第6話 若い女性の来店

 カフェラテを飲む


 再びチリリンとベルが鳴る。


 今度は若い女性が一人。


 寒さからか両方のほっぺを赤く染めている。


「こんにちは、一人なんですけど」


 女性が微笑みながら言う。丁寧に右手の人差し指を立てている。


「いらっしゃいませ。いつもの席でいいですか?」


 新田さんは彼女をカウンターの席に案内した。


 私も彼女には見覚えがある。


 毎週水曜日のこの時間に来る女性だ。


 彼女はいつもの席に案内されると、上に着ていた厚手の黒いロングコートを脱いだ。


 淡い色のベレー帽に白ニットのセーター、濃い青色のロングスカート。髪型は短めのボブ、髪はオレンジ色のハイライトが細かく入っている。おしゃれな雰囲気が漂っている。


 冬の空から覗く太陽の光のようだ。


 恐らくここから近くのB美術大学の学生だろう。あそこの学生は一般人にも理解できるようなおしゃれをしている人が多い。


 この辺りの古着屋を歩いてみると、何人もの学生とすれ違う。


 皆自分を研究し、自分の良さを理解したおしゃれをしているのだと思う。


 だから奇抜な感じをしないし、洗練された感が出る。みんなアレに憧れるのだろう。もちろん難易度は高いから、憧れてもなかなかマネはできないが。


 彼女の雰囲気は彼ら彼女らのそれに似ている、と思う。


 小説家などという少々特殊な仕事をしていると、人間観察をすればある程度その人物の想像ができるようになるのが、この仕事をしている利点である。


 少し厚底になっている靴を履いているが、新田さんの肩くらいの身長しかないのでかなり小柄な印象を受ける。


 顔の形も丸顔なのもあってか、実年齢よりも割と幼く見える。


 彼女はホットココアを頼んだ。


 リュックから紙と筆記用具、色ペンなどを取り出し、何やら書き込んでいる。


 学校の課題だろうか、いや、そういう感じには見えない。自分の趣味の作業でもしているのではないだろうか。様子が昔私が好きな小説のアイデアを考えているときの様子に似ている気がするからだ。


 彼女はいつも通りのホットココアを美味しそうに啜る。


 そしてホッと息をついた。


 いけない。あまり若い娘を観察するのも良くないだろう。私も私の時間を過ごすことにしよう。


 小説に目を戻す。


 そこからは各々の時間が流れた。


 邪魔なものが何もない空間。


 スピーカーから流れるピアノのクラシックBGMも、話し声も、誰かが出す音もすべてが計算されたように耳に入ってくる。


 この席から感じるすべての刺激が心地よい。


 まるで、夢心地である。


 この喫茶は常に私をそこへ連れて行ってくれる。


 この後に起こる小さな、素敵な出来事に今の私は想像できていない。


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