第22話
音楽鑑賞サークルを退部した日の翌日からは、私は大学に、いい服装で行くことにしていた。一般の学生から浮かない程度に、でも少し裕福な品のいい服装、もちろん髪型も鞄もアクセサリーも。大学内をまずはターゲットとすることにしたので、かえって悪目立ちしない方がいい。
うまく紛れ、たとえば翔太のような人物には同等の育ちの人間だと思わせるくらいがいい。
また、怪しまれないように何人かの友人を作った。女性の、同じ授業に出ているような、いろいろな意味で当たり障りのないような数人。気の良さそうな子たち。お昼を一緒に食べるくらいには仲良くなっていた。
福山亜美はその一人で、語学のクラスメイトだった。もともと明るくはきはきした感じの亜美なので、さりげなく近づいていくつか会話を交わすだけで親しい関係になれた。亜美はもともと交遊が広いので、そのつてで亜美と同じ英語サークルに入っている鈴木優香、井上真理以とも仲良くなった。仲良くといっても、昼休み時に同じ場所──カフェテラスやラウンジに集まって、一緒にお昼を食べるくらい。授業が一緒なら隣に座る。そのくらいの距離感が好都合だ。
彼女らのおしゃべりはたわいもないものだった。単位のこととか、新しいお店のこととか、彼氏のこととか。亜美と真理以はすでにサークルで恋人を見つけている。優香は独り身のようだが、そういう話には一番熱心に口をきいた。私は穏やかな表情で、口数少なく、しかし否定の気配はいっさい見せずにそこにいた。本当に、こんなにいい隠れ蓑をなぜ今まで試していなかったのだろう。
火曜日。そろそろ陽射しがかなりきつくなる時季だった。私たちは日傘をさしてキャンパスを歩いた。外にある女子学生に人気のあるお店に昼食をとりに行くつもりだった。そこで偶然に翔太に出くわした。門を出たところ、翔太は門を入るところ。
「あれ」
翔太は眩しそうに手庇をして、私の方に振りかえった。
「この間の」
「あ、偶然ですね」
私は晴れやかに笑ってみせた。周囲の三人の女子がにわかに興味津々という気配を漂わす。
「明日の授業はまた来るでしょ」
「ええ、そのつもりです」
交わした会話はそれだけだった。翔太が去ると三人の女子は私を囲むようにして質問してきた。
「今のは誰?」
「え、誰だろう?」
私は戸惑ってみせながら答える。名前は知ってはいるが本人から聞いてはいない。
「誰だろうって?」
「私、文学部の講義にも興味があって、他学部聴講に行きはじめたの。その時に知り合った人。でも、たまたま近くに座っただけで名前もまだ知らないのよ」
「まだってことは、これからは知るのね」
「そう、ね」
「物静かで優しそう、いかにも文学部男子って感じでいいわぁ」
優香は自分のことのように喜んでいる。
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