恥ずかしがり屋の笹原さん

梅竹松

第1話 隣の席の女子生徒

春。それは新生活が始まる季節。

ピンクに色づいた桜の花びらが風に舞う中、都内にある高校では入学式が行われていた。


入学式は滞りなく進行し、やがて終了すると新入生たちはそれぞれに割り当てられた教室へと向かう。

慣れない校舎を歩く新入生たちの表情はみな輝いていた。これから始まる高校生活に不安も感じているだろうが、それ以上に期待の方が大きいのだろう。

彼らがどのような高校生活を送り、どんな風に成長してゆくのか――それは誰にもわからない。

だが、一生に一度しか訪れない青春時代をどうか有意義に過ごしてほしい。それがすべての保護者ならびに教職員たちの願いだろう。


青臭いが瑞々しい若人たちの高校生活が今、幕を開ける―― 




俺の名前は倉持直也くらもちなおや。つい先ほど入学式を終え、晴れてこの高校の生徒となったばかりの十五歳の男子だ。

平々凡々とした顔立ちで、身長は平均よりも低く、体格に恵まれているわけでもない。どちらかと言えばクラスで目立たないタイプの地味な生徒なのだ。


そんな俺は現在割り当てられた教室にいるのだが、教室内は浮かれ気分の新入生たちで尋常ではないくらい騒がしかった。

担任教師がまだ来ていないのをいいことに、みんなそこかしこで連絡先を交換したり、おしゃべりに興じたりしている。

そんな騒がしい教室で、俺は自分の机に突っ伏し、担任が来るのを静かに待つことにした。

他の生徒と交流したり一緒になって騒いだりはしない。

もともと陰キャで人付き合いが苦手なため、陽キャのイベントに混ざるなんてことはできないのだ。


――うるさいな……


そんなことを考えながら、寝たふりでただ時間が過ぎるのを待つ。

陰キャにとって、今のお祭りのようなドンチャン騒ぎは耳障りでしかない。

だから、一刻も早く担任が来て静かになるのを願うばかりだ。


しかし、なかなか担任はやって来ない。

さすがに寝たふりするのも飽きたので、顔を上げて周囲を見回してみた。

幸いにも俺の席は、窓側の一番後ろという誰もがうらやむような目立たない場所に位置している。もともと目立たないタイプであることも相まって、寝たふりをしていても他の生徒の視界に入ることは少なく、誰かに気にされることもないのだ。


――しっかし本当に騒がしいな……担任はまだかよ……


入学式が終わってからだいぶ時間が経つので、そろそろ担任教師が来るのではないか。

そう思って、廊下の方に視線を向けてみる。

すると、隣の席に座っている女子生徒と目が合った。

とても可愛らしい女子だ。

身長は俺よりも低く、その細い腕はサイズの大きい制服の袖に隠れており、全体的に華奢な体つきをしている。

髪は艶のある黒のロングで、しっかりと手入れしているのかとてもきれいだった。

少し童顔で実年齢よりも幼い印象を受けるが、整った顔立ちをしていて、特にぱっちりとした瞳が特徴的だ。

間違いなく美少女の部類に入る女子生徒だろう。


――俺……こんなに可愛い女子の隣の席だったのか……


隣の席の生徒が美少女だとわかり、初めて高校生活に期待を抱いた。

俺だって年頃の男子だ。可愛い女子の隣なんて嬉しいに決まっている。

人付き合いが苦手で今まで高校生活に希望を持てなかった俺へのささやかな入学祝いプレゼントなのではないかとさえ思ってしまった。


――とりあえず何か話した方がいいよな……


目が合ったのにいつまでも黙ったままなのは不自然だ。

初対面の女子に話しかけるのは少しハードルが高いが、それでも何とか自分を奮い立たせ、言葉を絞り出す。


「あ、えっと……初めまして。俺は倉持直也。これからよろしく」


少し声が裏返ってしまったが、一応当たり障りのない自己紹介はできたような気がする。

女子と会話した経験などほとんどないのに自分からあいさつできたのだから、褒めてもらいたいくらいだ。


ちょっとした達成感を覚えながら、彼女の返事を待つ。

しかし、一向に女子生徒は口を開こうとしない。


「あの……どうかしたの?」


その態度を不審に思い、顔を覗き込んで見る。

すると彼女は、顔を真っ赤にして一言も喋らないまま視線を逸らしてしまうのだった。


――え? 俺、何かヘンなことでもしたか?


無言で視線を逸らされてしまったことにショックを受ける。

せっかく勇気を出して自己紹介したのに、返事をしてもらえないのはあんまりだ。

何か気に障るようなことをしてしまったのなら、言ってほしい。

そう思って再び話しかけようと試みるが、それは叶わなかった。彼女は完全に俺のことを避けているようで、視線すら合わせてくれなくなったからだ。


――本当に何なんだ……?


彼女の無愛想な態度は気になるが、とても聞ける様子ではない。


そうこうしているうちに、担任の女性教師が来てしまった。

その瞬間、騒がしかった教室が水を打ったように静かになる。

自分の席から離れていた生徒は、机に戻り、着席した。


全員が席についたことを確認した女性教師が、これからのことや明日以降の予定を話し始める。

仕方がないので、俺は隣の女子生徒から教師の方に視線を移した。

女子生徒の視線もすでに担任の方に向けられている。


――何かしたならちゃんと謝りたいし、後でもう一度話しかけてみるか……


そんなことを考えながら、俺は担任教師の話に耳を傾けるのだった。




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