第27話

憎しみは何も生まないなんて言う人を私は信じられない。

 だって、エネルギーを生み出すじゃないの。

 負のエネルギーだなんて、言えばいい。 

 それを燃料にしてしか生きられない人間もいるんだ。

 それは、間違ったことではない。


 *


 憎悪でこそ生きる!

 そうでしょ?

 憎しみを抱く方ではなく、抱かれるようなことをした人間の方が悪いに決まっている。


「ずいぶんといい雰囲気だったね」

 芙美子からの電話に出ると開口一番彼女は言う。

「見てたの?」

 私は苛立ちを隠しながら答える。

「ほら、あんたたちが仲良く座ってたベンチの斜め前にある渡り廊下、その窓からね」

「油断も隙もない」

 私はため息をつく。

 ベンチでは小一時間も話をした。

 そこで聞きだしたことは──怪しまれないためとはいえ、翔太の文学にかける想いばかりだった。私は適当に、失望を味わわせない程度に相づちを打っていただけだが、翔太はほぼ有頂天に近かった。私とつき合うことに有頂天になる男は山のように見てきた。しかし、私と話すことに有頂天になっている男は初めてだ。白状すると私はかなり物珍しいものを見る想いで翔太を見ていた。

 彼が専門で研究したいのはトマス・ハーディだということだった。日本ではメジャーどころの手軽な訳書が少ない。『テス』くらいは読もうと思えばすぐに読める。

 彼はその『テス』でキリスト教、いやイギリスにおける宗教というものに関心を持ったらしい。かつ、英文学につきものの怪奇にも関心を持っているらしい。

 私もそれは知っている。

 そう、修道院で虐待を受けながら育った自分にとって、もはや宗教、とりわけキリスト教は自分の暗い部分の一部としてもはや切っても切り離せないものなのだ。

「ねえ」

 改めて声音を変え、私は電話の向こうの芙美子に語りかける。

「何」

 芙美子の声は電話だといつもにも増してきつく聞こえる。厳しく世間を拒否していることを隠そうともしない。それは相手が私だからか。

「ちょっと面白いと思うんだけど」

 私は続ける。

「私もあんたも血に飢えた吸血鬼ってわけじゃないでしょう」

「何、仏ごころが出たの」

「まさか」

 吐き捨てる。

「ただ殺すのでは面白くも何ともないと思わない」

「へえ」

「うまいこと、赤根翔太との関係は構築している。だから、面白い遊びでもっと翻弄したうえででも遅くはないでしょう」

「ふうん。確かにね。私は私の、あんたはあんたの憎しみがある。それだけの凄惨を嘗めてきた。そういうことね」

「そう」

 私は自分で口元が緩むのをはっきりと感じとった。

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