第9話 ドラフトテスト・ vsヴァルガⅠ

 ルギルとヴァルガはまたしても相対した。

 生まれも髪色も全く違う二人だが、性格だけはよく似通っている。

 どちらも負けず嫌いで、どちらも喧嘩早くプライドが高い。

 だからこそ、この二人がぶつかるのは必然だったのかもしれない。

 

 「よく七戦目まで残ったなァ、もう死んだかと思ってたぜ。俺に殺される権利を得るために頑張ったんだなァ」

 

 ぱち、ぱち、ぱち、ヴァルガはゆっくりと手を叩いた。

 拍手を受けているというのに、ルギルは全く褒められた気がしない。

 無論、本人だって褒めてるつもりは更々ないだろう。


「逆だろ? お前が俺に殺されるんだよ」

「クハハ。物を知らん田舎モンは面白えな」


 ヴァルガは馬鹿にしたように声を上げて笑った。

 ルギルも負けずと皮肉に笑う。


「田舎者、田舎者って。逆にお前は、生まれてから王国の外に出た事はあるのか?」

「出た事はないなァ。ロミナリアよりつまらん場所にわざわざ行く必要は無いだろ」

「ははっ。井の中の蛙だな。大海を知らないらしい」


 ルギルの言葉に、ヴァルガの口の端が少し歪んだ。

 怒りを若干滲ませて言う。

 

「運良く六連勝して調子乗ってるみたいだから俺が教えてやるよ。上には上がいるって事をな」

「そりゃありがたい。二席のお前なら詳しく教えてくれそうだ。一席の奴から散々教え込まれたんだろ?」

「ッチ……、言っとけや」

 

 ついにヴァルガから笑みが消えた。

 へらへらと嘲笑ってた態度から一変、剣呑な雰囲気で空気がピリつく。

 

 ルギルはそれを感じてほくそ笑んだ。

 舌戦は先にイラついた方が負けだと思ってる彼にとって、ヴァルガの態度は敗北を宣言したに等しい。


(はは。まず一勝だな)

 心の中で悦に浸る。


 ヴァルガの投げやりな言葉で会話が途切れると、両者ともに口を開かなくなった。

 所詮、言葉での煽り合いは試合開始までの暇つぶしでしかない。

 

 二人は開戦の銅鑼を静かに待った。


『第七試合、試合開始!』


 いつもと同じ、試合開始を告げるアナウンスが流れる。

 

 ヴァルガは、尊大に見えるほどゆっくりと杖を抜いた。

 身の丈に合ったやや長めの杖には、先端部分に大きな魔法石が取り付けられている。

 髪の色とは違う赤色、燃えるような真紅の魔法石。

 おそらくは、炎魔法の効果を増幅するような特性を持っているのだろう。

 

 そのまま、複雑な構成を組んで魔法を展開する。


「『不死鳥の呼び声ファイレスペル』」


 詠唱の声が低く響くと、ヴァルガの背後に不死鳥が舞った。

 杖から見受けられる情報通り、使った魔法は炎属性。

 炎魔法で創られた不死鳥は、ヴァルガのピッタリ後ろを張り付いて、ともに行動を始める。

 広げた翼は、ヴァルガの背丈と同じぐらいありそうだった。


サフィーナあの女の操作魔法なんかと一緒にすんじゃねえぞ。使役魔法だ。知ってるかァ?」

 

 サフィーナの操作魔法は、文字通り自分で魔法。

 対して、ヴァルガが使った使役魔法は、魔法に知性を持たせて、魔法自身が魔法である。


 ルギルの豊富な実践経験でさえ、使役魔法は一度しか見た事がない。それぐらい使い手は珍しい。


「『精強なる炎球ラヴァブル多重発動ラウド』」


 ヴァルガが続けて詠唱すると、ヴァルガと不死鳥の周囲に炎の球が漂い始めた。

 不死鳥が甲高い鳴き声を上げてからは、更に炎球の数が増えていく。

 

 最終的に、全部で十数個の炎球がヴァルガの周りに浮かんだ。

 

 『多重発動ラウド』は同一の魔法を繰り返し使用する補助魔法。

 詠唱者の実力や魔力量によって、一度に使える数が変わる。

 ヴァルガの周囲に漂う十数個の炎球は、ルギルの感覚で言えば馬鹿みたいに多い。多分、背後に控える不死鳥の働きで、大幅に性能が向上しているのだろう。


(コイツ、球撃ち型かよ)


 炎球一つ一つがゴブリンの頭蓋ほどのサイズで、小さくは無いが、一発で致命傷を負うほど大きくもない。

 見かけによらず、細かい魔法を重ねてくるタイプか、とルギルは思った。

 

 魔法士は、大きく分けて三つのタイプが存在する。

 一つ目が、サフィーナのような、大魔法を使って相手を殲滅するタイプ。魔法士として一番多い型。

 二つ目が、レティシアのような、身体にバフをかけて近接戦を仕掛けるタイプ。ルギルもこれが得意。

 三つ目が、ヴァルガのような、小から中ぐらいの魔法を多く使って球撃ちするタイプ。ルギルが一番苦手とする型だ。

 

 物量作戦を取る相手との戦いは、魔力量や属性の相性など、基本的なところで勝敗の着くことが多い。

 ルギルの専売特許である、魔力コントロールは遠距離魔法で発揮しづらく、近接戦闘のセンスも使えない。

 どうしても魔力量が足を引っ張って、戦闘を有利に進める事が難しい。

 

(炎魔法の球撃ちか、氷魔法との相性は最悪だな)

 

 更に最悪な事に、属性相性がすこぶる悪い。


(今回も近接戦闘すんのか……? ていうかそもそも俺の対魔法士の戦略は、近接戦しか活路が無いのか?)


 サフィーナから釘を刺された事で、『閃光フラッシュ』や『麻痺パラライズ』、『氷弾丸アイスバレット』などの初見殺しを使う気は無かった。

 

 だからと言って、すぐに近接戦に持ち込むのは良くない。球撃ちには球撃ちを、というのが魔法士の基本。

 最初から魔法剣など出そうものなら、魔力量に自信がありません、と言ってるようなものである。


 初っ端から弱点を悟られるのは避けたい。

 仕方なくルギルは、球撃ちに付き合おうと決めた。


(あれでかき回せば……いけるか?)

 

「随分考えんなァ? 俺はいつでもいいぜェ?」


 ヴァルガは、ルギルの詠唱をわざわざ待っていた。

 ダンジョンプレイヤーとしての暗黙の了解なのか、それとも余裕の表れなのか、そんな事はどうでもいい。

 ルギルはありがたく使わせてもらった。おかげで策も用意できた。

 

「考えがまとまった。始めようか」


 静かに宣言すると、ルギルは元の色すら分からなくなった杖を振るう。

 レティシアとの戦闘で一部が欠けたが、結界の効果で元に戻っている。

 それでも、結界に入る前よりは戻らないらしく、新品同様とは口が裂けても言えない。小汚いままだ。

 

 ヴァルガの物とは違って、魔法石なんて高価な物は付いていないが、長年使ってきた杖は手足の延長のようなもの。


「『氷炸裂弾アイスシェル多重発動ラウド』」


 息を吐くよりも簡単に、体内の魔力は魔法へと転じ始める。

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