第3話 魔法学校とダンジョン
ドラフトテストの会場は、ロミナリア魔法学校の巨大な魔法練習場を丸々一つ貸切って行われる。
ロミナリア魔法学校。
人魔大戦以前から開校されていて、その歴史は200年以上にも及ぶ。
魔族との戦争のために、魔法士を練兵する目的で設立された本校は、時代を経るごとに卒業生の進路は大きく変わっていった。
最初期は当然、人魔大戦に徴兵される魔法士として。
大戦が終わってからは、人と人との争いを収める魔法士団へ。
治安が良くなって人々が娯楽に目を向け始めた最近は、ダンジョンプレイヤーが一番多い。
そのため、ドラフトテストはロミナリア魔法学校の卒業式から、ちょうど一週間後に行われることとなっている、らしい。
道中、ルギルはサフィーナに教えてもらっていた。
「ダンジョンは東西南北に4つと中央に1つ、計5つあるの」
「各ダンジョンにプロが1チームあるから全部で5チームね」
「プロに入れるかどうかで将来が全然違うから皆頑張るのよ。野良のプレイヤーは日の目を浴びづらいからね」
「例年通りなら各チームでドラフトされるのは大体5人ぐらいね。そこに入れるかどうかが勝負よ」
ルギルはサフィーナの説明を「なるほどなるほど」と、壊れた魔法具のように繰り返しながら必死に聞いている。
あまりにも知らないことが多いため、サフィーナにドン引きされた。
「その5つのダンジョンによって違いとかあるのか?」
「良い質問ね!」
サフィーナはルギルからの質問に目をキラキラと輝かせる。
「まず基本的に、ダンジョンは外気温が高ければ高い程、魔族やモンスターって活性化するのよ」
「……初耳だ」
「でしょうね! だから真夏にかけてダンジョンの難易度がどんどん上がっていくわ。その中でも、南部の夏は馬鹿みたいに強いわよ」
「逆に北部は、真冬にかけてダンジョンの難易度が上がるの。本来冬場はオフシーズンなんだけど、北部だけは繁盛期ね」
「西部は階層によって、ダンジョンのバイオームが極端に異なるの。ジャングル・砂漠・火山・氷雪、階層によって出てくるモンスターや魔族も異なるから、様々な技能が求められるわ」
「東部は年によって難易度が全然違うわね。魔族のやる気が違うっていうか、とっても強いときもあるし弱いときもある、みたいな。あと西部程じゃないけどバイオームも異なるわね」
「中央は階層が深い。潜れば潜る程、強い魔族とモンスターが存在するから、一番大変で難しいって王都の人はよく言うわね。あと断トツすごいのは人気。中央で生き延びれば大金持ち一直線よ」
早口でまくし立てるようにサフィーナは説明した。
ルギルはサフィーナの熱量に若干引いている。
仕方がない。
ダンジョンオタクでお節介な彼女にとって、ダンジョンの質問は大好物なのだから。
△ ▼ △
そんなこんなで、サフィーナに案内されてロミナリア魔法学校に到着した。
大きな校舎は王都のどこからでも目に付くため、遠くからでも見えていたが、近くで見るとその荘厳さに背筋が伸びる気がした。
ルギルは正門で紹介状を渡して受付してもらい、受験票の様な紙をもらう。
サフィーナは今年魔法学校を卒業したため顔パスだった。
二人は会場である第一練習場に向かおうとすると、
「おいサフィーナ。誰だその小汚い奴は」
乱暴な声が飛んできた。
声がする方向に視線を向けると、血の様な赤髪を長く伸ばした男の魔法士が、ルギルを心底見下した目つきで睨んでいる。
「テメェだよ。その汚ったねえローブを着たお前だ」
ルギルは自分の装いを見回した。変わったところはないように思える。
しかし、明らかに男は自分の方を見て言っている。
まさか、と思いながら問い返した。
「お、俺の事か……?」
「テメェ以外に誰がいんだよ」
ルギルは困ったようにサフィーナに目を向ける。
彼女は苦々しく笑うだけで否定はしない。
サフィーナにまで小汚い事と思われていたことに驚愕した。
……ちょっぴりつらい。
「おいおい自分が汚ねえ事にも気付いて無かったのかよ! この芋野郎はどこの畑から出てきたんだァ?」
赤髪の男は取り巻き達と一緒に大口を開けて笑う。
「ヴァルガ。口が過ぎるわよ」
「誰に口聞いてんだテメェ。五席が二席に命令してんじゃねえよ」
笑みを消したヴァルガの威圧にサフィーナは怯んだ。
小汚い男はそれを黙って見てられる程、気が長くはない。
「なら俺が言ってもいいか? 傷付くから小汚いとか言わないでくれ」
おどけた言葉とは裏腹に、ルギルはヴァルガの目の前に立ってガンを飛ばした。
いつでもやれるぞ。目がそう言っている。
自分から喧嘩を売る事は無いが、売られた喧嘩は買う。
ルギルは好戦的なのだ。
舐められたら終わりの傭兵生活が彼をそうさせた。
「テメェ名前は?」
「ルギル」
「家名無しかよ。魔法戦でぶっ殺してやるから魔力測定なんかで落ちんじゃねえぞ」
少し、というには長い時間睨み合うと、どちらからとも無く視線を外した。
「田舎もん同士仲良くしてろや」
そう言ってヴァルガは取り巻きと共に去って行く。
汚いに田舎者と散々な言われようだが、幸いサフィーナも田舎者らしい。
妙な仲間意識が芽生えた。
「あなた、意外と気が強いのね」
「ああいう相手は舐められたら終わりだからな」
「ふーん? 啖呵切ってたけどテスト内容は知ってるの?」
「…………」
本当にあなたは何も知らないわね、と呆れてから丁寧に説明を始めてくれるサフィーナ。
サフィーナ様様である。
「一番最初のテストは魔力測定。これは単純に魔力量を測るだけ。志願者の四割程度がここで落とされるわ。まぁだいたい記念受験の人たちだけどね。魔力が少ない人は魅力的な魔法を使うのは難しいって事で足切りされるの」
それを聞いたルギルは微妙な顔をする。
ルギルの魔力量は魔法傭兵としては平均以下である。
ドラフト志願者の平均は分からないが、最初から厳しい戦いになりそうだ。
「四割……か……」
「え、そんなに自信ないの……?」
「いや……大丈夫だ」
「しっかりしてよね」
魔力量なんて今更どうすることもできない。
ルギルはただ祈ることに決めた。
「二番目は魔法戦。単純に実力勝負で1対1の試合をするわ。一回対戦するごとに相手を変えていって、三回負けたら不合格で退場ね。志願者がここで50人程度に減らされると思うわ。練習場自体に結界張ってるから、当然死んでも生き返る。思いっきりやっちゃって大丈夫よ」
「死んでも生き返る……?」
なんだそれは、と理解不能なルギル。
サフィーナは何度目かも分からないため息をついた。
「あなたいつの時代の人よ……ダンジョンと同じような結界が張ってるから、怪我しても死んでも結界から出れば元通りよ」
「……す、すごい便利だ。ダンジョンも同じって事はダンジョンでも死なないんだな」
「…………」
サフィーナ、絶句。
呆れて物も言えないとはこの事である。
ロミナリアに住む人々にとって、ダンジョンで死ぬことの方が理解できない話だった。
一瞬、馬鹿にされてるんじゃないかと思ったが、ルギルの曇りない眼を見て、コイツ本当に知らないだけなんだ、と思い直す。
「……元々はダンジョンの結界を解析して魔法化したのよ。どこの魔法競技場にも同じ結界が張られてあるわ。ダンジョンとは少し違うのだけどね」
「少し違う?」
「ダンジョンはデスペナルティがあるのよ。ダンジョン内で死んでしまったら生き返るけど、丸1日入れなくなるの」
「1日だけか、結構軽いんだな」
ダンジョン内であろうと死ぬつもりは毛頭ないが、命を懸ける必要が有るか無いかでリスクの取り方が全く違う。
簡単に言えば多少の無茶は効く、とルギルは考える。
サフィーナは少し勘違いしてるルギルを正そうと口を開いた。
「ペナルティが1日なのは一回目だけよ。二回目の死で2日、三回目は4日。死ぬたびに倍々に増えていって、7回目でペナルティは64日になる。この辺がプロとしてやれるギリギリね」
「……なるほど、そんなに甘くはないか。八回目で128日も間が空くと、流石に体が鈍るからギリギリってこと?」
「それもあるけど違うわ。忘れられるのよ」
サフィーナは少し寂しそうに言った。
「オフシーズンにデスペナルティが被ればなんとかなるけど、四か月間もダンジョン放送から離れれば、ファンはもう別のプレイヤーに夢中になってるわ」
彼女は続ける。
まるで何かを思い返すように。
「それでプレイヤーが折れちゃって引退。なんてよくある話よ」
「……なるほどな」
「少ししんみりしちゃったわね。それで最後のテストは――」
『ドラフト志願者の皆さんは第一練習場に集まってください』
遠隔音声魔法が魔法学校中に響き渡った。
「時間が来ちゃったわね。行きましょうか」
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