第12話 備え

 それから数日、湊と日向、そしてイジは連日アグリノーツの狩場を散策していた。

 あれから頻繁に連絡を取り合うようにしている司によると、イジを救うーーただの少女に戻すためには、天龍の因子をプログラム中から削除する必要があるとのことである。司のほうでも、ラグナの地下サーバルームに描き込まれているアグリノーツ遺児のプログラムの改変を試みてみるとのことだったが、そもそもがその根幹は守によって幾重にもロックされている。

 となると、より確実な方法は、天龍を物理的に討伐すること。そういう仮説が立てられていた。


 要するに二人のプレイヤーとしての成長が不可欠なのである。

 特に湊のほうは、アグリノーツそのものに対する恐怖心を強く植え付けられていたし、できればもうサービスを解約してしまいたいくらいであった、が、他ならぬイジのためだ。戦う以外の選択肢などあろうはずもなかった。



『アクティブスキル、”半月”。ブート』


 狩場に現れるエネミーを、出会いがしらに片っ端から叩きのめしていく。その姿には、日向ですら鬼気迫ったものを感じていた。


(もっと、もっともっともっと)

『アクティブスキル、”朧月”。ブート』

(もっと強く)


 スキルの連撃をたたき込み、エネミーを圧倒する。ついにはいつしか苦戦した二等エネミーすら討伐可能になっていた。

 その姿に、イジはおびえるでもなく、少しだけ悲しそうな眼を向けていた。彼女にも港の胸中がある程度想像できるほどの知性が備わってきたのかもしれない。


『You Win!!』


 やがてエネミーが光の粒となって蒸発し、残された核を前に、湊は大きく深呼吸を繰り返した。相当自分の体に負荷をかけている。このまま戦わせていいものだろうか。

 日向の胸中に複雑な思いが立ち込めていた。


 彼女としても、イジをなんとかして助けてやりたい気持ちはある。しかし、そのために湊のこんな姿を見たくはなかった。

 ーー一年と少し前。中国大使の家計であることから、高校になじめないでいた日向に声をかけてきたのが湊だった。それほど友人づきあいに飢えている風でもなく、むしろいつも人に囲まれている湊が、どうして自分などに目をかけてくれたのか、日向には未だにわからない。

 しかし、それを機に日向の日常が少し明るくなったのは事実だった。


 あの頃から天真爛漫を絵に描いたようだった湊。彼女に憧れる気持ちが日々大きくなった。

 その一方で、自分の皮肉屋でいつも冷静なところがどうしても治らないのもよくわかっていた。だから、やがてネットニュース界隈を騒がせるようになった”日ノ本リオ”に強く感情移入した。リオは自分と同じ人間であるような気がしていた。

 まったく、お笑い種だ。自分は何もかも分かった気になっていた、ただの子どもだった。



「大丈夫? 疲れた?」


 回想から引き戻されて顔を上げると、いつものように朗らかな笑みを見せる友人が額に球のような汗をにじませながらこちらに歩いてくる。


 …いつになったら、この人と対等になれるのだろう。


 その思いを首を小さく振って打ち消すと、日向もまた笑顔を作って自分の傍らにたたずんでいるイジの手を握った。温かかった。


「湊のほうこそ、連戦でカロリー消費しただろ。三時の補給に行こうぜ」

「わたし、みそかつていしょくがいい」

「いいね、行こうか」



 今はただ、この日常を丁寧に丁寧に積んでいこう。何もかもがその先にしか存在しない。

 私たちは、歩き続けるしかないのだ。いつかの終わりまで。




「ふーん…大変なことになってるんじゃないの…」


 三人の様子を遠くのビルの屋上から、端末の望遠機能を使って眺めていた亜久里は独り言ちた。彼女にとってもこの事態は許容しがたいし、そろそろ自分たちが出張るべき局面であると思ってはいたが、しかし湊ら三人の様子をうかがっていると、彼女たちに何かを託したくなる。

 いつだったか、莉桜に抱いたのと同じ気持ちだ。


 もやもやと陰る思考を振り払うように手元のペットボトルから水をあおると、先ほどからうるさく震え続けている端末の通話ボタンを押した。


『…もしもし、ちょっと、ねえ、あの。もう少しマメに連絡くれって、その、言ってるでしょ』

「そう言われても、ね…、僕のほうでも迷いが生じてるんだと思う。こんな気持ちめったにない」

『状況が、まあ、状況だから、ね』


 通話相手である美里みりは、ちょっと苦笑した様子を見せてから、今度はとがった声で言う。


『でも、私たちのすることは、えっと、まあ、変わらないわ。…見失わないで』


 その声に眉をひそめると、亜久里はビルの屋上の階段を下って行った。


「わかってる…僕たちにはこれしかないって…」

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