第24話
その夜、再び私は芙美子に会った。今回はこちらから攻勢的に芙美子のプライベートに踏み込むつもりであった。これまで芙美子との関係では受け身に徹していたところから、自分が変わりつつあることは自覚していた。
「おはよう」
夜だというのにそう言いながら芙美子はテーブルに近づいてきた。今日はTシャツにジーンズ。薄化粧でわりとさまになっている。
「芙美子、夜だよ」
軽く笑うと、芙美子は、
「職場ではいつの時間でも『おはようございます』があいさつなんだ」とぶっきらぼうに答えた。
「ああ」
「で、何?」
自分ではまるでストーカーのように私を追っていたくせに、自分のこととなると急に無関心なようになる。ある種の人間のありがちなことを私は肌で知っている。
「芙美子って、高校出た後何やってたの」
「ずいぶん直截ね」
芙美子は笑いだした。
「あんたって、用心深そうでいて、案外気持ちをそのままに出す方よね」
言われてみればその通りだった。
「高校出たって言っても卒業じゃないから」
「そうか」
「そう」
しばし沈黙が来た。過去を思い出したのだ。
「あんたがさ」
芙美子が先に静寂を破る。
「大学まで進んだって知ってうれしかった」
「どこから聞いたの」
「あんた、自分では目立たないようにしている感があったけど、それは完全な間違い。かえってあんたのことはどこでもすぐに名前がでるような有名人だった」
正確に言えば勘違いしていたわけではない。自分にはそうしている以外にない振舞い、方法だっただけだ。
「私が地元で牛丼屋のバイトしてた頃、たまたま来た男子が私に気づいて言っただけ。それが誰かなんてどうでもいいでしょ。たった一回私もそのとき会っただけ」
「多分名前言われても覚えてないと思う」
「でしょ」
「あんたが、私にない美貌を持ったあんたが、私にない頭と運を持っていると知ったときの喜びったらさ、あんたには分からないよ」
どこかそっぽを向くように言う芙美子が私には意外だった。まるで、そう、私を仲間の輪に入れようとしていたあの頃のような表情。
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