第29話
「それでね、エンジェルと逃避行していたテスが最後ストーンヘンジという異教の……」
夢中で話す翔太。私は相づちを打ち、熱心に聞いているよう完璧にふるまいながらも、蜘蛛の巣を張り巡らせることに気をとられている。梅雨の中日だった。薄い、けれど強い光線が降りていた。
「あの、よかったら」
私は遠慮がちな風に切り出す。
「今度英国絵画史という美術展が開かれるんですよ。横浜なんですけど。英文学に興味があるから、ぜひ行きたいと思っていたところなの。日曜日に一緒に観にいきませんか。その方が一人で行くより数倍楽しめそうだもの」
二つ返事で快諾するかと思っていたが、翔太は少し迷う。
「ごめんなさい。急に……それに興味があるかどうかも分からないのに」
「いや、大ありだよ」
翔太は少しムキになって答えた。
「そうか。絵画を見ればより当時の雰囲気も風俗もよく分かるし、すごくいい話だ」
「何か別の予定でも? 先に延ばしても、まだやっているから」
「いや、……僕の家は修道院の管理を任されていてね、その、親のない子たち、親に捨てられたり虐待されて親元では育てられないと判断された子たちを預かっているんだ」
私の眉に力が入るのが分かった。
「その子たちの楽しみにしている行事の日なんだよね」
「……そう」
混乱しながら私は答える。私のいた頃はそんな行事など聞いたこともない。
「赤根君もお手伝いしているのね」
「大学に入ってからね」
「えらいわ」
「全然そんなのじゃないんだ。でも、あの子たちの落ち込んだような表情を初めて見たとき、僕も何かしかければと思ってね」
「あなたはクリスチャン?」
「違う」
答えは意外だった。赤根眞理子は形式的には教徒だったから。
「僕が英文学を好きな理由は単に面白いからだけではないんだ」
私など関係ないかのように翔太は言う。
「宗教観がいろいろに提示されているところにも惹かれる」
それで分かった。ストーンヘンジという異教の祭壇。
「無理にとは言わない。私一人で行くから」
すると翔太は驚いたような顔になり、
「一人で? それは悲しいよ。君のような人と見たら面白いだろうに」
心がだんだんと沈んできて私は苛立ってきた。
「私じゃなくても、別のいい人を」
「ありえない」
真剣な目つきで言われ、この私でもドキリとする。
「君でないと。何とか調整するから」
明らかに翔太の本音は私と一緒に行くことにあると踏んだので、私は今度は優しい声を出した。
「分かったわ。今度の日曜でも、その次でも、赤根君にまかせる」
翔太は救われたように笑った。
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