第7話
「何で」
自分を制しようと私は言葉を発した。
「そんなこと、たかが小学生のときの知り合いの私にぺらぺら話すのよ」
「さっき言ったでしょ。好きだから」
過去形ではない「好き」。薄気味が悪い声音。
「あの」
話頭を転じた。本当に聞きたいのは芙美子の昔語りなどではないのだ。
「縣教授はよくあのお店に来ていたの」
「そうよ。気前よく飲む人だったし、紳士だったから、お店では上客で有名だったの。私もいい方だと思っていたわ」
「そう」
「あなたと一緒に来たあの日までは」
「え」
芙美子の少しうつむいた顔を見る。こうやって顔を正面から見せないのは彼女の生い立ちから身に付いた無意識の癖なのか。それとも故意にそうしているのか。
「あなたを見たときの私の喜びを分かる?」
「どういうこと」
「やっぱり、花蓮ちゃんは私の思っていた通りの子だった」
背筋がひんやりした。何もかも見透かされているような。
「私に気づいて、決行を延ばしたのよね。だから私、あなたを悔しがらせようと思って、先にやっちゃったの」
私は一瞬言葉を失った。この女は、私が思いもかけないところで私を知り尽くしている。黙した私の前に、芙美子は持っていたカバンから紙片を何枚か取りだした。それが何かを悟って私は息をのむ。
パソコンできれいにつくられた票には、私がこれまでにやった殺人の記録が簡潔に記されていた。
〇〇年〇月○日:場所:時刻:手段:ターゲット:ターゲットの人となり──
「驚いた?」
芙美子は今度こそ正面から私を見て満面の笑みを浮かべた。
「何で」
努めて動揺を押し殺し私は尋ねる。
「はっきり言うね。私はずっと花蓮ちゃんの足跡を追い続けていた。高校を首席で卒業したことも、進学先もリアルタイムで知っていたわ。ああ、どんなにあなたに会いたかったことか。でも、こうやってその機会が訪れるまで、ずっとずっと、焦がれながら待ち続けていたの」
「何で」
つい声が上ずって私は口元に手をやった。
「だから、何度も言っているでしょう。好きだから」
狂人だ。私は心の中で思った。私としたことが、こんなことにずっと気づかずにいたなんて。
いや、それは私が不覚にもこの女を見くびっていたからなのだ。
この女は、もしかすると私よりずっとずっと上手なのかもしれない。
ふと思う。この女の父親はレイプ犯だ(芙美子の話を信じるなら)。
私は修道院にいた記憶しかない。両親のことも詳しく知らない。
修道院の人間たちは、私の両親のことについては口を濁した。
私はいつの間にか、抑えようのない自分の暗く激しい気質から、犯罪者の子に違いないと思い込んでいた。もしその根拠のない信念が外れていなかったとしたら、もしやこの女は、それを皮膚感覚で探り当てていたのか。
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