第7話 彼女に話しかけられて
カフェラテを口にする。
小説が面白い展開に入ってきた。
名探偵が現れて物語が結びに向かい始めたところである。
私はこの瞬間、この物語が解決に向かい始める瞬間がとても好きだ。
追ってきたこれまでの謎が線でつながっていくこの瞬間、物語が加速していく瞬間、何とも言えないほどワクワクするのだ。。
なかなかこんな素敵な機会を経験することは実生活では少ない。読書は好きだ。
ページをめくる手が加速する。
物語に吸い込まれそうになる。
目で追うのは文字なのに、頭の中では完全な映像で再生される。
「あの、すみません」
突然声をかけられる。
ハッとして小説から目線を外し、見上げるとそこにはボブの若い彼女がいた。
「読書中すいません、毎週この喫茶にいらっしゃいますよね?」
彼女に緊張した面持ちで尋ねられた。
「えぇ、ここのカフェラテと雰囲気が好きなんですよ」
私は読みかけの小説を閉じて、彼女と向き合った。
「私、この近くのK大学の歴史学部の学生なんですけど、今度大学構内のイベントで弾き語りをやるのでよかったら聴きに来てくれたら嬉しいです」
彼女ははにかみながら、両手でチラシを渡してきた。
丁寧に手作りされたチラシ。
先ほど作っていたのはこのチラシだったのか。
彼女の言葉の節々から地方出身だろうとわかる訛りとそのリズムが感じられた。
そして、K大学歴史学部・・・、B美術大学ではないのか・・・。
推理が外れてしまった。
「演奏をされるんですか?」
「はい、ギターで弾き語りやるんです。でも私あんまり大学では友達多いほうじゃなくて、地元も遠くだし、聴きに来てくれる人いなかったらどうしようって不安で・・・」
彼女は寂しそうに眉を下げた。
チラシに目を戻す。
チラシに書かれたある文字に目が留まった。
「ほう、作詞作曲も」
「はい、結構作っているんです。私あんまり人とうまく話せなくて・・・。自分の思いとかを発信するために音楽を始めたんです」
凄い。
実は私も楽器をやって曲を作ろうと意気込んだことがあったが、簡単な曲を数曲しか作れなかった記憶がある。
作詞はできたが・・・曲のほうはあまり得意ではないようだった。
また音楽の発表会で演奏するのがとても緊張した記憶がある。
そういった過去があるからこそ、目の前の彼女が歌を作って誰かの前で歌おうとしていることに尊敬のまなざしを向けてしまう。
音楽は「裸の自分」をさらけ出す場だ。
等身大の自分をさらけ出すことは誰もが躊躇することだ。
「こんな自分を認めてもらいたい、でも誰が見てくれるのだろうか、いるわけない」と勝手にあきらめていく。
「目立たず、誰かのように」生きるのが今の時代の若者である。
かくいう私もそうなのかもしれない。
人と面と向かうことを避けるために小説を書き続けているのかもしれない。
そういう大人を見て育った子供たちが今の若者なのだ。
私達も知らぬ間にそういう生き方をよしとしてしまっているのかもしれない。
彼女はそんな世間の流行とは逆だ。
革命家だ。
いや、彼らは皆おとなしそうに見えて、それぞれが内に秘めた思いを持っているの
だ。
彼らをそのように見たいから、そう見えているのかもしれない。
かつての私がきっと、そうであったように。
なんて、考えすぎだし、かっこつけすぎだ。
自分と他人を同じように見るなど年を取ったものだ。
歳をとるごとに偏屈になっていく自分が嫌だ。
おっと、今はそんなことを考えている場合ではない。
一人で大学に行くのは緊張するな。
彼女の弾き語り、せっかく招待してもらったのだ、ぜひ聴きに行きたい。
そう言いかけて、新田さんが声をかけてきた。
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