第11話 奴隷少女との出会い

 ジェイは少女の手を引いて歩いていたが、衰弱しきった少女は数歩歩くごとによろめき、まともに前に進めなかった。


「はあ……」


 不本意ながらジェイは少女をおぶり、街ゆく人の好奇の視線に晒されながら宿屋へ向かった。


「──この宿屋には二人部屋もあったな?」


「ちょっと、困りますよお客さん! 面倒事を持ち込まないでください!」


 ボロボロの少女を見た宿屋の店主は露骨に嫌そうな顔をした。


 ジェイは再び「はあ……」と深く溜息を吐いてから少女を降ろし、袋から金貨を取り出してカウンターに叩きつけた。


「……一階の奥の部屋へどうぞ」


「湯を沸かして持ってきて欲しい。身体を拭ける布もいくつか」


「……別料金になりますよ」


「──これで明日の分も先に支払ったことにしてくれるな」


 ジェイはバンッと金貨をもう一枚カウンターに叩きつけた。

 気圧されたのか、それとも規定よりも遥かに上回る報酬を受け取ったからか、店主はそれ以上何も言うことなく二人を部屋に通した。


 ジェイが荷降ろししていると、間もなく店主が湯の満たされた桶とシーツと同じ布を余分に二枚持ってきた。


 店主が無言で部屋を立ち去った後、ジェイは桶から備え付けのコップに一杯湯を汲んだ。


「飲め」


「……」


 人肌より少し温かい程度の湯を少女は無言で飲み干した。


 それからジェイは少女の服──服と呼ぶにはあまりに貧相でありボロ切れと言った方が正しい──を脱がせる。

 少女の虚ろな表情に恐怖の色が滲んだ。


「……やはりこれは酷いな。ヘリに戻って医薬品を取ってこよう……と思ったがもう暗くなるから明日だな」


 見たところ少女は十代前半程度に見えたが、病人であり怪我人であり貧相な身体の少女に欲情するほどジェイは鬼畜ではない。

 怪我の様子を確認して湯に浸した布で丁寧に少女の身体を拭いていく。


「後ろを向け」


「……」


 少女は終始無言であったがジェイの指示には従った。


 ジェイは彼女の全身をあらかた綺麗にすると、残ったもう一枚の布を彼女の身体に掛けた。


「ここで待ってろ。服と食べ物を買ってくる」


 そう言い残して部屋を出ようとした時、少女がジェイの服の裾を掴んだ。その手は震えていた。


「閉じ込めたり置いていったりしない。お前も服が必要だろう。お腹も空いているだろう」


「……」


 少女はこくりと頷く。


「なら良い子にして大人しく待っているんだな」


 パッと手を離した瞬間を逃さずジェイは早歩きで宿屋を出て街の中心へ向かった。


 日は落ちかけ、夕暮れが古く埃被ったような街に郷愁を誘っていた。


「クソ! 冒険者のせいで!」


 時間を食ったことを恨みつつジェイは走った。

 彼のそうした努力もあってかギリギリどこの店も店じまいの途中には間に合った。


 ジェイはまず一番金がかかりそうな服屋を訪れた。金貨の入った袋は宿屋に置いてきたので彼のポケットには金貨が五枚しかない。

 若干の不安を覚えたが少女の服は銀貨五枚もあれば揃った。


 ついでにジェイは自分の武器や服装を隠すための外套も購入し、次に食べ物を求めて出店へ赴く。

 出店に残っているようなパンや簡易な料理はすっかりカチカチになっていたがそのおかげで安く買えた。


 ジェイは服と食べ物一式を抱えて宿屋に戻る。


 部屋ではベッドの隅で少女が震えていた。


「そんなに寒いか? ほら、これを着ろ」


 ジェイは少女に服を渡し部屋のランプに火を灯した。

 少女は渡された服をぎこちなく着て、その上から布を被りまた震え始める。


「名前はなんだ?」


「…………」


「年齢は?」


「…………」


「家族は生きているのか?」


「…………」


 少女はジェイの問に対し全て沈黙で答えた。


「……まあいい。俺も本当の名前は誰にも話していないしな。ここではジェイと呼べ。……お前は今日からアインだ」


「アイン……アイン……」


 か細い声で少女は自分の名前を反芻する。まるで今までの辛い記憶全てを忘れ、新たな自分を手に入れるために自分自身を洗脳するかのように。


「お前が今までどんな暮らしをしてきたかは知らない。別に知りたいとも思わない。お前は今、この瞬間から兵士となる。もう奴隷ではない。全てを諦めたお前に生きる意味を与えよう。奪われる側から奪う側に回れる技術を与えよう。明日から厳しい訓練と教育が始まる。覚悟しておけ」


「……はい」


「よし、分かったならこれを食え。これからのことはまた明日考える」


 ジェイは買ってきた食べ物を机の上に並べた。


「俺もこの辺の料理は詳しくないもんでな。好きなのを食え。俺は余ったのでいい」


 長いこと食事を与えられていなかったのか、アインは冷めきった料理を見るや否や全て抱え込み貪るように食べ始めた。


「……はは。まあ好きなだけ食え」


 ジェイは彼女の腕の中から干し肉を一切れだけそっと取り口に放り込んだ。


 こうして元武器商人と元奴隷少女の不可思議な生活が始まるのだった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


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次話2024/04/15 07:30頃更新予定!

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