第3話 思案

 私と彼は出会ってから今まで、敬語で話し合っている。


 彼は私の中では友人であろう。


 しかし、それ以上彼に踏み込むつもりもない、出会った時の距離を保ち続けている。


 学生時代ではなかなかありえない友人関係だと思う。


 齢四十に近づいてくると、昔ならありえない感覚を理解できるようになるものだ。


 十代のころ、ゴルフに出かける父親に、「友達といって楽しそうだね」と言った際、「友達・・・でもないけどね」と言われた。


 父は月に一回は彼らとゴルフに行っていたから、私はそれを見て「友達じゃん」などと思っていたが、今の中崎さんとの関係を見ると、父親の言うことがわかる気がするようになった。


 たぶん、似たようなことだろう、多分ね。


 カウンターテーブルの木目をなでる。


 物を置くには困らないほどのデコボコが感じられる。


 心地よい感触。


 安心する。


 歳をとると、指の指紋が減ってくるのか、つるつるとしたものが苦手になった。


 特にスーパーのレジ袋。


 あれはもう絶対一発で使えない。


 環境問題でエコバッグを使うようになったが、私には便利なものであった。


 だから、こういうざらざらしたものなどには安心するのだろう。


 新聞に目を通そう。


 後ろに置いてあるラックから今日の新聞を選ぶ。


 新聞もページをめくりにくい。


 祖父はこういう時、ページをなめてめくっていたことを思い出す。


 私にはさすがにそれはできない。


 第一、このお店の新聞だ、さすがに指をなめてページをめくるわけにはいかない。


 幸いおしぼりが私にはある。


 それで指を湿らせて、ページをめくり、読んでいく。


 そんなことを考えていると、新田さんからカフェラテが提供された。


 茶系の器から湯気が立っている。


 この器のざらざら感も作り手のぬくもりが感じられて心地よい。


「ありがとうございます」


「今度からうちでラテアート始めようと思って、どうですかね?」


 覗いてみると、確かにいつものカフェラテと異なり、表面に模様がついている。


「これは見事だ、ウサギですか、かわいいですね」


「ありがとうございます! でもこれ、ペンギンなんです。まだまだですね」


 そう言って彼女は頬を赤らめながら、舌をぺろりと出した。


「えぇ! ごめんなさい。かわいいですよ、ホントに!」


 その様子を見た中崎さんに豪快に笑われた。


 ペンギンだったのか。


 しかしウサギにしてもペンギンにしても、かわいく視覚でも楽しめるには変わりない。


 見事だと思う。


 今後種類が増えていくのかもしれないと考えると、ますますカフェラテを飲むのが楽しみになる。


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