第3話 日ノ本リオ
また翌日の事である。昨日の今日でイジを伴って、湊と日向は最寄りの警察署を訪れていた。
さすがに二人はアバターを纏っていないが、イジに関しては顔の鱗が通常営業である。じろじろとこちらを伺う周囲の視線に耐えながら、同じような視線を投げてくる事務員に事情を説明する。
「…お話は分かりましたぁ。検索かけてみましたが、今警察に届いている行方不明者の捜索情報とイジさんに一致する物はありませんねぇ」
「やっぱりそうですか…」
「詰みだな。これからどうする」
困惑した視線をイジに投げる二人だが、本人は不思議そうに首を捻るのみだ。ちょっとした仕草がいちいち可愛らしい。
「これ以上私らが引っ張りまわすわけにもいかないだろうな」
「そうだね…やっぱり一旦警察に保護して貰おうか…」
「解りましたぁ、では念のためお二人の住民IDをここに」
事務員と話を進める湊の顔を探るように見ていたイジは、自分が二人から引き離される気配を読み取ったらしい、握りしめていた湊の服の裾をより強く握り、その陰に隠れるように縮こまる。
「…随分お二人に懐いてますねぇ?」
「わたし、どこ、いく? みなと、ひなた、いっしょ?」
「うーーーん」
「可愛さの暴力だな」
一同が複雑な感情模様を見せ始めたその時、
「やあ、おはよう」
と軽やかな声がして、軽快な靴音を響かせながら何者かがこちらに近づいてきた。
「おっ、おはよぉ!」
事務員が大声でそれに応える。その女子高生くらいの背格好の人物は、その場の妙な空気を感じ取って一瞬ぽかんとしたが、湊の存在を見とめると目を丸くする。
「おや、君はたしか、湊…ちゃん」
「あの、どこかで会いましたっけ…?」
「ああ、神器――アバター纏ってないから解んないか」
上着のポケットから携帯端末を取り出すと、なにやらアプリを呼び出しその画面を展開してこちらにかざしてくる。
「改めて初めまして、狛坂莉桜です」
その画面に、一昨日見たアバターの登録画像がチカチカと瞬いていた。
「あ…ああ!」
「えっ、マジかよ、日ノ本リオ? じゃあ昨日の湊の話はマジにホントだったのか…」
「んん? なんだ莉桜、知り合いなのかぁ?」
事務員が莉桜に呼びかけ、当人は笑いながら頷く。それにしても事務員の言葉づかいの変わりようが酷い。
胡散臭げな視線に気づいたらしい、事務員はちょっと笑うと、
「いや、すんませんねぇ、お二人。昔の仲間と話してると素が出ちまいましてさぁ」
と頭を掻く。今度は湊と日向が目を丸くする番であった。
「莉桜さんの昔の仲間…じゃああなたは…」
「うん、名前はご存じかもしれませんねぇ、あたしは
「真琴が警察学校主席で卒業で出来るとは思わなかったよね」
「莉桜こそ、今年大学受験だろぉ。今もってアグリノーツで遊んでるとは余裕だよなぁ?」
仲間内の話題に花が咲く莉桜と真琴。その様を唖然として眺める新参プレイヤー二人をよそに、影に隠れていたイジが小刻みに震えている事に湊が気付いた。
「どうしたの、イジちゃん? 寒い?」
「わかんない、わたし、おねえさん、こわい」
「ん? その子…」
「莉桜、早速嫌われてんじゃねえかぁ」
「まあ私、子どもウケ悪いから…」
にわかに申し訳なさそうな表情になった莉桜は、束の間逡巡したのち、「その子さえよければ食事でもどう? 怖がらせたお詫びに奢るよ」と警察署の食堂を指さした。
食堂に移動した湊達四人は、それぞれが注文を終え、運ばれてきた料理を遠慮なくがっついていた。職務中である真琴は仲間外れにされた形になり、少し残念そうにしてはいたが。
「おねえさん、こわくない、わかった」
ステーキ定食を小柄に似合わない速度で消費しながらイジがもごもごと囁く。口の周りにべったりと付着したソースを拭ってやりながら、湊はちょっと苦笑いした。
「イジちゃん、食べながら喋るのはやめようね」
「気に入って貰えてよかったよ、ここの食事美味しいでしょ? 私の株も回復出来て一石二鳥」
けらけらと笑う莉桜。その様子を眩しそうに見つめ、深いため息を吐く日向である。
「信じられない、あの日ノ本と一緒にランチしてるなんて…」
「そんな大げさなもんじゃないよ。せいぜいアグリノーツ内のプレイヤーの中で戦績が一位、ってだけだし」
「十分っすよっ」
「日向は莉桜さんに憧れてアグリノーツを始めたらしいんです」
「…そうなの?」
またちょっと照れた様子の莉桜は、それでも嬉しそうに笑顔を見せる。
「ありがたいな」
「にしても、噂で聞く感じとちょっと違うっすね」
「うん、私もネットで調べた感じ、もっと硬い人ってイメージがあった」
「ああ。割と一年前くらいまではそうだったと思うんだけど、恋人に怒られてさ…日ノ本としての自覚を持てとかなんとか」
「日ノ本に説教とか、凄い彼氏さんっすねえ…」
「まあね、恋人はホントに凄い人でさ」
ワイワイと盛り上がる一同と、黙々と運ばれてきた食べ物を喰らい尽くすイジ。
それから莉桜に様々な話を聞いたが、湊と特に日向にとっては刺激的な話ばかりだった。日向は始終目を輝かせていたし、湊もすっかり日ノ本リオフリークとなっていたから、随分楽しい時間だったようである。
やがて、携帯端末に表示される時刻をちらっと見た莉桜は、
「じゃあ、件の恋人と会う約束があるから、私はそろそろ…」
と席を立つ。
「あ、ご馳走して下さってありがとうございました」
「リオさん、あのっ、応援してるっす!」
「うん、ありがとう。端末に連絡先送っておくね、またご飯食べよう」
またあの時のように笑顔を残して、莉桜は去って行った。
甘い溜息をもらして座席の上で丸くなる日向。その様子を見やっていささか苦笑した湊だった。
「ほんとに莉桜さんの事憧れだったんだね」
「言葉に尽くしても伝わらん、この気持ち」
「りお、やさしい、わかった」
「うんうん、二人とも良かったね」
イジが食事を終えるのを待って、二人は、じゃあせっかくだしこの流れでアグリノーツでもプレイしようか、と警察署を後にした。
「おはよう、司」
数十分後、都内某所にあるオフィスビル。巨大なサーバに向って何やら確認作業をしていた男に、時間通り現着した莉桜は声を掛ける。男は寝不足の目を眠そうに瞬かせながら、莉桜の方に顔を向けると、ぱっと笑顔になった。
「おはよう、莉桜。今日も元気に日ノ本やってる?」
「はいはい、
「ホントだよ。まあ僕はもうアグリノーツの世界にはいないけど…」
「アグリノーツを作る側になったもんね」
司と呼ばれた男の胸には、ラグナの社員証が仰々しいその姿をさらしている。
「で、例の子たちはどんな感じだった?」
「うん、良い子たちだったよ。遺児も、懐いてる様子だった」
「スパイみたいな真似させて悪いね」
「いいよ」
莉桜は男の目の前のサーバーを見上げると、かすかに目を潤ませる。
「司と、守さんと…”アグリノーツ”の望みを叶えるためだもん」
その言葉に、サーバが答えるかのようにチカチカと瞬くのだった。
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