第8話 ドラフトテスト・ vsレティシア
試合開始直後、レティシアは杖の代わりであるペンダントを両手で祈るように握った。
「『
怒声を張り上げて詠唱すると、緑のオーラを全身に纏わせる。
翡翠のボブヘアがうねり始め、ローブが風を孕んだ。
風属性の身体強化魔法。
速度特化のそれは、近接戦において最強の身体強化魔法だ。
「『
続けて詠唱すると、風属性の魔法剣がレティシアの左腰に提げられた。
大陸の極東でよく使われる、刀と呼ばれるもの。
ご丁寧に鞘まで魔法で作られたそれは、自身の身体強化魔法が邪魔にならぬように、逆風を纏わせている。
「根っからの近接魔法士か」
風属性の身体強化魔法に、ペンダント型のスペルキャスター、おまけにローブは薄手で身軽。
近接戦闘で勝ち切る事をコンセプトに、上手くまとめている。
(サフィーナも面倒な相手だったが、コイツも大概だな)
ルギルはまた近接戦闘を強いられるのか、と憂鬱になりながら杖を振るった。
「『
風属性には風属性を。
魔法の幅を見せる事をサフィーナと約束したからにはそうしようと、使い慣れた氷属性では無く風属性の身体強化魔法を使った。
レティシアと同じ、いや、少し濁った深緑の雰囲気がルギルを纏った。
身体強化魔法は上級者ほど、澄んでいて綺麗な色を帯びる。
風属性に限って言えば、ルギルよりもレティシアの方が練達しているのだろう。
「『
身体強化魔法に続いて詠唱すると、人差し指だけが鋼色になって硬化した。
部分強化系の魔法は、魔力コントロールに長けたルギルにとって得意分野である。
原理的に魔力を集める、そして固めるという技術を使うので、他の魔法士より圧倒的に高い効果を生み出せるのだ。
「は? それで勝てると思ってんの?」
「もちろん。十分だろ?」
……これは強がり。
本当は魔力量的に、風属性の身体強化魔法と氷の魔法剣の併用がキツイだけだ。
しかし得意の挑発で、そんな弱みを全く匂わせない。
そんなルギルの煽りで、とうとうレティシアの堪忍袋の緒が切れた。
ブチ切れながらルギルに向かって攻め寄る。
風属性の身体強化魔法を全開に使った加速は流石に速い。
凄まじい速度で接近し、一瞬で間合いに入った。
勢いそのままに、右足を踏み込んで腰を下げ、鞘を強く握って柄に手を掛ける。
鞘から刀を抜き放ち、一閃。
居合斬り。
「…………っ」
それをルギルは、硬質化した人差し指だけで受ける。
金属同士がぶつかる硬い音を立てて火花が散った。
剣速は想像を絶するほどに速く、衝撃はかなりのものだ。
(疾えし、重い)
返す刀で二合目が来る。
手首を返して両手に握り直し、大上段から振り下ろした。
「ふんぬッ!」
ルギルはこれも指だけで受けようとするが、弾き飛ばされて剣筋を流すのに精一杯。
流石に指だけでは、両手の振り下ろしに対応できなかった。
ルギルに大きく隙が出来たが、レティシアも決めに行った剣を逸らされて三合目が打てない。
両者ともに体勢が悪く、二人は一度引いて立て直す。
レティシアは鞘に剣を納めた。
「次は本気で行く」
今の攻防を指だけで受けきられた事が気に入らないらしく、彼女は口を歪めて言った。
親指で
イラついている態度を隠そうともしない。
何度目かの鍔鳴りで、レティシアはルギルに迫ってきた。
納刀した状態で柄に手を掛ける。
居合斬り……かと思いきや、左手は鞘ではなくペンダントを握った。
普通の居合じゃない。魔法を使う気だ。
「『
反発魔法の詠唱がなされた。
ともに風属性の、身体強化魔法と反発魔法の併用。
レティシアは瞬間的に、化け物染みた速度域に達する。
滑らかにペンダントから鞘へと左手を動かし、居合斬りを放つ。
「……っ『
ルギルは『
指一本に魔力を注ぎ込んで、硬化魔法と属性防御魔法を重ね合わせる。
ルギルは人差し指だけの防御力を限界突破させた。
「おらああああ!」
最速の居合を、最高の防御力を持った指で受ける。
余りの速さに目を剥いた。
斬れることはなかったが、衝撃までは抑えきれない。
右手だけが後方に吹っ飛び、体勢がめちゃくちゃに悪い。
それに対して、レティシアはすでに二合目を打ち込む姿勢に入っている。
思い切り振った刀、その手首を返して逆袈裟に振り下ろす。
ルギルの胴体はがら空きだ。
「『
咄嗟に、杖に属性防御魔法をかけて振り上げ、レティシアの剣をかち上げた。
反発魔法が使われなくて助かったが、それでも杖の一部が剣に折られて弾け飛ぶ。
ギリギリ。右手を戻して仕切り直す。
絶体絶命のピンチを脱することに成功した。
「防御だけは亀みたいに固い」
「それなら次は攻めるとしよう」
短い会話を結んで、レティシアの一挙手一投足に注視する。
そんなルギルの視界の端で……何かが煌めいた。
隣の試合会場。
それを区切る立方体が割れた。
ヴァルガの試合、その決着がついたのだ。
試合中にも関わらず、ルギルはそっちが気になってしまう。
ついチラ見すると、ヴァルガと膝をついた対戦相手が見えた。
ヴァルガは対戦相手を歯牙にもかけず、邪悪な笑みを浮かべて自分を見ている。
「まだ終わんねーのか?」そう言っている気がした。
「だからどこ見てんだよって言ってんだよ! 『
戦闘中よそ見をするルギルに、レティシアは我慢ならなかった。
全速全開、反発魔法も掛け合わせた最速でルギルに襲い掛かる。
フェイントも見せない猪突猛進。
文字通り、怒り狂ったイノシシのようだ。
それを見たルギルは、囁くように小声で詠唱する。
「……『
目の前に透明の壁が現れた。
見えない、ではなく、見えにくい光の分厚い壁。
よくよく目を凝らせば、光の加減で何かあることは分かるだろうが、レティシアはムキになっていて冷静さを欠いている。
もし彼女が今の速度でぶち当たれば、ひとたまりも無いだろう。
しかし、
「『
それでも彼女なら、とルギルは考えていたのかもしれない。
案の定とも言うべきか、レティシアは逆方向の反発魔法を使って、鼻先が壁に当たるギリギリで急停止した。
「ははっ。こんな子供騙しに私が引っかかるとでも思ってんの? ほんと舐められてんね」
ルギルの小細工を嘲笑する。
そんな小細工が通ると思われている自分にも腹が立っていた。
手を伸ばせば届く距離で、透明の壁を挟んで立つ二人。
レティシアは動かない。
ここはすでに間合いだから。ルギルが透明な壁を解除した後に斬りかかればいい。
壁は分厚く、叩き斬ろうとすると隙が出来る。
ルギルが何をするか分からない以上、動くのは得策ではないと考えた。
居合斬りの体勢だけ作ってその時を待った。
ルギルはその思考を根本から否定する。
「いーや? こんな子供騙しに引っ掛からないと思ったから使ったんだよ」
分厚い光の壁をすり抜けて、柄を握るレティシアの右手を押さえた。
すぐさまレティシアの半身と剣を、彼女に触れるルギルの腕ごと凍り付かせる。
「『
「は、え?」
全く予想してなかった行動は、いとも容易く彼女の生命線を奪った。
呆気に取られる彼女をよそに、零距離まで接近する。
レティシアは凍って身動きをとることができない。
「……意味わかんない」
「種明かししてやるよ」
『
光の加減で壁があるように見せて、実は何もないというトリック。
小声での詠唱に加えて、ギリギリ見えるように設定した壁は、見えない事こそが秘策だと思わせる。
しかし、本当の秘策は壁が見えない事ではなく、壁ですらない事。
レティシアは壁に囚われて、選択肢を誤ったのだ。
説明が終わると、短く尖った杖をレティシアの首に突きつける。
「降参するか?」
「死んでも嫌」
聞くと即座に、ルギルはレティシアの喉元を切り裂いた。
第六試合、ルギルの勝利で幕を下ろす。
(また搦手で勝ったけど、華のある戦いは出来たのだろうか)
魔法の幅を見せた自信はあるが、まだ魔法戦の華についてはよく分からなかった。
△ ▼ △
「……名前を聞いてあげる」
試合終了後、レティシアはルギルに問いかけた。
泣きはらした目はまだ赤い。
ルギルを下から見つめる瞳は、上目遣いというにはトゲトゲしい目つきだった。
「ルギルだ。今なら覚えられそうか?」
雑魚の名前は覚えられない、と試合前宣った彼女にルギルは意地悪く言った。
ニヤ付きを抑えない声にレティシアはムッとなる。
ルギルは少し性格が悪く、レティシアは少し、ではなく気が短い。
「真っ二つにするまで絶対忘れてやんない」
彼女はそう言って去って行った。
『第六試合終了です。第七試合に移ります』
無機質なアナウンスが流れると、空間転移が自動的に行われる。
全勝での勝ち抜けを決める第七試合。
転移先には、ルギルと同時に降り立つ男がいた。
それは、どす黒い赤色の髪を持つ男。
「久しぶりだなァ」
ヴァルガ・ラバディウスは血を滾らせて言った。
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