第9話
「それで、話は」
私はさっさと話を切り出す。まどろっこしいのは苦手だ、特にこういう女には。
「手を組みたいの。ううん、私にも手伝い、いや違う、バディよ」
案外に夢物語のような言葉が芙美子の口から出てきたことに驚いた。
私は意図的に沈黙した。そうしてもう一歩彼女の出方を待った。
「困ってるのね」
芙美子は薄気味悪く笑う。こういうとき、彼女ののっぺらぼうが際立つ。
「いい? 私はあなたの秘密を知ってるのよ」
頭に血が上った。
「脅しなの」
「まさか」
「私も芙美子のこと、知ってるわよ」
「何の証拠があるの」
芙美子の真情を図りかねる。私はもう一度彼女の顔貌を観察した。表情はあるのに、本心はのっぺらぼうにしか見えない。油断がならない女だ。そして、これまでの私の自負心を脅かしかねない女でもある。
「奥歯にものの挟まったような言い方はなし。この場所は密談に最適なんでしょ」
「私の何を知っているというの」
努めて落ち着いた声を出して私は問うが、芙美子は急に花が咲くような笑みを見せた。
「全部、よ」
私自身がそう感じていたがゆえに、それ以上このことを問うのは無意味と思われた。
「分かった。バディ? けっこう。組んであげる」
「相変わらずお高いのね」
そう言いながらも芙美子は目を細め、満足気であった。
*
その一〇日後、私は探偵からの報告の第一報を封書で受け取った。紙の報告を希望したのは証拠を残さないためだ。
そこには芙美子の数枚の写真。芙美子の生い立ち、中学を出た後の足跡が書かれていた。
それを読むと、芙美子の語った大方のことは偽りではない。
確かに戸籍上彼女の父は不明になっていた。芙美子の母は父のない子として芙美子を届け出ている。
幼い頃の芙美子のぼやけた写真のコピーも添えられていた。彼女は自分自身が明確な被写体となった写真を持っていない。けれど、どの写真でも、彼女はまるであどけないように笑っている。
「今写真に撮られていることを意識しているのだ」
私は直感した。
私とクラスメイトだった頃の彼女の写真もある。これは見覚えがあった。
その中の一枚に背筋が凍る。
私を撮った写真。校内の運動会か何かだったと思う。駆けっこでいちばんだったことを記念してその時が記念に撮ったものだ。私もかつては一枚持っていた写真だ。どこかで処分したはずだが。
その背後に、写真を撮られる私を凝視する芙美子も写っていたのだ。当時は気にも留めなかった。しかし今見直すと、彼女は明確に写真を撮る教師ではなく、この私を見ているのだ。何かが奇妙。何てこともない光景なのに、今ここにきてそんな思いにとらわれるとは。
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