第6話 ドラフトテスト・ vsサフィーナ
うだうだ言い訳をしても仕方ないので、ルギルは腹を決めた。
近接戦闘でしか勝ち目がないならやるしかない。短期決戦すれば良いだけである。
幸いにして、この試合が終われば、結界の効果で魔力が全回復する。
次の試合は気にしなくて良い。
この戦いで魔力が空っぽになっても問題ない。
深く息をついてから、杖を左手に持ち替えると、少しだけぎこちなく杖を振るった。
「『
ルギルの右手に、小さな氷の魔法剣が現出した。
それを魔法剣と呼ぶにはいささか小さく、左手に持つ短い杖よりも更に短い。
しかし、刃の部分は絶対零度になっていて、当たりさえすれば掠り傷だろうが致命傷になり得る威力を持っている。
この短い刀身が当たれば、であるが。
「ずいぶんと控えめな魔法剣ね?」
「精一杯なんだよ。バケモノじみた魔力してるお前と違ってな」
サフィーナであれば、身の丈よりも大きな魔法剣を幾度となく振り回せるだろう。
しかしルギルには、この果物を切るような短剣が精一杯。
それぐらい二人の魔力量は違う。
実は、会話してる時間も勿体ないのだ。
気を取り直して、とんっとんっ、と軽やかにジャンプすると、氷属性の身体強化魔法をかける。
「『
薄氷がルギルを纏った。
ぼさぼさに伸ばされた鼠色の髪が白く揺れ、ほんの少しだけ清潔感が増したように思える。
身体強化魔法は生身に比べて、攻撃力・速度・防御力などが全体的に強化される。
属性によって少しずつ性能が変わり、氷属性の身体強化魔法なら、氷魔法の強化と隠密強化。
気配が風景に溶け込みやすくなる、という気休めのような効果である。
……他属性の身体強化魔法と比べると、使い勝手は下から数えた方が早い。
それでも使うと使わないとでは、近距離の性能に天と地の差があるため、身体強化するほかないのだ。
「じゃあ征くぜ」
フェイントを織り交ぜながら、ルギルはサフィーナに突っ込んで行った。
傭兵時代に見た剣士の見様見真似ではあるが、魔法士とは思えない身体能力だ。
蛸足の制海権まで迫ると、一旦呼吸を整えて、更に速度を上げて突貫する。
ルギルの瞳に映るのはサフィーナの首。
蛸足は相手にしないつもりだった。
「流石に舐め過ぎよ」
サフィーナは、正面の蛸足でルギルを薙ぎ払うように操作する。
「うおっ!」
ルギルは思わず横っ飛び。
間一髪でそれを避けるが、地面に倒れこんでかなり体制が悪い。
当然サフィーナは追撃をかける。
二本の蛸足をルギル目掛けて叩きつけた。
ただ蛸足をがむしゃらに振り下ろしただけの攻撃は、水属性とは思えない衝撃である。
重低音を鳴り響かせる連続攻撃を、ルギルは地面をゴロゴロと転がって生き汚く回避する。
蛸足の領域から一時撤退した。
「あっぶねえ……けど、逃げ切れたな」
サフィーナは必要以上の追撃をしなかった。
最初の立ち位置からはほとんど動かず、『
同時に別の魔法を使えないのか、あえて使わなかったのか、理由はまだ分からない。
じっくり確かめたいところだが、今は時間が無い。
「んふふ。せっかくの魔法着が泥だらけよ? 洗ってあげるからこっちにおいで」
手招きするように蛸足動かして、サフィーナは嫣然と微笑む。
(……コイツ、戦闘になると性格が変わるな)
丁寧にダンジョンの事を教えてくれたサフィーナには見えない目の前の女。
中々良い性格をしている彼女を無視して、また走り出した。
「第二ラウンドだ」
今回も蛸足のところまで全力で近づくのは同じ。
違うのは一旦そこで足を止めて、蛸足を処理するように戦う事。
サフィーナを取り囲むように円形配置された蛸足を潜り抜けるのは、不可能だとさっき分かった。
『
幸運にも氷と水なら、相性はルギルに分がある。
ルギルは押し寄せる蛸足を回避しながら、短い魔法剣で零度の攻撃を当てていく。
触れることさえできれば、あっという間に蛸足は氷の像へと生まれ変わった。
一本、二本、三本、と蛸足を凍らせることができたが、四本目の攻撃で緊急離脱を余儀なくされてしまう。
すこしだけ、サフィーナから距離を取った。
彼女はその隙をついて蛸足を補充する。
氷の像はバラバラに砕け散り、瑞々しい蛸足に生え変わった。
「また始めからかよ」
ルギルは重いため息をついて、八本足の怪物に向かう。
△ ▼ △
三度のチャレンジを経て、ルギルはかなり理解した。
蛸足を凍死させると、サフィーナはそれを一旦放置して別の蛸足でルギルを襲う。
大きめの隙が無いと再生することはできないらしい。
一本ずつ削っていくことで、サフィーナの手数は八本からどんどん減っていくが、本数が少なくなると逆に操作能力が上がる。
多いときは量で嬲り殺し、少なくなれば質で叩き潰す。
あまりにも相手にするのが大変。呆れるほどに強い魔法である。
一本一本削る事はできるのだが、八手ある攻撃を全て捌く事ができない。
ルギルは三回のチャレンジで、蛸足にだけ全神経を集中させても、五本削り切るのがやっとだった。
「そろそろラストチャンスかな?」
「そうだな。次の攻撃で決めよう」
「無理しちゃって」
二つの燃費が激しい魔法の同時使用。
ルギルの体内に魔力タンクなるものが存在すれば、ガンガン目盛りが減っていってることだろう。
魔法剣も身体強化魔法も、魔法士に広く普及した魔法である。
当然サフィーナも使えるし、どれぐらいの魔力を使うのかは、座学で頭に入っている。
ゆえに、ルギルの魔力量を知るサフィーナは、彼が今どれだけ無理をしているのかは、手に取るように分かる。
そのため、防御を固めて時間を稼ぐのが安定行動なのだが、彼女はそれをしない。
なぜならカッコ悪いから。
ただ単に勝つのではなく、華麗に敵を翻弄して勝つ。
視聴者はそれを求めているし、彼女もそうありたいと思っている。
ちなみにルギルはそんなこと知らないし、美学なんて持ってるわけがない。
だから相手を閃光で眩ませて弾丸で貫く、なんて初見殺しを平気で何回も行っているのだ。
「じゃあいくか」
「いつでもどうぞ」
サフィーナは余裕で笑う。
その姿は、ダンジョンの最奥部で待ち受ける魔王のようだ。
ルギルはさっきまでと全く同じように、またしてもサフィーナに襲い掛かる。
それは、蛸足の領域で足を止める事も変わらない。
氷の魔法剣で一本一本削っていくことも、変わらない。
全てが同じ動きだった。
それを見てサフィーナは拍子抜けした。
「八本削り切れると思ってるの?」
「…………」
ルギルは答えず、蛸足を削る事に力を注ぐ。
サフィーナは蛸足を操作してルギルに応戦した。
少しずつ削られていくが、それも同じ事。
残った蛸足は四本。その操作精度を上げて、ルギルを追い詰めていく。
(これで終わりよ)
追い詰められたルギルは、氷像となった蛸足の陰に隠れた。
サフィーナはその氷像ごと横薙ぎに払おうとする。
『ガリ、ガリィイ、ガキン』
その時、サフィーナの耳に奇妙な音が聞こえた。
だが、違和感を覚えながらも、横薙ぎの攻撃を遂行する。
氷像は大きな音を立てて粉々になった。
――しかし、ルギルの姿はどこにも無い。
「消えた? どこ?」
サフィーナはきょろきょろと首を振って辺りを見回す。
死角を作る残りの氷像を瞬時に砕いた。
しかし、どこにもルギルの姿は見えない。
『ガリ、ガリィイ、ガキン』という音だけが脳内を木霊する。
「上!」
いた。空にいた。
ルギルは氷像に魔法剣を引っ掛けて登り、中空に飛び出していた。
「見つけた」
「……ッ!」
見つかったルギルは、何とも言えない表情をする。
サフィーナの顔は喜色に満ちる。
「知ってる? 飛んでる人間は動けないのよ」
空にいるルギルを蛸足で迎え撃つ準備は出来ている。
避ける術は無い。
サフィーナは勝ちを確信する――
――がしかし、その刹那、胸に妙な物がつっかえた。
何かが、ない。
あるはずのものが、ない。
(無い! 魔法剣が消えてる!)
ルギルの右手から、魔法剣が消えている。
身体強化魔法しか使っていない。
別の魔法が、飛んでくる。
「『
「そうだと、思ったわ」
ルギルの声で、光り輝く小さな玉が現れた。
サフィーナは先んじて眼を瞑り、蛸足を天に向けてガードを固める。
プライドを捨てた完全防御体勢。なりふり構わず勝ちに行った。
『
それが聞こえてから目を開ければいい。サフィーナはそう考えた。
「『
聞こえてきたのは、想定外の
サフィーナは目を開け、ガードを解いて上を見るが、もうそこにルギルの姿は無い。
不発に終わった光の球も掻き消えている。
「は……」
「『
知らない詠唱は、真後ろから聞こえてきた。
「うあぁ、が……」
身体の自由が利かなくなって倒れこむ。
魔力を使うこともできない。四本の蛸足は音も無く霧散した。
詰み、である。
「降参してくれると、殺さなくて済むんだが」
慈悲の言葉で、もうどうにもならないと悟った。
「……まいった、わ」
サフィーナは降参した。
第五試合、ルギルの勝利である。
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