第15話

 郊外のカフェは人が少なく、かつ音楽が大きな音でかかっているので、聞かれたくない話をするにはもってこいだった。ストロベリーフィールズフォーエバーを女声がカバーして、似ても似つかない情緒を生み出している。それが悪いというわけではないが。

 窓の外は通りとはいえ暗く、常夜灯に蛾が数匹集い飛び交っている。

 私はしばらくそれをじっと見て、芙美子からは目を逸らしていた。

「お待たせしました」

 声がして、店員がプレーンドッグを一つ運んできた。すでにテーブルの上にはアイスコーヒーが二つ置かれている。

「ごゆっくりどうぞ」

 芙美子の前にプレーンドッグが置かれて、店員が去ると、芙美子はケチャップの小袋を破って切れ目に無造作なまでにつっこまれたソーセージにたっぷりと塗りつけた。

「ケチャップが好きなのよ。これがあるとご飯を何倍でも食べられるの」

 薄気味悪い笑みを浮かべて芙美子はそれを手に取って齧りついた。ケチャップが頬についたのも気にならないらしかった。

 私は黙ってストローを吸い、ブラックのアイスコーヒーを口に含んだ。

 あのあと、私が峰岸と適当な会話を交わして外に出ると、視界の端、電柱の影に芙美子がいた。ジーンズにストライプのシャツを着て、くすんで目立たなかった。

 その服装のまま私は駅で峰岸と別れて芙美子がホームに入ってくるのを待った。芙美子は長く狭いホームの反対側から入ってきた。私たちは手を挙げるでもなく、それぞれが無関心なように歩いて、とうとう行き会うこととなったのだった。

 芙美子は大口を開けてドッグを食べ、終わると紙ナフキンで口元や頬やを拭いた。

 出で立ちが異様に違う。端から見たらどういう関係性の女たちに見えるだろう。

「じゃあ、さ」

 芙美子はすでに汗をたくさん書いているアイスコーヒーに手を伸ばし、ストローを口に含んだ。

「なぜ」

 機先を制さなければ、という思いに不意に駆られて私はしゃべりだす。

「私がどこで何をしているか知ってるのよ。尾行? いえストーカー? 感じがよくないわね」

「探偵を雇ってる」

 唖然とした。探偵を雇うほどの金銭的余裕があるらしい。

「あんた、標的を見つけようとすると召かしこむからすぐ分かるのよ」

 鼻白む私に畳みかける。

「でも、あんな小者なんて失望したわ」

「余計なお世話」

「あんたには怒りも憎しみも足りないのよ」

「何ですって」

「所詮あんたは……」

 言いかけて芙美子は不意に口をつぐんだ。それから再び目線をあげ、

「バディ、でいいでしょ。だから私を無視して下手なことをして欲しくないの」

「何。その妙な理窟」

 私は苛立った。

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