剣で斬り結んだだろうか。


 ヴァルガの薙ぎ払いを、ルギルはまたしても手甲で弾き落とした。

 手甲の装甲はもうほとんどない。どちらの腕も薄氷が張っているだけの状態である。


「はぁ……そろそろ諦めろやァ」

「俺が、勝つ……」


 息が上がる二人。

 ヴァルガの余裕は数分前に消えた。

 もう気力でぶつかっているだけ。どちらの心が先に折れるかの勝負である。


『残り一分です。時間切れになると両者敗北扱いとなるので頑張ってください』


 七戦目にして初めて聞く、制限時間ギリギリを告げるアナウンス。流石のルギルにも焦りが募る。


「おいおい、どっちも負けってのは寒ィよなァ」

「ならお前が負けてくれよ。熱い魔法使ってるじゃねえか。趣味の悪い剣に暖めてもらえ」

「しょうもねえこと言ってんじゃねェ。テメエが死ね」


 ヴァルガはルギルに向けて、力一杯踏み込んだ。身体を捻るように右斜め上から袈裟斬りに振り下ろす。

 明らかに力んだ行動。最後の最後で焦りが出たか。


(焦りやがった……!)

 

 ルギルは左手で炎剣を綺麗に受け流す。

 ガリッ! と氷を砕く音が響いて薄氷が砕け、完全に手甲が壊れる。

 勢い余った炎剣はルギルの左側に突き刺さった。

 つんのめってヴァルガの体勢も悪い。

 

 それを見たルギルは、カウンターの右ストレートを放つ。


 しかし、

 

「馬鹿がァ! 『爆発反作用バウンズ・ブラスト』!」


 反発魔法によって、炎剣が本来有り得ない挙動を起こす。

 地面を抉りながら、ルギルに向かって横薙ぎの斬撃が迫った。

 詠唱者のヴァルガも制御できず、炎剣に振り回される。


 発動者すらも巻き込む反発魔法の威力は凄絶そのもの。

 ルギルは手甲の無い左腕で受けるが、勢いは当然止まらない。

 肉を絶つ音に続いて、骨を断つ音が鳴った。

 

 あとは左腕を斬り落として、胴体を別つだけ。

 ヴァルガは勝ちを確信した――。


 ルギルは、この時を待っていた。

 ヴァルガが身を投げ出して無防備になる時を。

 

 ――その瞬間、ルギルは腱だけがギリギリ繋がっている左手で、腰に提げた杖に触れた。

 

「『凍結急停止タイム・グレイス』!」


 ルギルの詠唱が響き渡る。

 他属性の反発魔法に位置する、氷属性の停止魔法。

 その効果は、自分に触れている他者の攻撃を、数瞬だけ全て停止させること。

 

 魔法が発動すると、炎剣はピクリとも動かせなくなった。

 それを持つヴァルガも、動くことはできない。

 

 ルギルの左腕は腱が切れて地面に落ちた。

 でも関係無い。右腕以外はもう何もいらない。

 

 ルギルは右の拳に全ての魔力を集める。

 身体強化魔法は、右腕を除いて全部解除された。

 

 ありったけの魔力を乗せた拳を、ヴァルガに向けてぶっ放す。


「おらああああああああああ!」

「…………んんンッ!」


 ルギルの拳は見事、ヴァルガの顎を捉えた。

 殴られた衝撃でヴァルガは吹っ飛んでいく。意識を失い、地面と水平にただ飛んでいく。

 会場を区切る立方体の壁に当たっても、それはまだ止まらない。

 

 勢いは全く落ちなかった。

 とうとう、ヴァルガは壁を突き破り、試合会場の外へと飛び出た。

 やっとそこで地面に落ちる。

 

 ヴァルガ、場外。

 第七試合、ルギルの勝利。

 七戦全勝での勝ち抜けを決めた。


 割れた立方体の光輝く欠片が、ルギルを称えるかのように降り注いだ。

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