第2話 ロミナリア王国の王都

 商人の護衛依頼を完了させたルギルは、紹介状を書いてもらって傭兵を辞めた。

 リーダーを含め色んな仲間たちに止められたが、興味は完全にダンジョンに向いている。

 紹介状とささやかな報酬、それと幾ばくかの貯金を持って飛び立った。

 ダンジョンプレイヤーのドラフトテストが行われる地へと。


 ロミナリア王国の王都。

 中央ダンジョンと呼ばれる大陸最難関ダンジョンがあり、大陸一の魔法学校を持つ。

 ダンジョン放送の発祥地とも知られ、多くのスターを排出してきた場所である。

 

 ルギルは王都の全てに圧倒された。

 歴史ある街並みは、行ったことのあるどの都市よりも整然としていて、装飾も非常に凝っている。

 その建物一つ一つが大きくて高くて美しい。


 足元に目を向ければ、石畳で綺麗に敷かれ、丁寧に掃除が行き届いていて国力の高さが伺えた。

 その街道を走り回る子供たちは、ダンジョン攻略のごっこ遊びに興じている。

 プレイヤー側と魔族側に分かれ、魔法の詠唱をそれぞれが口に出し、ダンジョンプレイヤーのレプリカ杖を振り回して戦っていた。

 

 尚、魔法学校やダンジョン内、魔法競技施設などの特殊な場所を除き、街中で魔法は使えないため詠唱しても無問題である。

 

 時折、子供たちに視線を奪われ、辺りをきょろきょろと見回しながら歩くルギル。

 身に纏うのは、何年前に買ったかも覚えていない、元の色も分からなくなった継ぎ接ぎだらけのローブ。

 傍から見れば不審者そのものだが、それに自分で気付くことは無かった。

 

 王都に着いてからしばらく中を歩いていると大通りに出た。

 目立つ場所に大型の魔法スクリーンが設置されていて、昨日のダンジョン放送のハイライトが映し出されている。


 そこに多くの人が足を止めて観覧し、あーだこーだとダンジョン談義に勤しんでいた。


「西部ダンジョンの新入りが中々やるらしいぞ」

「やっぱり中央ダンジョンが一番だな!」

「今年も東部はパッとしないわね」


 ある人は仕事の手を止めて、ある人はラム肉の串を頬張りエールを流しこみながら楽しんでいる。


 人々の視線の中心には当然、大型のスクリーン。

 さっき見た子供が持っていたレプリカ杖と同じ物を手に、一人のプレイヤーが魔族と魔法戦を繰り広げていた。


 風属性の身体強化魔法を施して自身を加速させ、雷魔法を具現化した剣で魔族に迫る。

 魔族も何とか捌こうとするが、雷魔法の牽制技を喰らって隙が生まれてしまう。

 それを見たプレイヤーが更に身体を加速させ、雷剣で一刀両断。

 

 急加速からの急減速。

 残心もしっかりと行い、手から雷剣が溶けるように消えた。

 おそらく風属性の身体強化魔法と雷属性の反発魔法を併用しているのだろう、バチバチと音が鳴って身体から微弱なプラズマが出ている。


 大きな歓声が上がった。

 中央ダンジョンを拠点とするチームのエース、【風雷王】ウーノ・オーティの活躍は、ロミナリアに住む全て人々の心を高揚させる。

 本拠地である王都以外でも大人気で、名実ともに現在のトッププレイヤーである。


 しかしルギルは盛り上がる観客とは反対に、一歩引いた様子で映像を眺めていた。

 魔法のレベルは高い。

 身体強化魔法も具現化した雷剣もかなり難しい魔法だし、牽制に使った魔法も中々面白かった。

 

 だが、あの程度の魔族にそんなに多くの魔力と魔法は必要ないと感じる。

 遠距離魔法だけで削りきれるだろうし、身体強化魔法なら殴り飛ばせる。

 身体強化魔法と反発魔法の掛け合わせなんてする必要がない。


 傭兵として長いルギルには、わざわざ難しい事をやっているなぁ、という感想。

 

「……無駄が多いな」


 つい、独り言が口から漏れる。


「そこに美学が宿るのよ」


 歓声に紛れるかと思えたそれは、真後ろの人物に聞き咎められた。


 振り向くと、ルギルと同じ年頃の綺麗な女が立っている。

 暗めの髪色に海色のインナーカラーを入れた髪の毛は、肩にかかるぐらいに伸ばされていて美しい。

 髪色と似たような色使いのローブを着ていて、それがよく似合っていた。


(……良い女だ)


 商人が言っていた良い女とやらに出会えて、不覚にも見惚れてしまう。


「ダンジョン放送を見るのは初めて?」


 声をかけられてやっと気を取り直したルギルは、首をぶんぶんと縦に振った。


「どうだった? 正直な感想は」

「……魔力の無駄遣い、無意味に難しい事をやってるって思った」

「くふふ、辛辣ね」


 ルギルの答えを聞いた女はくすくすと笑う。


「あんなに魔法を重ね掛けする意味なんて無いし、わざわざ魔法剣で近接勝負する必要も無い。そんな感じ?」

「そうだ」


 得意気な顔で、プレイヤーの印象をずけずけと当てられたルギルは渋い顔をする。

 それを見た女は更に笑った。


「そんな難しい事に観客は喜ぶのよ。リスクがあると思えるような行動にドキドキするの。ただ強いだけじゃなくて、魅せないと意味が無いのよ」

「魅せる?」


 強くて安全なのが正義のルギルにとって、初めて聞く概念だった。


「そ。ウーノさんなら風属性と雷属性の魔法しか使わないの。どうしてか分かる?」


 必死に頭を回すが、殺し合いの場しか知らないルギルに思いつく事は一つだけ。


「……得意だから、ぐらいしか思い浮かばない」


 女は「違うわ」と言って、首を横に振る。


「正解はウーノさんが風と雷の組み合わせをカッコいいと思ってるから」

「はぁ? そんな理由で……?」

「うん。そんな理由で」


 意味が分からなかった。

 どれだけカッコよかろうが、カッコつけて死ねば意味なんて無い。


「意味が分からない」


 戦闘において、ずっと最適解で最高率な魔法だけを選んできたルギルには思いも寄らない答えだった。


「そうでしょうね。でもそれが彼の美学なのよ。『最高にカッコいいダンジョン攻略』って言うバカみたいな美学に観客は惹かれるの」


 さっき見たハイライトしか知らないルギルには依然、理解ができない。

 カッコいいのが良いらしいが、魔法のカッコよさなんて彼はまだ知らないのだから。


 あまり響いてなさそうなルギルを見て、女は話を変えた。


「ドラフトテスト。あなた受けるんでしょ?」

「え、何で分かったんだ?」

「ドラフトテストの今日、そんなに年季の入ったローブ着てたら誰でも分かるわよ」

「たしかに……あれ? も、ってことはお前も?」

「お前じゃなくてサフィーナよ。どうせなら一緒に会場へ向かいましょう。色々教えてあげる」


 そう言ってサフィーナは歩き始める。

 ルギルは慌てて付いて行った。

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