第7話 ドラフトテスト・魔法の幅

 試合が終わると、会場として区切られていた立方体は、内部から圧力がかかったみたいに割れた。

 

「立てるか?」

「……ええ、大丈夫よ」


 結界の効果で痺れは取れたらしく、サフィーナはひとりでに起き上がる。

 しかし、顔には苦悶の表情。

 身体的な疲労ではない、精神的な物だ。

 

 全勝での勝ち抜けを目指してたのはサフィーナとて同じ。

 悔しい結果に終わってしまった。


「完敗、ね……」

「ギリギリだったよ」

 

 ルギルとしても、紙一重の連続だった。

 遠距離魔法では勝ち目が無いからこそ、近接魔法でのゴリ押し。

 相手の強みである懐にわざわざ飛び込んで、無理やり駆け引きに持ち込んで勝った。

 完勝とは言えない、泥臭くて薄い勝ちを拾ったと思っている。

 それでも勝ちは勝ち、負けは負け、なのだが。

 

 ルギルは受験票を見て、また一つ丸印が増えている事を確認した。

 丸印は全部で五つ、5戦5勝というわけだ。

 

 変わって、サフィーナの物にはバツ印が付与された。

 4勝1敗、敗北は後1つまでしか許されない。

 サフィーナはそれに目をやると、奥歯を噛み締めた。


「時間もあるし……一番最初の転移前に言いかけてた話でもしよっか」

「よろしく頼む。教えてくれ」


 サフィーナは、第五試合が始まる前にも言ったことについて話し始めた。


「転移前に言いたかったことは、魔法戦についてよ。このテストで見られるのは強さだけじゃなくて、その強さを維持しながらどれだけ魅せられるか、なのよ」

「また魅力の話か。俺はそれについて全然理解できてない」

「ふふ、そうでしょうね。ルギルの『閃光フラッシュ』と『氷弾丸アイスバレット』のコンボは酷すぎるもの。対戦相手から何か言われなかった?」


 ルギルは、第一試合後の対戦相手が言った負け惜しみを思い出した。

『つまらない魔法だな。華が無い』『はっ、お前は何も分かっていないな。貧乏人』

 そんな事を言われた気がする。

 そういえば、第二、第三、第四試合が終わった後にも文句を言われた。


「言われ、たな」

「だと思ったわ。それは瞬殺された恨みもあるでしょうけど、ルギルの魔法に品が無さ過ぎたせいよ」

「俺の魔法には……品が無い?」

「平たく言うとね。強いだけで美しくない、そう判断されるわ。そもそも『閃光フラッシュ』したら観客も見えないじゃない」

「た、たしかに……」

「私たちが目指す先は、純粋な殺し合いではなくて、華のある激闘よ。それを考えて六戦目と七戦目を戦ってね」

「お、おう。難しいな」

「難しかったら、使う魔法の幅を広げるだけでいいのよ。別の魔法で相手を圧倒するの。色んな戦い方を持ってるんだな、って分かってもらえればいいの」

 

 サフィーナの助言はありがたかった。

 現状、ルギルは五戦戦って数種類の魔法しか見せてない。

 しかもその内、四戦は全く同じ勝ち方である。

 もっと幅を見せる。その方向性でこれからの試合を戦おうとルギルは思った。

 

「さっきの戦いの近接魔法は美しかったわ。鋭さの中に無骨な魅力を感じた」


 サフィーナは早口で続ける。


「それに、あんなに短い魔法剣を使ってるプレイヤーは他に居ないわ。身のこなしも相当良い。短期決戦仕様ってのも心をくすぐるし、機転が効くから色んな戦い方もできるでしょ? あ、でも『偽物フェイク』は正直ズルいけどね。負け惜しみだけど! 他にも――」


 ダンジョンオタクの悪い所をまき散らしながら、サフィーナはルギルを褒めちぎった。

 ルギルとしては、褒められて嬉しい反面、一戦だけでこんなに分析される事に若干恐怖した。あと熱量にも引いていた。


「――ってな感じでルギルはあんな初見殺しじゃなくて、もっと近接戦闘すれば良いのよ。カッコいいから」

「カッコいい、か?」

「ええ。ルギルの近接魔法はカッコいいわよ」

「……おうふ」

 

 女性にカッコいいなんて言われた事ないルギルはめちゃくちゃ照れた。

 ルギル自身の事を言っているのではなく、使用する近接魔法について言っているのだが、サフィーナがキラキラした瞳で言ってくるから質が悪い。

 

「勝ち抜いたら最後にもう一つテストがあるから、一緒に臨みましょう。私たち魔法の相性が良いから、きっと素晴らしい物ができるわ」

「もう勝ち抜いた先の話かよ。気が早えな」

「負けると思ってるの?」

「俺は負けないぞ、サフィーナは分からんがな」

「言うじゃない。一敗もしないでよね。相対的に私の評価も落ちるから」

「ははっ、自分のためかよ」


 正直すぎる物言いにルギルは笑った。


『第五試合終了です。第六試合に移ります』


「じゃあね、最終テストで逢いましょう」

「おうよ」


 彼女と約束すると、またしても景色が変わる。

 

 ヴァルガが全勝してるのであれば、そろそろ当たってもおかしくないと思っていたが、どうやら今回の対戦相手はルギルの知らない人物だった。

 それを少し残念に思って、ルギルは周囲の立方体に目を向ける。

 すぐに、見つけた。


 真横の戦場にヴァルガが居た。

 半透明の区切りのせいで、顔がはっきりとは見えない。

 しかし、特徴的などす黒い血のように赤い髪の毛でヴァルガだと判別できる。

 やはりヴァルガも全勝してるらしい。

 

 ルギルがヴァルガの方を見ていると、ヴァルガもまたルギルを見ていることに気付く。

 眼までは見えない、だが、明らかに目が合っている。

 半透明を挟んで二人は睨み合っていた。


「どこ見てんのよ。私の事舐めてんの?」


 真横をガン見してると、対戦相手から怒気を含んだ声がかかった。

 正面に目を向けると、対戦相手の女が怒りをあらわにしている。


 (……良い女だ)


 またしても美人な女だった。

 髪はボブヘアに短く揃えられていて、綺麗な翡翠色をしている。

 魔法士にしては珍しく杖を持っておらず、その代わりに、最近開発されたペンダント型のスペルキャスターを首から提げていた。


 杖より効果や特性が乗せにくい代わりに両手が空くため、近接戦が得意な魔法士に好まれているらしい。

 

「ねえ、聞いてんの?」


 声をかけられてルギルは我に返った。


「すまない。知ってる奴を見つけてな」


 ルギルはなんの言い訳にもなってない事を言った。

 当然、火に油を注いだだけである。

 

 女はルギルの言葉を聞いて青筋を立てた。

 髪色と同じ翡翠色のペンダントを握り締め、戦う準備は万端。

 今にも魔法が飛んで来そうである。

 

「レティシア・レイスヘルよ。脳みそに顔と名前を刻んで。もう二度と私の前で舐めた態度は取らせない」

「俺はル――」

「――いらない。雑魚の名前はいちいち覚えてられないから」


 雑魚呼ばわりされたルギルは、白い歯を見せた。

 

「そりゃ大変だな、自分の名前は紙にでもメモってんのか?」


 笑い混じりに応じると、そこそこ離れているのに大きな舌打ちがルギルの耳に届いた。

 どう見ても怒りが爆発している。どう考えても煽ったルギルが悪い。


『第六試合、試合開始!』


 試合開始が合図されると、レティシアは待ち望んでいたと言わんばかりに動き出した。

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