第5話 ドラフトテスト・魔法戦

 試合開始の合図と同時にルギルは杖を抜いた。

 安価という理由だけで買ったその杖は、一般的な物よりも細くて短く、頼りない印象である。

 特殊な効果や得意属性も無い杖だが、取り回しやすく邪魔にならないところをルギルは気に入っていた。

 当然、コイツも小汚いのだが。

 

「『閃光フラッシュ』」

 

 すぐさま『閃光フラッシュ』を放つ。

 傭兵時代、何百回も何千回も使い込んだ魔法。

 ルギルにとっては、息を吸うよりも簡単に魔法構成を組む事ができる。


 真っ白の光球が杖の先から飛び出して、同時に弾けた。

 先手必勝。

 目を焼き尽くす眩い光がルギルを中心にフィールドを駆け巡る。

 相手からすると、一瞬白んだ後、視覚が完全に奪われる初見殺し。


「うぁ、うわあああああ」

 

 何が起こったのかも分からず、目を押さえて右往左往する相手に向かってルギルは魔法を放つ。


「『氷弾丸アイスバレット』」


 高速回転する氷の弾丸は心臓を射抜いた。

 対戦相手は激しい血しぶきを上げて力なく倒れる。

 実にあっけない幕引き。当然動くことはなく、地面だけが赤く血に染まり続けた。


「いつもの癖で撃ちぬいたけど、ほんとに復活すんだよなこれ……」


 不安になるルギル。

 しかし突然、パリンっと音を立てて、ルギルの周囲を取り囲む立方体が割れた。

 粉々になった結界は煌めきながら空気中に溶けていく。綺麗な光景だった。

 

 気が付くと目の前の光景が嘘だったかのように、対戦相手はちゃんと立っている。

 血塗られて真っ赤になっていた地面も、幻のように元に戻っていた。

 

(うおっ! さっきまで死んでたやつが……気味わりい。やっぱ俺は死にたくねえな)


 初めて生き返る魔法を見て驚いていると、急にポケットに入れていた受験票から音声が流れた。

 

『あなたの勝利です』


 確認すると名前と魔法量の他に、丸印が1つ記載されていた。

 白星ということなのだろう。


 目指すは七戦全勝での勝ち抜け。

 同じ戦績同士の相手が充てられるということは、勝ち続ければどんどん敵が強くなる。

 それが今から楽しみだった。

 

「つまらない魔法だな。華が無い」


 そんな楽しみに水を差す、ルギルの耳に負け惜しみの声が聞こえてきた。

 言ったのは当然、一戦目の相手。

 

 『閃光フラッシュ』も『氷弾丸アイスバレット』はルギルの創った魔法である。

 ルギルとしては、必死に工夫を重ねた自信作を貶されて気分が悪い。


「つまらなくてもお前の負けは変わらないぞ」


 言われたら言い返す。

 ルギルには平和に収める優しさなど、持ち合わせていない。

 相手は鼻で笑った。


「はっ、お前は何も分かっていないな。貧乏人」


 一敗目が余程堪えたのか、意味の分からない返答をされる。


「俺が何を分かってないんだ?」


 ルギルが問い返すが、相手は口を開かない。

 15分間、次の試合会場に飛ばされるまで目を合わせることすらしなかった。


『第一試合終了です。第二試合に移ります』


 アナウンスが流れると、景色が変わる。

 またしても、さっきと同じような立方体の中にルギルは入っていたが、見える校舎の角度的に一戦目とは全然違う場所に飛んだようだ。


『戦績が同じ相手と戦うのはもちろん、周囲は同じ戦績で固められています。後に戦う相手がいるかもしれません。対戦後はよく観察すると良いでしょう』


 アナウンスを聞いて、ルギルは周囲の立方体に目を向けるが、サフィーナやヴァルガの姿は見えない。

 すでに土がついたのか自分の周りにいないだけか、それは全ての試合に勝てばそのうち分かるだろう。


   △ ▼ △


 二、三、四戦目を何事も無く勝利し、戦績は四戦全勝。

 ルギルは全ての試合を瞬殺で終わらせている。

 『閃光フラッシュ』からの『氷弾丸アイスバレット』というお得意の必殺コンボが決まりまくっていた。


『第四試合終了です。第五試合に移ります』


 初めて、景色が変わらなかった。ということは同じ場所でやるのだろう。

 すぐに、五戦目の対戦相手が転移してくる。

 それはドラフト志願者の中で数少ない、ルギルが知っている人物だった。


「また会ったな」

「久しぶりね」


 暗めの髪色の内側だけを海色に染めた女、サフィーナ。

 彼女もルギルと同様、四戦全勝でここまできた。

 大陸一と言われるロミナリア魔法学校の第五席は伊達じゃない。


「そういえば、一番最初の試合前に言いかけてたことって何だったんだよ」

「この試合で私が勝った後に教えてあげるわ。どうせ時間が余るでしょうし」


 サフィーナは挑戦的な笑みを浮かべて言った。


「おいおい、俺が勝った時も教えてくれよ。暇になるじゃねえか」


 おどけた調子でルギルは軽口を叩いた。

 魔法戦でも舌戦でも、なんなら殴り合いだとしても、ルギルには勝ちを譲ってやる気なんて無い。

 恐ろしく負けず嫌いなのだ。


「ふふ、もし万が一勝てればね」


 サフィーナは小悪魔のように笑う。

 彼女にも、ロミナリア魔法学校を第五席で卒業した意地がある。

 

『第五試合、試合開始!』


 遠隔音声魔法のアナウンスで舌戦が終わり、魔法戦が始まる。


 ルギルはこれまでの試合と同様、短い杖をくるりと回して十八番を唱える。

 当然、手加減するつもりは無い。


「『閃光フラッシュ』」


 手のひらサイズの光球が打ち出されると、すぐに炸裂した。

 立方体内はもちろん、半透明を突き破る程の光が辺りを満たす。

 不可避の範囲攻撃はサフィーナですら避けられはずがなく――

 

「開始直後にピカピカ光らせてたのはルギルだったのね。一応対策しててよかったわ」

 

 ――サフィーナは目を瞑って回避していた。

 ルギルが思ってるよりも『閃光フラッシュ』の威力は強く、離れたサフィーナの戦場にも届いていたらしい。

 対応策が容易な事もあり、もう『閃光フラッシュ』は役に立たない。


 しかし、一の矢を外したからといってルギルは動じない。

 二の矢を射ればいい。それがだめなら三の矢でも四の矢でも、相手が死ぬまで射抜き続ければいい。

 

「『氷弾丸アイスバレット』」


 凍てつく小さな氷片がサフィーナに勢いよく迫る。

 サフィーナはそれを予期していたかのように杖を振った。

 

「『逆水流の海壁インバーシャン』」


 氷の弾丸は、サフィーナの前に現れた水流の壁に阻まれ、中ほどで止まる。

 防御魔法に水属性を付与した魔法で、中々にレベルが高い。

 

「やるな」

「まぁこれくらいわね。次は私から行くわ。『海淵なる大蛸足オクトノス』」


 サフィーナは、しなやかな細腕で杖を激しく振り回し、奏でるように詠唱した。

 すると彼女を取り囲むように、地面から勢いよく八本の水塊が生えてくる。

 その一本一本が、サフィーナの背丈を優に超えるほど長く、華奢な彼女の胴回りよりも太い。


 暴力的な魔力量を武器にした、大型の属性操作魔法。

 水で出来た魔法の蛸足は、一本一本がウネウネと独立して動く。

 時折、ルギルを挑発するように、地面に力強く叩きつける動作も見せてくる。


(あれを喰らえばひとたまりも無いな)


 幸い、と言っていいのかは分からないが防御に寄った大型魔法らしく、主導権はルギルにある。

 まずは遠距離魔法で小手調べ、相手の戦力を分析することに決めた。

 

「『氷砲弾アイスキャノン』」


 『氷弾丸アイスバレット』に比べて速度は劣るが、弾の大きさと威力に優れた魔法。

 拳骨サイズの氷の塊がサフィーナに向かって、かっ飛んでいく。


「甘いわ」

 

 それをサフィーナは、二本の蛸足をクロスさせて受けとめた。

 氷塊は蛸足を貫くことなく、水中で止まる。


 それがルギルの狙いだった。


「『破裂せよクラッシュ』!」


 ルギルの新たな魔法によって、氷塊が水中で砕けた。

 蛸足の中に無数の氷の欠片が散らばると、水温を急激に奪っていく。

 瞬く間に蛸足は凍りついた。

 氷のオブジェの完成である。


「まずは二本だな」

「残念ね、これ補充できるのよ」

 

 蛸足の氷像を下から突き上げるように、新たな水の塊が現れる。

 さっき凍らせた物と全く同じ。水で創られた巨大な蛸足。

 残念ながら、太さも長さも劣化してるようには見えない。


 流石のルギルもこれには苦い顔をした。

 大型の属性操作魔法で、再生能力持ち。

 どれだけの魔力量があれば、こんな魔法を使えるのか。


 (遠距離から削るのは無理だな)

 

 ルギルとサフィーナでは魔力量に大きな差がある。

 さっきみたいに少しずつ削っていくと、ルギルの魔力が先に尽きるだろう。

 遠距離での削り合い、消耗戦に分があるとは思えなかった。


(近接戦闘……か)


 ルギルの得意分野ではあるのだが、あまり気乗りしない。

 

 理由は一つ、近接戦闘用の魔法と相性が悪いから。

 身体能力が高く、身のこなしも悪くないルギルだが、身体強化魔法や魔法剣などの近接魔法は、燃費が悪過ぎるため魔力が持たない。

 短期決戦で決めないと、どうしてもガス欠してしまう。

 

「これを相手にするのは骨が折れそうだな」

「ふふ、ちゃんと折ってあげるわよ」


 蠱惑的な微笑は、魔族のような戦い方をする彼女によく似合っていた。

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