第5話 幼児神隠し事件

「あ、あれ? ここ、がらこう!?」


「そ、そうみたいだな⋯⋯?」


「僕たちさっきまで幼稚園に居たよね!?」


 子供たち三人は無事にダンジョン外の公園へと送られた。

 しかし、子供たちはここへ来るまでの過程の記憶とそのきっかけとなる記憶、セナに関してはダンジョンに関する全ての記憶が抹消されている。

 よって、子供たちからしてみれば、突然公園まで瞬間移動して、時間を飛ばされたような感覚だ。


 子供たちは、各々小首を傾げて記憶の齟齬をなくす努力をしつつ帰路に着いた。

 しかし、セナ以外の男子は、公園から家まで少々距離があるので、歩いているうちに、彼等の捜索をしていた警官や保護者等により保護された。


 家が程近いセナは、五分も掛からないうちに家へ着いた。

 彼女の家には、酷く憔悴しきった彼女の母親が玄関先で崩れるようにして座っていた。

 母親は彼女の姿を認めると、ただ只管に無言で彼女を抱擁した。暫くして母親が離れると、彼女は服の肩部分が強く湿っていることを自覚した。







 子供たちが各自保護された日から三日ほど経過した。


 幼児三名が半日近くの間、道中の監視カメラの映像以外の一切の痕跡を残さずに姿を消したというセンセーショナルな事件は、幼児神隠し事件として、地元メディアにより大々的に取り上げられた。

 しかし、その記事やニュースの大半の情報は、世間に受けるよう事実を大きく歪曲されたものであり、挙げ句の果てには、出所不明な、意見と言う名の憶測やデマをあたかも事実であるかのように報道する始末であった。


 そもそも、子供たちの保護者等はこの事件の存在を公にする気等更々無かった。

 それは当然捜索に当たった警官等にも伝えてあった。

 しかし、昔から、壁に耳あり障子に目あり、という言葉が存在するように、情報を完全にシャットアウトするのは容易な事では無い。


 今回の事件もその例に漏れず、情報の一端を知った人間が更に別の人間へその話をし、その人間も別の人間へ話す、という風に、主婦の小話が雪だるま式に膨れ上がり、事件の当事者等がそれを認知する頃には、既に区内持ち切りの噂へと変貌していた。

 そして、それをどこからともなく聞きつけた地元メディアが事件を掘り返した、というのが事の詳細である。




「嫌だわぁ、本当に。あの人たち執拗過ぎるわ」


 三人の子供の内の一人──コウスケの母親は、呆れ口調にそう言った。


「ほんと。何なんでしょうね、あの人たち。この前なんか門をこじ開けて扉の前に押しかけてきたんですよ!? 私怖くって⋯⋯」


 そう言ったのは、黒縁メガネを掛け、知的な雰囲気を纏うシュウイチローの母親である。


「まあまあ。あの人たちの行動は困りものですけど、一先ずはあの子たちが無事に家へ帰ってきてくれたことに感謝しましょう」


 数メートル先の砂場で遊んでいる子供たちに目をやりながらそう言った女性は、セナの母親である。


 彼女たちは現在、女手一つで子供を育て上げる会──略して女子会を開催していた。

 この女子会は、参加者である三人の都合がついた時に度々行われる、実に会話内容の九十九パーセントが愚痴で構成されている催物である。

 

 元々、この日は三人の都合がついていて、以前より女子会が行われる予定になっていた。

 しかし、三日前に三人それぞれの子供たちがまさかの失踪。半日程度で帰宅してくれたのは不幸中の幸いであったが、彼女等の心には簡単には消えない深い傷が残される結果となった。


 そんな事件があった事もあってか、彼女等は子供たちと長時間離れる事を嫌うようになった。

 子供たちと離れ離れになる時間が長い女子会は、今の彼女等には、これ迄とは異なり、心のハードルが幾分か高くなったかのように思えた。


 その為、今回の女子会は流れ、次の機会へ──となる筈だった。


「セナ! こっちでサッカーやろうぜ!」


「ちょっと、コウスケ。今セナは僕と砂遊びをやってるんだけど」


「だってよぉ、砂遊びなんかつまんねぇじゃんかぁ。なぁセナ」


「え、う、うぅん⋯⋯つまんなくは無いけど、私もサッカーの方が好き、かなぁ⋯⋯」


「そ、そんなぁ」


 今回、女子会が開かれた理由は、子供たちからの強い希望の為だった。


 子供たちは彼女等に、女子会を開くよう何度も説得を続けた。

 また、その際は自分たちも連れて行って欲しい、と何度も懇願した。

 そして、子供たちのあまりに強い希望に根負けした彼女等は、自分たちの目の届く範囲に居ることを条件に、同行を許可したのである。


 彼女等は、子供たちが、中々外出を許可されない状況にストレスを感じている事を察していた。

 しかし、家へ押し掛けてくるマスコミが、幼い我が子へカメラを向ける姿、子供たちがまたもどこかへ行ってしまう姿、それ等を想像すると、彼女等は中々子供たちの外出を許可出来ずにいた。


「これも良い機会だったのよね⋯⋯」


 彼女等の内の誰かがそっと呟いた。


 誰も声を上げなかった。


 同じような思いを巡らせる彼女等には、態々声を大にして同意の言葉を発する必要等無かったからだ。


 誰かの言の葉は、穏やかな春風と共に消えていった。




 そんな彼女等の様子を虎視眈々と見つめる六つの瞳は、狡猾にその瞬間を待っていた。

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