第16話
「覚えてるよね。小学校の頃。あの頃から私、あんたに目をつけてたの。もう気づいてると思うけど。目を見たとき、雷に打たれたみたいに全身に電流が走ったの。ね、分かる?」
分かるどころか、私はぞっとした。私の憎悪も怒りも、その性質もこの女には筒抜けだったということか。
「私は残念ながらあんたみたいな美貌はない。だから組みたいと思ったのよ」
今の芙美子は化粧を施せば、一部には受ける美貌と言えたが、そんな意味ではないらしい。芙美子は自分の容姿に何ら劣等感など抱いてはいないのだから。むしろこの私を利用しようとしている。
「あんたの大学は恵まれたおうちの子女が多いわね。そういう人たちを一人一人破滅させるところから始めましょうか? なんであんたがそう思わなかったのかは私は不思議に思っているの」
「さっき小者だって言ってたわよね」
「そう。もっとずっと大物がいるでしょ。知らないの。探してみなさい」
「……誰?」
「まずはあんたの修道院の施設運営のトップ、赤根眞理子の息子がいるはずよ」
それは初耳だった。修道院自体は私にとって獲物の心を同情心で覆わせ警戒心を緩めるための一つの手である以上のものではなかった。あの修道院の施設がどのように運営されていたかなどということは、迂闊にも思わなかった。
「『ジェーン・エア』って、イギリスの19世紀文学があるでしょう? あれに出てくる主人公が育った劣悪な修道院。あんたは劣悪さには慣れてしまって、そこから抜け出ることばかり考えていたみたいだけど、まずはそこをつついてみなさいな」
「でも」
『ジェーン・エア』は読んだことがある。確かにひどく劣悪な修道院で、じめじめした気候とも相まって、収容された子どもたちの病死者が続出する。主人公の親友の心の美しい少女の聖なる死は、私は想像すると直視できないほどの痛みを覚えたものだ。
「復讐はまずは足元から。でもね、きっともっとその先がある」
再び苛立った。
「そんなに勿体つけて、何が言いたいわけ?」
芙美子はしたり顔になって笑う。私が食いついてきたことにご満悦のようだ。後悔したが遅い。それに、好奇心がそれに勝った。
「私にも縁があることなのよ。大体想像はつくでしょ」
芙美子に縁がある。確かにピンとくるものはあった。
「あんたの父親……」
「そう」
「あの修道院に関係する?」
「そうよ」
それで読めた。芙美子がねちっこく私を追いかけていた意味が。
「で、何がバディだっていうの」
「どうせなら楽しくやりましょうってこと。私たち、利害が一致するかもってことよ。かつやりようによってはかなり面白い。私にはないあんたの美貌を私は手に入れられるし、あんたは私が地べたを這いつくばるようにして得た『情報』を得られるの。一挙両得じゃない?」
「私、けっこうせっかちなのよ。もっと分かるようにはっきり言って」
「分かってるくせに」
ふと気になって、私は声を潜めた。
「芙美子、あんた、これまで何人殺した?」
「ふふ、この間の縣さんだけ」
嘘を言っていると思った。それでも、それ以上は今は決して口を割らないに違いない。
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