第22話
――神薙家 客間
紫輝は三人を自宅に案内すると奉公人に対してお茶を出して貰うよう頼み、その奉公人に後から香が来る事を伝えて彼女以外は客間に通さないようお願いした。
「流石は名家だね~。建物も立派なものだ」
屋敷の内装に感嘆の声を漏らす服部。
「名家と言っても九年前までは借金で大変だったそうですよ。それまでは余裕がなくて、母さん達は借金返済のために退魔業の傍ら副業で芸子もしていたらしいですから。最近、やっとお金に余裕ができて、家も去年改修したばかりなんです」
「確か……神薙の前々代当主の夫が人に騙されて借金を負わされたんだよね?」
百地が紫輝を調べた時に得た神薙家の内情を紫輝に確認する。
「そうです。そこを父さんが自分が発明した飛翔装置の特許や権利を
そんな雑談をしていると紫輝の叔母である香が客間にやって来た。
「お待たせしてすみません。先程は式神越しで失礼をしました。私が紫輝の叔母の
「こちらこそ突然の訪問で失礼しました。私は星軍で少将を務めさせてもらってる
「同じく大尉の
「……私は星皇陛下と北斗皇太子の近習頭を務めている
香は彼等の自己紹介を聞いて驚く。
(星軍少将に大尉、それに近習頭が紫輝ちゃんにわざわざ会いに……ロゼット皇女絡みで何かあったのかしら?)
香は紫輝に顔を向ける。
「それで紫輝ちゃん……この方達はあなたにどんな用事があるの?」
「自分の前世が”物部紫輝”かどうか確認しに来たんです」
紫輝はあっけらかんと答える。
「物部紫輝? 物部紫輝って……もしかして、”皇国の死鬼”の事?」
「そうです。 この人達は自分がその生まれ変わりだと気付いて会いに来たんです」
「なっ!? 君が……私の弟の、生まれ…変わり……?」
「いまさら何驚いてんだよ、青兄……。青兄も気付いたから俺に会いに来たんだろ?」
「いや……私は今日、休日で……。暇を持て余していたら、亡くなった弟と感じが似ている君の事を思い出して……それで何となく、ここに来たんだ」
「は?」
青史郎の思いもよらない答えに目が点になる紫輝。
「ぶっ、はははっ!! や~い、墓穴掘ってやんの~~~っ!!」
服部は紫輝を指さしながら笑った。
「服部さーーーんっ!?」
目を剥いて服部を睨み付ける紫輝。
「だから言っただろ、俺と青史郎が鉢合わせしたのは偶然だって~……クククッ!」
腹を抱えて笑い転げる服部。
「あんたが紛らわしい時に来るから悪いんだ!!」
紫輝は自分が座るのに敷いていた座布団を服部に投げつける。
それを華麗な動きで躱してみせる服部。
「君は……本当に、俺の弟だった紫輝なのか?」
恐る恐るといった感じで紫輝に尋ねる青史郎。
「そうだよ。陛下も【宿命通】で確認してるし。何なら、ヘンゲに襲われた時に忘れた記憶も全部思い出してる」
「っ!?」
紫輝は前世を思い出した時に全ての記憶を取り戻している。
それは幼少の頃の失われた記憶も含めてだ。
その証拠と言わんばかりに紫輝は幼い頃の記憶を青史郎に語ってみせた。
その事実に驚愕する青史郎。
家族が紫輝の失われた記憶を取り戻そうとして手を尽くして結局叶わなかった事が、まさか今になって記憶が蘇るとは何たる皮肉だろうと青史郎は心の中で嘆いた。
「ああ、でも……今は血の繋がりはないから”青史郎さん”と、呼んだ方がいいのかな?」
青史郎の名前の呼び方にちょっと悩む紫輝。
「いや! 青兄で構わない!」
それに対して青兄呼びを強く希望する青史郎。
「わ、わかった……」
青史郎は居住まいを正すと改めて紫輝と向かい合い、神妙な顔で紫輝に尋ねた。
「紫輝は……今も俺達家族を恨んでいるか?」
自分達家族が紫輝のためを思ってしてきた事が尽く裏目に出てしまい、挙句の果てに紫輝を死に追いやってしまった。
自分達は紫輝から嫌われ、恨まれて当然の人間だと思っている。
「それなら私がお前の恨みを全て引き受ける」
紫輝の生まれ変わりに遭遇するという本来ならあり得ない幸運に恵まれたこの時、罪を償う良い機会だと思った。
紫輝が前世で抱えていた恨みつらみや無念を今も引きずっているのなら、その思いを晴らして少しでも楽になって欲しい。
その為なら紫輝から憎悪をぶつけられても良い。
殺される事も覚悟した。
それが自分が受けるべき罰だから。
青史郎は静かに目を瞑り、紫輝の裁定を待つ。
だが、紫輝の口から出たのは意外な言葉だった。
「別に恨んでない。 ……ただ、怒ってはいる」
「怒っている?」
紫輝が何に対して怒っているのか青史郎には心当たりがあり過ぎて見当がつかなかった。
「ちょっと待ててくれ……」
紫輝は徐ろに立ち上がると客間を出て、とある三冊の書籍を持って戻って来た。
それを全員が見えるように畳の上に置く。
「これっ! これ何だよ! 俺、これを今世の父さんから読み聞かせられた時にびっくりして、思わず前世の記憶を思い出したんだぞ!」
”紫輝物語”を目の前に置いた状態でがっくり項垂れる紫輝。
「こんな物が世間に広まってるなんて恥ずかし過ぎる……! 前世なんて思い出したくなかった……。そしたら、他人事で済ませられたのに……っ!」
「いや、その……紫輝の生きた足跡を残したくて【文才】の才能がある右近に頼んで書いて貰ったんだ。右近も紫輝を虐めてた罪滅しと父親の償いのためと快く引き受けてくれて……」
「これのどこが罪滅しで償いになるんだよ! 俺の恥ずかしい過去てんこ盛りに書き綴ってるじゃねえか! アイツ、俺が死んだ後もこんな本書いて俺を虐めて楽しんでるんだ!」
「ちなみにその本、海外でも翻訳・出版されて世界中に広まってるよ~」
怒り心頭の紫輝に服部が余計な一言を添える。
「海外にまで広めてんのかよ!? 宗教の布教活動みたいな事してんじゃねえよ!!」
「いや、その……すまない……」
「はぁ……はぁ……っ、たくっ……。まあ、この事で文句はあるけど、別に恨んでないよ。どんな時でも俺を見捨てず、最後まで助けてようとしてくれた事に感謝してるくらいだし」
自分達を憎み、嫌っていた以前の紫輝なら言わなかったであろう言葉に青史郎は目を見開いて驚く。
「俺達を許すと言うのか……? お前に酷い仕打ちをした私達を……」
「確かに酷いこともされた。特に鈴さんとの事は今でも辛い思いでの一つだ。だけど、それはきっと……俺達が未来に進むために必要な事だったんだ」
紫輝はどこか哀愁をおびた表情で微笑む。
「っ!?」
青史郎にはその顔が前世の幼い頃の紫輝と重なって見えた。
その途端――青史郎は心の中がやるせない気持ちで一杯になり、体が震えて涙が溢れ出す。
「じぎいぃぃ~~~っ!!」
「うわっ!?」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら紫輝に突進して抱き付く。
「沢山辛い目に合わせた……嫌な思いも一杯させた……! それなのに……うっ、うっ……! お前を助けられなかった……! 弱くて……役立たずで……情けない兄ちゃんでゴメンよ~~~っ!!」
「ああ、はいはい……。それはもう良いから……。お願いだから……前世の子供の時のように俺の顔を頬ずりすんのやめて……」
青史郎に抱きしめられて頬ずりをされながら遠い目をする紫輝。
その光景を服部は苦笑いで見守り、百地は感動の涙を浮かべて見ている。
そして香は――何がなんだか訳がわからない状況に当惑していた。
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