第10話 兵士の条件
奴隷の売買が合法なこの国では奴隷商の店といっても堂々と表通りに面していた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような商品をお探しで?」
商店の中はまるで貴族の屋敷かと見紛うほど豪華絢爛な装飾が施されていた。
そして恰幅のいい店主の後ろには映画の女優と言われても信じるようなスタイルのいい美女が並んでいる。その左右には燕尾服を着た屈強な男たちが警備員代わりに立っている。
一見すれば本当に貴族のパーティに来たのかと勘違いしそうになるが、本物のそれと違うのは店主以外の人間が全員首輪をつけていることである。
「兵士が欲しい。絶対に裏切らない、優秀な兵士だ。それがここなら手に入ると聞いた」
「はい、もちろんにございます! この男などどうでしょう!」
屈強な燕尾服の男の一人が前に出る。
「これは滅びた隣国の首都で警備隊長をしていた男です! 実力は折り紙付き、裏切りの心配も契約の紋章を使えば問題ありません!」
「ふむ……。ちなみに値段は?」
「金貨二百枚にございます!」
「……! それはちょっと……」
金額を聞いたジェイの反応を見て店主は態度を一変させる。
「失礼ですがお客さん、いくらお持ちで?」
「金貨五十五枚だ」
「二桁か……。まあ、それじゃあこちらにどうぞ」
店主に促され、ジェイは華々しい店内の舞台裏へ回る。そこには下へ続く階段があり、店主は真っ暗な地下室にランプを持って暗闇に溶けて行った。
ジェイは警戒しつつ店主の背中を追いかけ、暗く冷たい地下室に足を踏み入れる。
「──こちらからどうぞ。手前が最高値の金貨九十枚、、一番奥が最安値の金貨八枚です。お好きなのをお選びください」
地下室の奴隷たちはその金額によって露骨に服や与えられている食事が違った。だが全員が首輪をつけられ、檻に閉じ込められているという点は共通していた。
「……この金貨四十枚の男は?」
「それも例の滅んだ隣国の兵士ですね。まあ悪くはないと思いますよ」
「ふむ……」
高い買い物というのもあり、ジェイは目をつけた奴隷兵士をよく観察する。
するとどうやら彼は脚を痛めているようで、立ち方が微妙におかしかった。
これでは兵士としては使えない。
「この男はだめだ。怪我をしているだろう。この中で一番兵士になるのはどれだ」
「……見る目はあるようですね。ではこの少年はどうでしょうか。状態は良好、金貨二十枚と大変お得です。強くはありませんが子供ですので訓練すればいいでしょう」
「ほう……」
ジェイは勧められた少年を確認する。少年の目は、ジェイが以前見たことのある目をしていた。
生きる場所を奪われた恨み。守ってくれない大人たちへの怒り。それはジェイが紛争地域で何度も見た少年兵のそれだった。
私怨で戦う兵士。それは敵にとっても、味方にとっても恐ろしい存在だ。反骨心を原動力に戦う兵士は命令無視は上等、目的のためならどんな残虐な行為も躊躇わないモンスターへと成長する。
この少年はジェイの望む兵士には相応しくなかった。
「これは駄目だな」
「何がお気に召しませんでしたか?」
「もっと従順な、言い換えれば全てを諦めた無気力な人間がいい。生きる目的を見失ったような……」
「……ではいっその事この少女はどうでしょう」
金貨十二枚。それが彼女の命につけられた値段だった。
「この少女は滅んだ隣国のとある村の生き残りです。家族を目の前で殺されて心が完全に壊れています。あまりに幼く男の相手をできるほどの身体でもなく、労働力としても使えず、まあ物好きな貴族様向けに用意してある品です。ですがお客さんの要望には叶っていますよ。……兵士としてどうかは聞かないでください」
「ふむ……」
少女の顔は痩せこけ、手足は簡単に折れそうなほど白く細かった。目は虚ろで焦点も合わず、小刻みに口をパクパクさせている。
恐らく何かの病気に罹っているだろう。全身が小さな傷で酷い状態だ。
だが、彼女は兵士に必要なものは全て持っていたし、不要なものは持ち合わせていなかった。できれば男が良かったが女の兵士がいない訳でもない。
「これにしよう」
ジェイは手に提げていた袋から金貨を十二枚数えて取り出し店主に渡す。
「はい。それでは契約の紋章を刻むので少々お待ちください」
金を受け取った店主は檻を開け、少女の細い首に不釣り合いな鋼鉄の首輪についた鎖を引いた。
少女は声にならない声を漏らし無理やり引きずられながら立たせられる。
店主にとっては在庫処分同様の行為だっただろう。
しかしジェイにとってそれはこの世界で命を預ける相棒の誕生なのであった。
尤も、今はただの死にかけの少女に過ぎない。ここからどれだけ優秀な兵士に育て上げるか、それがジェイのこれからの目標だった。
「契約の紋章とやらは不要だ」
「はて、それではお客さんの“裏切らない”という条件が保証しかねますが。それに万が一奴隷が脱走した時探すことも困難になります」
「それでいい。店に迷惑は掛けない」
「……ではそのままお連れください。首輪の鍵はこちらに」
少女の鋼鉄の手網と共にその鍵を渡されたジェイは、迷うことなく店主の目の前で鍵を解いて見せた。
ジャラジャラガシャンとその場に落ちる首輪と鎖を尻目に、ジェイは少女を連れて奴隷商を後にするのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
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次話2024/04/14 09:00頃更新予定!
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