第6話 子供の役目と母親の慈愛

「あっ、ボール!」


 シュウイチローとの砂遊びを辞めて、コウスケとサッカーをしていたセナは、誤って遠くに飛ばしてしまったボールを見ながら言った。


「あ⋯⋯何してんだよぉ」


「ごめんごめん、すぐ取ってくるね」


 そう言うが早いか、彼女はボールが飛んで行った辺りに駆け出した。


「ん⋯⋯セナは?」


 一人砂遊びに興じていたシュウイチローは、彼女の姿が見えない事に疑問を持ち、コウスケに聞いた。


「あ? あぁ、だよ」


「あぁ、か。急に居なくなったから驚いたよ」


 彼はシュウイチローに、彼女がアレ報告に行った事を伝えた。

 脳味噌に細工を施された二人は、そこに一切の疑問を持たない。


「ねぇ、二人共。セナはどこに行ったのかしら?」


 しかし、二人が疑問を持たずとも、母親等──特に彼女の母親は当然疑問を持つ。

 女子会に興じながらも、彼女等は常に自らの子供たちに注意を向けていた。


 セナがボールを遠くへ飛ばしてしまった所は見ていたので、それを取りに行く少しの間、姿が見えないのは分かっていた。

 しかし、妙に遅い。ボールを取りに行くだけならうに帰ってきていてもおかしくない。


「セナは今、ボールを取り入っているらしいですよ」


「そうそう、ボール!」


「へぇ。でも、さっきから見ていたんだけど妙に遅くない?」


「そうですかねぇ?」


「ちょっと、よく分かんない」


「⋯⋯そう」


 母親は、二人に聞いても埒が明かないと判断し、セナが向かった防災器具庫の裏手へと歩を進めた。

 他の母親等は何も言わなかった。自分がその立場なら同じ事をすると分かっていたからだ。


 そんな様子を見ていた二人の子供たちは、喜色の笑みを浮かべていた。

 それは無意識のうちに取ったものだった。何故そんな笑みを浮かべたのか、自分たちにすら分からなかった。


 ただ、それを自覚した時には、既に体も動いていた。


「おーばさん! ばいばい!」


 コウスケは、セナの母親の眼前まで走って行くと、勢い良く抱きつきながらそう言った。


 ──同時に、彼の体が破裂し、セナの母親を爆炎に巻き込んだ。


「え!?」


「は!? え!?」


 母親等は突然の事に狼狽えている。

 その隙をシュウイチローは見逃さなかった。


「じゃ、お母さんたちもだよ。一緒に逝こうね!」


 彼は全速力で母親等の眼前まで行きそう言うと、コウスケと同じく抱きついた。


「いや、いやぁああああ!!!」


 何をされるのか、瞬時に理解したコウスケの母親は絶叫を上げた。

 ふと、シュウイチローは、破裂し始める己の体を眺める刹那に顔を上げると、彼の母親と目が合った。

 黒縁メガネのレンズ越しに見える知的な双眸に恐怖の歪みは無く、我が子を抱きとめる母親のそれだけが瞳の奥にあった。


 ──爆発四散。


 そう形容するしかない状態だった。


 そこに居た全ての人間が黒煙と同色の四肢に分かれた。


 しかし、そこには確かに、役目を果たした子を抱擁する、母親の慈愛があった。

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